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クラリベイト引用栄誉賞(経済)シリーズ記事|ラース・ピーター・ハンセン

第 1 章 序―世界が注目する「経済学の頭脳」

ラース・ピーター・ハンセンは、経済データの ノイズの海 から真の構造を引き出す方法論 を 創 造 し た 人 物 で あ る 。 彼 が 1982 年 に 発 表 し た 論 文 「 Generalized Method of Moments(一般化モーメント法、GMM)」は、理論とデータをつなぐ架け橋となり、マクロ・金融・労働・産業のあらゆる分野で標準的な推定法となった。

GMM は、経済モデルが生む理論的モーメント条件(平均的整合性)を直接データに照合する——という発想で、分布仮定を最小限に抑えた汎用的推定法である。その柔軟性と一般性は、経済学における「実証の再構築」を意味した。

彼はまた、不確実性・リスク・学習のモデル化にも精力的に取り組み、ロバート・ルーカス、トーマス・サージェントらの「合理的期待革命」を支える統計的骨格を与えた。
2013 年、ユージン・ファマ、ロバート・シラーとともにノーベル経済学賞を受賞。経済学の「実証的筋肉」を鍛え上げた理論家である。

第 2 章 原点―幼少期と学問の出発点

1952 年、アメリカ・イリノイ州生まれ。ミネソタ大学で博士号を取得。
指導教授のクリストファー・シムズやトーマス・サージェントの影響を受け、マクロ経済の動学分析と計量モデルの整合性に関心を持つ。

1970 年代後半、計量経済学の主流は、分布仮定(正規性など)を強く置いた最尤法だった。だがハンセンは、経済データが非正規・非定常・制約つきである現実に直面し、「もっと頑健で柔軟な推定法」を探求する。
その結果、理論のもつ「モーメント条件( E[g(x,θ)]=0)」に焦点をあてた、汎用的手法GMM が誕生した。

第 3 章 核心―研究の中核理論と主張
(1) 一般化モーメント法(GMM)

GMM の発想は単純でありながら革命的だった。
経済理論はしばしば、「あるパラメータ θ のもとで、ある条件の平均がゼロになる」と主張する(例:最適化の一階条件、リスク中立条件など)。
GMM はその条件をサンプル平均に置き換え、「理論上のゼロ条件が、データ上どれほどズレているか」を最小化して推定する。

利点は三つ:

分布仮定を必要としない(ロバスト性)

多数のモーメント条件を統合できる(効率性)

過剰識別検定(J 検定)でモデルの整合性をテストできる

この方法により、経済学は「モデルを推定するために正規分布を仮定する」段階から脱し 、「理論的制約を統計的に検証する」段階へと進んだ。

(2) 資産価格モデルへの応用

ハンセンは GMM を用いて、資産価格理論(消費 CAPM)を実証検証した。
彼は、リスク資産のリターンと消費成長率の共分散構造を GMM で推定し、代表的家計の最適化モデルと整合するかを検証。結果、単純な消費 CAPM はデータを説明できないことが明らかになった。
この発見は、のちに「エクイティ・プレミアム・パズル」や行動ファイナンス的拡張を生む土壌となった。

(3) 不確実性とロバスト制御理論
2000 年代以降、ハンセンはサージェントと協働し、ロバスト制御理論を経済政策に応用。
政策当局が「モデルが少し間違っていても壊れない政策」を選ぶべきという考え方を提唱した。これは、モデル不確実性(Knightian Uncertainty)に対処する枠組みであり、金融危機後の政策分析で重要な役割を果たした。

第 4 章 挑戦―既存理論との対立と革新

ハンセンの GMM は、当初から計量学界に衝撃を与えた。
従来の最尤法派からは、「分布仮定を放棄した推定は効率的でない」との批判もあった。
しかし彼は、漸近理論(大標本近似)を駆使して、GMM の一致性・漸近正規性・最適重み行列を厳密に証明。
また、金融経済学の分野では、CAPM や消費ベースモデルの検証を通じて「理論とデータの乖離」を白日の下に晒した。

その姿勢は、理論の信奉でも否定でもなく、「理論をデータで鍛える」という中庸的かつ科学的態度だった。
その後のマクロ計量学(DSGE 推定、ベイズ法、シミュレーション法など)は、すべてこの「モーメント整合」という発想の上に築かれている。

第 5 章 波及―政策・社会への影響

GMM とロバスト制御は、以下の領域で実践的な影響を持つ:

金融政策分析:
DSGE モデルの推定や構造的 VAR の識別に応用され、中央銀行の政策シミュレーションの裏付けとなっている。

リスク管理・資産運用:
期待収益率やボラティリティのモーメント推定に使われ、ファクターモデルの精緻化を支える。

マクロ経済予測:
モデル不確実性を考慮したロバスト予測手法が、財政・気候政策など長期シナリオ分析に導入されている。

さらに、彼が提唱する「データと理論の整合性を継続的に検証する科学的態度」は、経済学の学問文化を大きく変えた。
かつての「理論主導」から「データ主導+理論整合」へ——ハンセンは、その橋渡しをした人物である。

第 6 章 展望―現在の研究と今後の課題

今日の経済学では、高次元データ・機械学習・非線形動学など、新しい分析手法が登場している。
ハンセンの GMM 精神は、これらの潮流にも生き続けている。

高次元 GMM:ペナルティ付き推定で多数のモーメントを扱う。

機械学習との融合:理論整合を保ちながらニューラルネットを制約する「構造的 ML」。

不確実性の測定:経済主体が抱くモデル誤認や情報制約を推定する「ミススペシフィケーション GMM」。

今後の課題は、モデルの透明性と頑健性をどう両立するかにある。
ハンセンが繰り返し語るように、

「我々のモデルは不完全である。だからこそ、誤りに強い方法を求めるのだ。」

第 7 章 結―「次のノーベル賞」に最も近い頭脳

ラース・ハンセンが残した最大の遺産は、「理論を測定可能にしたこと」である。
GMM は数式ではなく、科学哲学的な態度——すなわち、
「仮説をデータに晒し、整合性を問う勇気」を意味する。

彼の方法論は、経済学をより透明に、より再現可能にした。
そして「モデルは常に間違っているが、正しい問いを立てることはできる」という信念を 、多くの研究者に植えつけた。

ロバート・ルーカスの理論、サージェントの政策評価、ファマの資産価格、シムズの実証構造——そのすべての土台にハンセンの統計的筋肉が通っている。
経済学が“数理の美学”から“現実の科学”へと歩みを進めた瞬間、そこにはいつもラース・ピーター・ハンセンの影があった。

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