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江尻隆弁護士が元アソシエート弁護士から婚約不履行で提訴、美人女性弁護士側は20年余りの関係を主張

元部下の女性弁護士から損害賠償請求を受けている江尻隆弁護士

江尻隆弁護士が、あさひ法律事務所時代の元部下だった女性弁護士から婚約不履行で訴えられましたので、以下訴状の全文を掲載いたします。

訴状
2014年4月15日
原告訴訟代理人 弁護士 秋田一恵
東京地方裁判所 御中

当事者
原告 本籍 東京都足立区******
住所 東京都文京区*******
氏名 森順子

(送達先)〒150-0001
東京都渋谷区神宮前5-44-6 青山外苑法律事務所
TEL:03-5466-2425
FAX:03-5466-2426

原告訴訟代理人弁護士 秋田一恵
被告 本籍 千葉県市川市*********
住所 東京都新宿区*********

氏名 江尻隆
婚約不履行に基づく慰謝料請求事件
訴訟物の価額 金1億9605万2000円
貼用印紙額 金61万1000円
請求の趣旨

1 被告は原告に対し、金1億9605万2000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5部の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに第1項につき仮執行宣言を求める。
請求の理由

第1 当事者
(1)原告と被告の上下関係
①原告と被告は仕事上の付き合いで、1988年11月頃知り合った。その当時、原告はまだ新人の弁護士で、他の事務所のいわいる勤務弁護士、通称「イソ弁」(語源はイソウロウ弁護士の意味)であり、被告は桝田・江尻法律事務所の経営者だった。
②1990年、原告がニューヨークへの留学が決まり。留学後の就職先として被告に打診したところ、被告が快諾した。
③1991年11月、原告は被告が留学後の就職先として、被告経営の事務所入所に尽力してくれたと感謝していたので、留学先の研修を切り上げて、早く帰国し、上記桝田・江尻法律事務所(以下、「被告事務所」)に入所し、給料をもらう、いわいるイソ弁として勤務し始めた。

(2)”ボス弁”と”イソ弁”の力関係

①”ボス弁”とか”イソ弁”は業界用語である。法律的に言えば、労使関係であるが、実態は全く違うので、敢えてこの用語を使い、かつ、その説明をする。

a)ボス弁とはいわいる事務所経営者のオーナーの中でも実質的権力の所在を指す。共同経営でも、ボス弁はしばしば一人である(もしくは僅かである)。というのも、経営者の中でも、事務所の創設に関与していたり、顧客の数や質(主にお金の面)で”ボス”の地位は自ずと決まる。又、弁護士間(当時は)では、絶対の「期」による先輩か否かで関係が違ってくる。

原告合格当時、司法試験の合格率は1~2%台で、合格には通常大学卒業後10年近くかかり、合格平均年齢は優に30歳を超えていたので、年齢ではなく、早く合格した期によって、上下関係が出てくる。

b) 当時の多くのイソ弁の概念は、給与についても、給与ではなく弟子として鍛えているのに、その上、お金も支払っているという”居候”いさせて頂くという感覚であった(当時の弁護士界の周知の事実)。

②本件のように、原告は全くの新人ではなく、わずかな経験を積んでいて、いくらか新人のイソ弁の感覚は緩和されていても、ほぼ原・被告間の期の違いからみても被告のイソ弁感は前述の通りである。

つまり、原則として、ボス弁に逆らうことは物心共に不可能なのである。特に、女性弁護士は以下の様に、当時は業界内では弱い立場にあった。

③女性弁護士の置かれた当時の特殊状況

1)なお、念の為、当時の弁護士間の常識であるが、一般の社会では分かりづらいので説明する。 原告合格当時は、今以上にとてつもなく司法界は男社会であった、司法修習生は1期につき500名弱の合格者の内、クラスで5~6人、つまり10%になるかならないかの女性の合格者に過ぎなかった。

  1. その女性修習生に対して、教官からお酒のお酌をさせることを当然として、懇親会(つまり宴会)の席を設定するなどというとんでもない女性差別事件が原告の期でも起こっていた(原告の期において周知の事実)。
  2. 又、弁護士会は、懇親会で女性のコンパニオンをパーティーに呼んで、お酌をさせるなどもしていた(原告の期において周知の事実)。
  3. 上記の事件はいずれも女性修習生の抗議対象となった。しかし、教官には男性しかいないし、修習生も男性しかほとんどいないので、何が問題なのか、女性ならばお酌をするのは当たり前であろうという認識であった(原告の期においては周知の事実)。
  4. ちなみに、女性裁判官は、”自主的に”先輩、後輩拘わらず、男性の同僚弁護士にお茶くみをして出していく時代だった(原告代理人現認)。そうやって、女性裁判官は「よく出来た人」と人事評価されて、「出世」していくのである。

2)いわいる大手の事務所、渉外事務所人気が出始めていた時期でもある。比較的外資系会社を相手にする以上、女性の弁護士の不在はいわゆる”先進国”として奇異なので、一応は女性も採用するポーズは取っていたのが渉外系である。だから、女性の弁護士志望にも人気があった。数少ない女性修習生、女性弁護士の就職先だった。

3)渉外事務所の特色は、女性も入れるが、入ったあとは、いわばボス弁の絶対支配下に近い拘束を受けることである。

事務所ごとに違うが、個人での事件受理の制約の外に、渉外事務所は岩いる会社類似でクライアントも会社である。大きなクライアントがいればいるほど、恒常的に仕事が入ってきて、渉外事務所はその大手クライアントに経済面から段々従属していく。

大手クライアントの要求の為に、人手を増やす必要があるが、人手を増やせばお金がかかるので、大手クライアントの支払うお金に依存していく。

「先生」と呼ばれるボス弁も大手クライアントの一従属労働者になっていくのである。だいたい自分の事務所のクライアントにもかかわらず、大手会社の社長と顔を合わせることもままならない大手法律事務所のボス弁は多い、つまり、内(法律事務所内)で絶対権力のボス弁と言えども、クライアントの前では風前の灯火である、

これが、後述のクライアントからの訴えに従属する被告弁護士の対処の構造である。現に、被告も同様に大手クライアント会社の社長に面談も簡単には立場ではなかった(原告代理人現認)。しかし、事務所内では、完全なる”ボス”なのである。

4)次に、渉外事務所は、大手クライアントの企業法務を専門にして行わざるを得ず、必然的に良い言葉でいえば専門家する。簡単に言うと、潰しがきかない弁護士つとなる。

潤沢に会社の経費を使ってリーガルサービスを求める大企業など日本にはほとんどいない。大手渉外事務所はなんとかそのわずかなそうに食い付いて生きていくが、顧客層は狭い。

又、そこでの案件を処理しても、岩いる街の市民の法律相談には通用しない。医師ほど醜くはないが、徐々にたこつぼ化した「専門家」になっていく。

又、顧客層(クライアント)が限定されているので、渉外で働けば働くほど、大手クライアントのいる大手事務所に依存する。弁護士とは通常、自由業をイメージするが、渉外事務所出身では個人開業の独立はかなり困難である。企業の弁護士が市民派弁護士にいきなりはなれない。独立しても、自由業とは飢える自由でしかない。大手渉外事務所の給与に匹敵するだけの独立を果たせる弁護士は少ない。しかも、大手渉外事務所ほど、制約があるが、大手クライアントを引き連れて出ることは、事務所内での裏切りや分裂につながる大変なことなので、簡単ではない。

5)こんな状況下で、弁護士という肩書きのあるサラリーマンになるというのが多くの渉外事務所のイソ弁であり、従って、大手事務所内でボス弁とうまくやっていて”出世”することが、弁護士としての成功ということになっていく。つまり、イソ弁は、渉外事務所では益々、ボス弁らに充足していく構造がある。

6)そこに女性弁護士特有の差別がある、男性に比べ、比較的短期の勉強で合格するのが女性であったにもかかわらず、女性修習生や女性弁護士のほとんどは東京においては、男性に比べて圧倒的に就職難にあっていた。原告は、その中で自費で留学した上に、その後に就職するという状況であったので、労働者の法律にも守られていない差別的状況下での弱い立場であった。ア)渉外事務所として事務所に従属、イ)女性で就職難、ウ)留学も自費留学で、経済的にマイナス状況、エ)独立は難しいという上記4つの弱者性があり、加えて、オ)一応「弁護士」という肩書きがあるので、援助も得られない孤立化した少人数、マイノリティーであった。カ)セクシャル・ハラスメントなど余り定着しておらず、まして、イソ弁がボス弁を訴えた事例など少なくとも当時は余りなかったという時代状況であった。

第2 不法行為(民法709条)と債務不履行(民法第415条)

1 事務所経営者”ボス弁”の立場を利用して、結婚を迫る。

1)1991年12月、入所間もなく、原告は被告より、「二人きりで飲みに行こう」と誘われた。

いわいる”ボス弁”に逆らえるはずもなく、霞が関ビルの地下の料亭に二人で行って、飲食を共にした。

2)この時、最初のプロポーズを原告は被告から受けて仰天した。今でも鮮明なのは、「俺もこの先、人生は長くないから(事務所の共同経営者の)桝田さんのように若い人と結婚して、充実した人生を送りたい。結婚を考えてみてくれないか。」ということだった。

3)顔は知っていても、仕事上の付き合いのみで、しかも、ボス弁の被告に、弁護士として新人の原告が結婚を考えてくれといきなり言われ、最初は驚き以外の何ものでもなかった。しかし、無下に断ったり、一笑に付すなどということはイソ弁とボス弁の違いや、先輩弁護士であることからも不可能だった。

4)その日はその後も、二次会に行こうと誘われ、銀座の小さなバーに連れて行かれ、原告は被告に散々口説かれた、最初は本気なのかと思うのだけだったが、被告が幾度も本気だというので、これだけ社会的地位の人が嘘を言うとは思えなくなった。

原告は当時どくしhんで、付き合っている人もいなかった。結婚してくれと言うし、年はかなり離れているが、先輩弁護士で事務所経営者と言う立場もふまえて、結婚を被告が申し込む以上、原告としてもボス弁である以上、無下にすることは全く考えられなかった、真剣に考えないといけないとプレッシャーを感じた。

5)原告は同時35歳、被告は49歳であった。弁護士経験は原告は4年、被告は22年だった。年齢差の14歳や前述のように弁護士差18年はとてつもない重みがあった。

2 ”ボス弁”の立場を利用しての肉体関係の強要

1)1991年12月プロポーズの日には、被告は原告を家まで送ると言って、強引にハイヤーに乗り込んできた。

2)自宅で原告がハイヤーを降りると、自宅前であるにもかかわらず、被告がいきなりキスをしてきた。一方的で、突然で、原告は呆然としてしまった。ボスなので抗議することも出来なかったし、明日からもボス弁として事務所で会う以上、ことを荒立たせることは、即、解雇につながると推定できたからである。

3 ”ボス弁”の立場を利用しての交際と肉体関係の強要

1)原告は、ボス弁の被告との関係をまずくすれば、即、解雇にもつながる。被告の顔色を伺ってその意に沿わざるを得ない立場であった。

2)1992年2月頃、食事に行くタクシーの中で、「今度は変なことはしないので、一緒に柴又にお参りに行こう」と強引に誘われ、嫌とは言えなかった。

3)柴又に、いわいるデートのような形で同行させられ、1回~2回たってから結局、被告よりしつこく肉体関係を迫られ、原告は応じざるを得なくなった。

4 結婚を約束して、内縁状態にさせる。

1)原告は独身で、両親宅に同居していた。被告は、結婚を申し込みながら、法律上の妻がいる状態だった。

2)原告は、結婚して、子供を持ち、平凡でも温かい家庭を持ちたいと考えていた。

3)被告がボス弁なので、肉体関係に応じたが、あくまで結婚前提と信じ込んでいた。

4)両親同居の手前、ホテルで肉体関係に応じるというのは、両親からも隠れているようで原告は耐えられなかった。

早く結婚したいが、被告が永年連れ添った妻との離婚の手続きにも手間も時間もかかると言われれば、待つしかなく、ボス弁なので、強く妻との離婚手続きを迫る立場ではなかった。

5)そこで、二人のための住居として、事前に被告と相談し、承諾の上、半蔵門線の用賀駅近くにマンションを借りた。

被告は姑息にも、後で支払うと言って、騙して原告にマンション代、引越、家具代、備品代その他全部を支払わせた。

5 内縁婚の継続の強要

1)家事の負担、家賃の負担

原告は、被告の肉体的要求に応じ、かつ、料理などして、まさに、結婚生活の状態だった。内縁関係と法的にも言える。

事務所にも家族にも隠しておいてくれと言われ、いつになったならば公的に表に出られる関係になれるのか危ぶんだ。

しかし、ボス弁の被告に強く迫ることは、職場環境も、自分の雇われている立場も悪化させることは必死だったので、言えなかった。

仕事と家事とボス弁の被告との関係を隠し続けることで、心身共に原告は疲れ切っていて、気力もなくなっていた。

2)家賃はほぼ原告が負担させられた。損害の詳細は、P20~P21。

6 被告の結婚するという度重なる嘘

1993年に原告は、「江尻先生は私たちの将来のこと、結婚のことを話してくれなくなったが、私たちはこれからどうなるの」と結婚について思い切って聞いた。

被告は、「大事にするから心配しないで。もっと自信をもって俺と付き合ってくれ」と結婚することは当然なんだと又、繰り返し言って嘘をついた。原告はここでも被告を信じた。

7 旅行代金も支払わせる

1)原告との肉体関係を自分の懐を痛めずに楽しむことについては被告は、天才的だった。

プライベートな旅行だと流石に、原告を内縁に追い込んでいる上に、収入格差は100倍以上だし、先輩弁護士であるし、費用は負担するべきだが、いつも原告に出させるように仕向けてい

った。

2)インターパシフィックバーアソシエーション(略称IPBA)という渉外弁護士の他の弁護士らが立ち上げた弁護士の国際会議で、被告は理事をしていた。

1994年4月、一緒に海外旅行がしたいからと、被告は原告に原告分の費用を全額負担させて、海外旅行に同行させた。表向きは仕事ということの枠内で言われるので、断る理由はなかった。

又、心理的にも、原告は被告の機嫌は常にとっているという上下関係なので、同行していた。

3)毎年、シンガポール、ニュージーランドのオークランド、米国のサンフランシスコと出張と称して、原告は海外旅行に同行した。

原告としては、費用負担は過大であった。

8 結婚するという度重なる虚偽の約束

この旅行の間にも、将来のことを真剣に考えて欲しい、結婚はいつかなどと何回か被告に聞くと、「大事にするから心配しないで、離婚には時間がかかるけど、将来は必ず幸せにするから」と結婚について被告は空約束を続けていた。

9 他の人からのプロポーズを断らせる

1995年、原告は独身で、事務所のクライアント先の人に交際を申し込まれ、又、プロポーズをされた。

これに対して被告は、原告に対し、「自分と肉体関係にありながら第三者と結婚話をするなど、信義に反することだ」と責め、原告が信義に反することをするなら、自分も誠意をもって付き合えないと、交際を止めろと迫り、場合によっては被告と交際しているし、内縁関係にあることをこのクライアントにばらすと脅かした。

原告は、自分の年齢を考えると、結婚して子供を持つという強い願望が現実として不可能になってしまうことに絶望を抱きつつも、これまで結婚できると信じて被告との交際に精力と時間を費やしてきたのに、これもダメになったら生きていけないと思いつめると同時に、この交際を申し込んだ人が被告事務所のクライアント会社に勤務している人でもあり、万一事が明るみになってトラブルを起こしたら、仕事上も大変なことになると脅えた。

この時、プロポーズまでしてきた人は、原告を自分の親に紹介し、真摯に将来の結婚を考えていた。原告は、子供を作りたい、温かい家庭を持ちたい、被告が離婚には時間がかかるというがいつまで待つのか、いつまでも二人のことを隠し続けろと言われるのかと不安な毎日をずっと過ごしてきていた。

通常の人のように、二人の関係を隠すこともなく、堂々と交際できることが、どれだけ心を解放し、穏やかで守られた気持ちになるのか、この時つくづく感じた。

たとえ今後、被告との関係について隠して結婚しても、被告自身が明らかにしてやるという意味の被告の圧力で、被告以外との結婚の可能性がないことを強迫され、原告は追い詰められた。ボス弁とのトラブルでの仕事上のデメリットは即、生活を危殆に瀕するので、やはり被告に逆らえなかった。

他の人にプロポーズされても、結婚を前提の交際すら、被告によって邪魔されるのだから不可能なのだと、この強迫で原告は再認識した。

10 被告のミスを全て原告の責任して辞めさせる

1)1997年、某企業との外債発行のため、朝は9時過ぎから夜中過ぎて3時まで、1日約19時間~20時間労働の日々が続いていた。

2)事件の概要

①クラインとであるA社は発行会社であり、日興證券のスイス法人が引受証券会社となり、日本の日興證券株式会社が斡旋をして、社債発行、引受の発行顔社側の代理人を被告事務所が勤めていた。

担当は被告であり、その補佐として原告が加わっていた。

②日興の翠雨法人が勝手に契約条項を被告事務所が確認した後にスイスフラン建転換社債の株式への転換条件を変更したため、被告事務所も知らないうちに転換権を行使したところ、原告が確認している条件と違っていたというのが概要である。

③詳細は省くが、日興證券は自分らとスイス法人の問題であるにもかかわらず、被告事務所のせいだと難癖をつけてきた。

④原告は自己の職務を全うしていたにもかかわらず、自らの責任を弁護士の責任にすることに多大な疑問を感じた。

3)被告は原告の責任にするための工作

①しかし、日興は被告事務所のパートナー弁護士全員を被告にするという脅かしにも似たことを言ってきた。

②被告は、とにかくお金中心だったこと、自分はもともとスーパーバイズすべきなのに、原告に丸投げの事務所内的にも問題のある仕事しかしていなかったので、きちんと反論もできなかった。

③その上、被告は、原告に反論させないように、積極的に騙してきた。「一切の責任を(原告に)押し付けるようなことはしないから、日興證券との交渉は私に任せなさい。他の弁護士に迷惑をかけないように、内緒でうまく納めてあげる」などと自分の担当なのに親切じみた嘘を言って、原告に日興証券との反論の機会を与えないよう職務命令をした。

④結局、原告は被告の妨害で、弁明、反論の機会も奪われた。

⑤後述のように、調停まで起こさせる強気にさせたのは、被告が事業を把握せず反論ができなかったっこと、被告が監督責任を怠っていたこと、原告に反論させないようにしたこと、原告を騙して職務命令上、反論させなかったことに尽きる。全て、被告の責任である。

11 一方的な調停和解で、原告に責任と損害を負わせる

1)3500万円もの言われない、損害賠償責任を負わせる被告

①事務所内取り決め違反はボス弁の被告

事務所内では、原告はジュニア・パートナーなので、必ず会議にはシニア・パートナー、この場合は被告が同席しなければならないという決まりがあった。

しかし、富山で行われる外債発行の会議は、被告は多忙を理由に出席しなかった。

②この間、一人で睡眠もろくに取れない中で仕事を過重に押し付けられた原告は、事務所内での決まり通り、全てのクライアントとのやりとりを被告に報告していた。しかし、被告は丸投げで無関心だった。

③1998年夏頃、このスイスフラン建転換社債を購入したヘッジファンドが、クライアント会社に対し、スイスで配布された目論見書に基づく転換条件と、実際に転換権を行使して取得した株式数が食い違っているので、約5700万円にのぼる損害を被ったとしてクレームしてきたが、日興證券は何の合理的根拠も無く、問題は全て被告事務所の弁護士のせいだと言ってきた。クライアント会社は被告事務所すなわち原告の責任ではないと了解していたので日興証券に対し調停を申し立てたが、日興證券はあくまで原告と被告の責任を追求する構えであったため、両者を利害関係人として法的手続をとってきた。

④被告は、クライアントを失いたくないが為に、原告を騙して、原告をわざわざ出席しないようにして、原告の了解なく、このいわれのない訴えについて、2000年3月に、一方的に、クライアント会社に3500万円もの多額の損害金を支払うという内容で、勝手に和解してしまった。

⑤原告にも、一応代理人弁護士が(丸山利明)いたが、この代理人が出る以上、「原告は来ない方がよい」と強く被告から言われて、まとめた内容はなんと原告と被告が3500万円もの損害賠償責任を認めるというものであった。

⑥その上、ボス弁で全ての賠償を負うべく、高い収入を得ている被告は、半分しか支払わないで、1750万円もの大金を”イソ弁”の原告に背負わせた。

⑦上記折半の負担のことは、ボス弁、イソ弁関係では考えられない。

長年、原告と内縁関係にしておいた上に、しかも、多額の賠償金を支払わせるのは、男女間形上もありえない。

⑧言いがかりの調停について、被告は、自分の事務所のクライアントを失いたくない、自分の評判を守りたいという自己保身の故に、原告の了解なく、原告の出席を妨害して、原告に不利な和解をしたことは弁護士倫理上も許されない。

2)いわれのないクライアントらの訴えであるが、一歩しりぞいてその訴えを被告が認めたいというのであれば、監督責任と事務所運営のボス弁の被告が全部を負うべきものである。原告に負わせるものではない。

これにより、1750万円と弁護士費用300万円の損害を原告は被告の行為により被った(小計2050円)。

12 退職強要

(1)被告が原告の責任にする

①原告は、被告を”夫”と思っていたので、上記の日興證券のトラブルについて、自分は何ら過失もないこと、被告の非や過失は全てわかっていても、一切口外しなかった。

ボス弁でもあり、内縁の夫でもあるこの二重の支配関係を被告はフルに活用して、自己の口はぬぐって、全ての責任は原告にあると事務所内で広めていった。

②被告は、手柄は自分のもの、努力や苦労は原告にさせ、失敗すれば原告の責任と、自らをかばうなど徹底した自己中心、保身の人であった。

被告の根底では、小心者であり、クライアントとのもめ事に関しては、強いもの(クライアント)には堂々と反論しないで、弱い立場の原告に押し付ける、その上、経済的にも弱い立場の原告に負担させ、原告に交際費等の出費のほとんどを出させるという吝嗇さと非常識からもよくわかる。

だから、クライアントらのいいがかりに適切に反論するどころか、原告に責任を負わせる方法で解決をはかった。

③原告は、被告が全て原告の過失とするので、原告は事務所から、事実上、放逐された、その間に、被告と日光の話し合いはうまくいかず調停になり、前述のように調停の結果となっていった。④なお、被告は、1997年頃、東京八重洲法律事務所(弁護士数20名弱)と合併した。この折に、桝田・江尻法律事務所に所属していた40名弱の弁護士と一緒になっていた。

あさひ法律事務所と改名しているので、辞めさせられた時はこの事務所からの退職強要ということになる。

事務所名は変化しても、被告弁護士があさひ法律事務所のボス弁であることに変化はない。

13 損害賠償を負わせた後も、内縁関係を強要

1)コントロールし続ける被告 逗子の物件

①被告は原告を事務所から放逐した後も、原告へのコントロールをやめなかった。

被告にとって、コントロールが全てである。他人を信用出来ない、真の意味での愛情を持てないのが被告である。だからこそ、他人を常にコントロールしていないと心配なのである。しかし、原告は被告からの長年の公私共にわたるコントロールを愛情と信じていた。被告の度重なる騙し、ひどい仕打ちにも耐えていれば、いずれは被告はきちんと結婚をして、原告に対して愛情を返してくれると思い込まされていた。

②2003年に、「実はねぇ、そろそろ俺も事務所経営から解放してもらえそうだし、子供たちも自立してくれたので(原告と)一緒に暮らせるところを探しているんだけよ。逗子の方に海が見える物件があったので、今度、一緒に見に行こう」と、遂に、結婚をして、堂々と同居できると言って、原告を喜ばせた。

③原告は、一刻も早くと、結婚して二人で住むという物件の下見に行きたかった。この逗子の物件というのも、いつもの通りの口先だけ、原告をコントロールするための単なる嘘であったことに当時は気づかず、原告自身の年老いた両親の面倒もあるので、ようやく、結婚して落ち着けると心から期待していた。

2)両親の面倒をみる為の家について、被告も承諾して購入

①原告は、年取ってきた両親を引き取らなければならないが、逗子の物件についてはそれ以降、被告は避けて、下見どころか話も出なくなった。

困惑しながらも、両親を引き取るために家を新築することを原告は被告に相談して、結婚及び両親も含めての同居の意向をきちんとしていこうとした。

②被告は、原告と共に、両親と住む物件の候補の文京区の土地を一緒に見に来た。これはまさに、二人で結婚して、両親と同居するための新居物件の下見であった。被告は、原告に対して、積極的に「良いところだ」と購入をすすめた。

③原告は、被告も結婚し、同居すること、その上で場所も逗子ではないが、都内でよいと納得してくれたのだと思って、よかったと喜んだ。

交際費すら全て原告に支払わせる被告の金銭的なケチさには慣れてしまっていたのと、内縁関係の状況もすぐには解消になるものと期待して、結婚を前提に、土地を購入する時も、すぐに同居すれば支払ってもらえると思い、又、両親の手前もあり、ローンを組むのは原告名義にし、全額自分で負担した。金額は約1億8000万円となる。

④両親と同居というのについても、特に被告は相談されても文句は言わなかった上、同居の為の土地購入をすすめた以上、両親との同居も同意してくれたと安堵した。

⑤二世帯住宅同居の設計にし、原告と被告の家庭と両親の住む所も区分けした。全て原告と被告の結婚を前提のデザインである。

⑥被告は、結婚、同居するということは同意していたので、1億8000万円余の土地及び建物の半分の9000万円は被告は負担すべきものである。

そもそも原告と被告の収入格差は著しかったが、原告の両親の家であるので、半額は少ないとはいえ、当然である。

これに対し、被告は、今日に至るまで未払いである。

3)原告は本提訴までに、4500万円の支払いと金利2。275%分の損害を被った。

14 2軒分のマンション費用も原告に負担させる

1)池之端のマンション及び用賀のマンションの費用も原告負担

上記ローン9000万円と金利の上に、二人の会う場所として、もともとこれも原告の負担で池之端のマンションがあった。

しかし、多額のローンに池之端のマンションの賃料、管理費、光熱費、その他の経済的負担は、原告には不可能になっていた。

2)神保町のマンションの費用も原告負担

①原告は被告の了解のもとで、千代田区神保町のワンルームの家賃の安いマンションに引っ越した。このマンションはまさに被告の都合でのみ維持していた、それなのに、家賃については、原告の何度にも亘る要請に応じてようやっと、最初の1年分の半分の61万2000円のみ被告は支払ったのみであった。

3)居住に関する損害

引越代、マンションの家賃の負担で原告に以下のような経済的損害を被った。

①用賀のマンション時代の家賃、管理費のみでも

用賀1993年3月~1999年8月

家賃月額9万3000円×78ヶ月=725万4000円

②池之端のマンションの家賃、管理費のみでも

池之端1999年8月~2003年7月

家賃月額17万1000円×48ヶ月=820万8000円

③千代田区神保町のマンション家賃、管理費のみでも

2003年8月~2008年3月

家賃月額10万2000円×56ヶ月=571万2000円

上記の内、最初の1年分の半分の61万2000円のみ被告が負担したので、

571万2000円ー61万2000円=510万円

④上記①+②+③=2056万2000円となる。

15 2008年末からの被告の裏切りー慰謝料と加算事由

1)マンション問題から暴かれてきた被告の嘘

①神保町のマンションの家賃も最初の1年の半分のみの支払いしかなく、原告は9000万円のローンに被告の為の交際費に、被告のためのマンションの維持と、どんどん経済的に追い詰められていった。

その旨訴えても、被告は、「事務所に収支を握られていて、動かせるお金がない」などと見え透いた嘘で欺き続けた。

両親との家も買い、二世帯同居住宅を建て、結婚への準備は全て原告の費用負担でされているのに、この期に及んで言を左右にするので、ようやく原告も被告の結婚についての真意や誠意を疑ってきた。

②結局、3軒目のマンションの維持も原告にとっては不可能で、2008年3月に被告の了解で引き払った。

2)それからは、ホテルでの肉体関係が続いたが、そのような形は結婚とはどんどん遠くなっていくので、原告の被告への疑心は募っていった。

結局、なぜ結婚という形で二人の関係を公にしないままなのかは被告が原告と1992年から2011年まで約20年間に亘って騙してきたのだと、段々気がついてきた。

20年間という、平凡でも温かい家族を作ることを夢見てきた。①そのために、被告を喜ばせるために、骨身をおしまず事務所で働き、支え、②被告の事務所での地位を守るために被告のミスを口外せず、被告の責任までかぶって、③その為に、退職に追い込まれ、④その上、多額の損害賠償金を支払わされ、⑤二人の為とマンションを2軒分維持させられて、⑥その他、多額の交際費を負担し、⑦二人の為の新居と信じて9000万円の負債を負って不動産を購入し、⑧20年間、結婚の機会を邪魔され、⑨20年間、子供を作りたいという想いを押し殺してその機会を逸しさせ、⑩20年間、愛情を注いできたのに、全て被告の虚偽、保身、自らの都合と己の快楽追求の為という事実が嫌でも顕在化してきた。

3)2011年夏頃以降、2012年の春頃までの一年弱はメールのやりとりはしていたが、疎遠な状況になっていったのは、主に被告の都合であった。

被告も、原告に自分の永年の詐欺がバレたことから、徐々にフェードアウトしていくことを画策していた。それにのせられた形の原告だった。

4)2012年春から、メールに対しても被告の返信も間遠くなり、ついには「中国に事務所が進出するので手一杯で、他の事は考えられない」と引退どころか、仕事を理由に原告との関係性も否定しようとしてきた。

ここに至って、とうとう原告は騙された20年間に思い至った。

5)被告は代理人を立てたり、原告に対して話し合いに真摯に向かい合おうとせず、極めて不誠実であった。そこで、法的手続のやむなしに至った。

6)2013年(平成25年)6月12日に調停を申し立てたが、被告は誠意ある回答をしないので、不調に終わった。

第3 損害及び慰謝料

1 金銭的損害

1)新築の為に土地、建物を購入して負担したローン金額9000万円+利息

2)3つのマンションの維持のための経費2056万2000円(家賃)+その他諸経費(光熱費等)約860万円

3)和解金1750万円及びこの件の弁護士費用300万円

4)弁護士費用639万円(弁護士会標準着手金)

2 慰謝料5000万円

(1)20年間の内縁関係であれば、本来は、財産分与請求権も生ずる長さでもある。被告は、高額所得者で名を馳せ、その推定資産は20億円~30億円となる。夫婦の離婚時であれば、その半分は通常、妻のものとなる。

(2)①20年間、専業主婦をしていたのではない。ボス弁、イソ弁の関係を超えた仕事への貢献、②被告のミスをかばい、③ついには被告の為に言われなき和解金まで負わされ、その手続き費用を負わされ、④事務所を追われ、仕事を失わされた。⑤3つのマンションで内縁関係を続けさせられ、激務の弁護士生活の中、被告の為に家事の負担までさせられた。⑥贅沢な旅行代金も支払わされた。⑦結婚して二世帯同居の夢を抱かされ、裏切られた挙句、⑧1億8000万円のローンを今も負わされている。⑨他の人との交際や結婚を脅かされてやめさせられ、⑩a)子供を産んだり、b)結婚をする機会をボス弁の威力で中止させられた。11青春と将来計画をだいなしにされたのに、調停にまともに応じないで、一方的に手を切ろうとする誠意のかけらもない。

これに対して慰謝料5000万円は、まさにスズメの涙ほどである。

以上

添付資料
1 訴訟委任状
2 事件終了証明

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