旧優生保護法のもとで不妊手術を強制された人たちが国を訴えた裁判で、最高裁判所大法廷は7月3日、「旧優生保護法は憲法違反」と認め、国に賠償を命じる判決が確定しました。
被害者救済に向けた動きをまとめます。
旧優生保護法とは
今回問題となった旧優生保護法という法律は、1948年に議員立法で施行されました。
その第1条には「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と書かれています。障がいがある人を「不良」とみなす。そして、特定の精神障がいや知的障がいなどを理由に、子どもができないよう不妊手術をするという法律です。
旧優生保護法は96年に見直されるまで、実に半世紀近く続きました。
不妊手術は、一定の条件のもと本人の同意がなくても行われました。その数は、同意があった人を含め2万5000件に上るとされています。
一方的な物差しで人間の優劣を定める。そして本人の意思とは無関係に、子どもを産んで育てるという生き方を否定された人たちがいたのです。
手術を受けさせられた人たちは、2018年以降、各地で訴えを起こしました。
しかし、問題となったのが「時の壁」でした。
旧優生保護法は半世紀近く続きましたが、不法行為から20年以上が経過すると、賠償を求める権利が消滅する規定がありました。「除斥期間」と呼ばれます。
多くの人たちは手術を受けた後も差別や偏見などをおそれ、長く声を上げることができませんでした。また、手術を受けたことを長く知らなかった人もいました。
このため原告たちは「例外として訴えを認めてほしい」と求めていました。
これに対して国は法律が憲法違反かどうかは一切主張せず、「賠償の権利はすでに消滅している」と争い続けました。
今回、最高裁では各地の高等裁判所で争われた5件がまとめて審理されました。
このうち、東京高裁、大阪高裁の2件、札幌高裁はいずれも「著しく正義・公平に反する」として「時の壁」を壊し、賠償を命じました。「除斥期間」の例外としたのです。
これに対し仙台高裁だけが、「権利の行使が不可能とまでは言えない」、などとして「時の壁」を崩さず訴えを認めませんでした。
このため、最高裁は15人の裁判官全員の大法廷で審理をしてきました。
政府の「一時金」支給法
裁判が続く中で、国は2019年に不妊手術を受けた人たちに一律320万円を支給する法律を作りました。
法律の前文には「我々は、それぞれの立場において、真摯に反省し、心から深くおわびする」などと書かれたほか、総理大臣も談話を出し反省とおわびを表明しました。
ただ、320万円はあくまで「一時金」という名称で、「賠償金」という言葉は使われていません。また各地の裁判では国の直接の謝罪はなく、なおも争い続けました。
大法廷の判断
7月3日の判決で、最高裁判所大法廷の戸倉三郎裁判長は、「国は48年もの長き間、国家の政策として差別し、重大な犠牲を求めてきた。生殖能力の喪失という重大な犠牲を求めるもので、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反し、憲法13条に違反する。また、障がいのある人などに対する差別的な取り扱いで、法の下の平等を定めた憲法14条に違反する」などと指摘しました。
また、今回の「時の壁」についても「この裁判で、国が賠償責任を免れることは、著しく正義や公正の理念に反し、権利の濫用として許されない」と判断しました。
最高裁が「旧優生保護法は憲法違反」と認め、「時の壁」も否定したことで、国は今後補
償など、新たな対応を迫られることになります。
被害者救済
不妊手術を受けた人は約2万5000件ですが、国の一時金を受けた人は今年5月末現在で1100件にとどまります。
弁護団によれば、背景には、不妊手術を受けたことを知られたくないという人、手術を受けさせた家族が口を閉ざしている人もいるといいます。
8月20日、国は原告1人あたり1500万円の慰謝料を支払うなどとした和解の基本合意案を弁護団に示しました。
全国でこれまでに39人が訴えを起こし、約20人の裁判が続いていますが、弁護団は早期解決のため国との交渉を行っていて、弁護団と国によりますと、20日の交渉で、国は和解に向けた基本合意案を弁護団に示したということです。
基本合意案では、○国が原告に謝罪をすること、○手術を受けた原告で地裁の判決が出ていない場合は本人には1500万円、配偶者に200万円の慰謝料を支払うことで和解することなどが盛り込まれたということです。
夫婦で原告になっている場合はあわせて1500万円になるということです。
また地裁で国に賠償を命じる判決が出ている場合は、その額で和解するということです。
国と弁護団は最終的な調整を進め、近く正式に基本合意する見通しです。
一方、裁判を起こしていない人も含めた補償法については国会で議論が続いていて、弁護団は、○被害者本人に1500万円、○配偶者に500万円を支払うよう求めています。
立法府・国会の動き
今回の最高裁の判決を受け、国会では超党派の議員連盟が、被害者への新たな補償を行うため、作業チームを設置し、対象範囲や金額など具体的な制度設計の検討を続けています。
8月28日に開催された作業チームの会合では、新たな補償の対象に、不妊手術を強制された被害者やその配偶者だけでなく、中絶手術を受けさせられた人も含める方向で検討することになりました。
そして、具体的な認定基準などを詰める必要があるとして、各党の意見をまとめたうえで、9月9日の次回の会合で再び協議することになりました。
自民党の田村憲久・元厚生労働相は「裁判の原告でない被害者も含めて対応できる新たな法律を作る必要性を感じている。反省にのっとった国会決議も考えなければならず、期待に応えられるよう進めたい」と述べています。
旧優生保護法とこれに基づく政策は、かつての国家が引き起こした取り返しのつかない人権侵害でした。
これからどう被害者に向き合い、十分な救済を図っていくのか。そして「過ち」を繰り返さないための教訓を導き出せるのか。
被害者への誠実な対応が、今、国に求められています。以 上
筆者 平木雅己(ひらきまさみ)選挙アナリスト
元NHK社会部記者。選挙報道事務局を長く勤め情勢分析や出口調査導入に尽力。小選挙区制度が導入された初めての衆議院議員選挙報道ではNHK会長賞を受賞。ゼネコン汚職
事件、政治資金の不正など政治家が関わる多くの事件・疑惑も取材。
その後、連合(日本労働組合総連合会)事務局にて会長秘書(笹森清氏)として選挙戦略の企画立案・候補者指導を担当、多くの議員の当選に尽力した。
政策担当秘書資格取得後、法務大臣/自民党幹事長代理はじめ外務大臣政務官、衆参国会議員政策秘書として、外交・安全保障、都市計画、防災、司法、治安、雇用・消費者、地方自治などの委員会や本会議質問を作成、政策立案に携わる。
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