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「イースタリンのパラドックス」:幸福になれる年収と労働時間のバランスとは… 後編

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ノーベル経済学賞note|さくらフィナンシャルニュース|note
「経済学って難しそう…」と思ったことはありませんか? でも、ノーベル経済学賞をきっかけに見てみると、実は私たちの日常や世


イースタリンのパラドックスへの挑戦

1995年以降、イースタリン氏の理論に挑戦するさまざまな研究が現れました。

Dr. Matthias Opfinger(M・オプフィンガー)

M・オプフィンガーの研究では、所得と幸福度の関係は地域によって異なるのではないかと問いかけています。
東欧諸国、中東・北アフリカ諸国、およびラテンアメリカ諸国では、所得と幸福度の間に正の相関関係があるとされています。
一方で西ヨーロッパ諸国とアジア諸国では、所得と幸福度の関係は見出せないとされています。
また、米国およびカナダ、オセアニア諸国、サブサハラ・アフリカ諸国では、所得が幸福度に与える効果がマイナスになるという結果が示されています。
このように彼の研究では、世界の諸地域で異なる傾向が見られると示しています。

Ruut Veenhoven(R・ヴェーンホーヴェン)
(1942年11月26日 – 2024年12月9日)

また、R・ヴェーンホーヴェン氏とF・ファアグンスト氏は、67カ国のデータを調査し、世界全体で、所得(1人当たりGDP)の伸びと幸福度の上昇には正の相関があることを明らかにしました。
諸国の傾向を平均すると、1人当たりの所得が年率で1%増加すれば、0〜10段階評価の平均的な幸福度は0.00335上昇するという結果が出ています。


イースタリンの反論

しかしイースタリン氏は、こうした研究に反論しました。
イースタリンは、2017年に新しい論文を発表し、新たなデータを用いて自身の仮説を検証しました。

所得と幸福度のパラドックスは、存在するのかしないのか。
やはり存在するというのが、イースタリン氏の主張です。

幸福度の指標にはいろいろあるので、どの指標を使うかによって分析の結果は異なりますが、イースタリン氏が用いた指標は、最も一般的に用いられているカントリルラダー(最高の人生を10、最悪の人生を0とし、回答者に自分の人生が0から10のどの段階にあるかを評価する方法)です。
そして所得は、1人当たりの実質所得です。

イースタリン氏は、短期的には、所得と幸福度は相関する場合があり、また、経済がひどく落ち込んだのちに回復する局面では、所得と幸福度のあいだに正の相関を認めることができることを示しました。

例えば、社会主義から資本主義に移行した東欧諸国では、所得と幸福度のあいだに、正の相関関係がみられます。
スロヴェニアでは、資本主義に移行した後、約20年にわたって、所得と幸福度のあいだに正の相関がみられました。

イースタリン氏の最初の論文は、1946年から70年までの米国のデータを用いた分析でした。
1971年以降の米国の幸福度は、どのように推移したのでしょうか?2014年までのデータを分析すると、主観的な幸福度はほぼ一定で、やや下降ぎみであることが明らかになりました。

では、米国以外の国はどうでしょうか?
イースタリン氏は、43カ国を対象に、幸福度(生活満足度、0〜10の評価尺度)の年率変化と、1人当たり実質GDPの成長率の関係を調査しました。
すると、長期的な視点(23年間)でみると、経済の成長は、幸福度の上昇に結びついていないことが判明しました。

しかし、ここで分析の対象となった43カ国に、社会主義から資本主義へ移行した15カ国のデータを加えると、異なる結果が得られました。(アルバニア、アルメニア、アゼルバイジャン、ボスニア、ブルガリア、クロアチア、チェコ、ジョージア、マケドニア、モルドバ、ポーランド、セルビア、スロヴェニア、スロバキア、ウクライナ)

世界全体として、所得の上昇は幸福度の上昇に結びつくことが明らかになりました。
つまり、所得とともに幸福度が上昇したのは、社会主義から資本主義に移行した国々だったのです。

旧社会主義諸国を除けば、イースタリンのパラドクスは、先進国と開発途上国を含めた世界全体の傾向として実証されました。

つまりイースタリンのパラドックスは、正しかったのです。


幸福になるためには?

私たちは、幸福になるために高い所得を求めて懸命に働く必要はないのでしょうか?
最後に紹介したいのは、D・トシュコフの研究です。

Dimiter Toshkovライデン大学(オランダ)行政研究所准教授
(ライデン大学は日本との関わりが深く、世界で最初に日本学科が設置された大学です。)

私たちの幸福度は、所得の長期的な成長率には影響されないとしても、
それぞれの社会でみると、低所得者よりも高所得者のほうが、幸福度が高いです。
また、幸福度と年齢の関係を調べてみると、先進諸国では一般に、U字型のカーブになります。
つまり、若いときは幸福度が高く、年齢とともに幸福度は下がりますが、50代の半ばから幸福度は再び上昇する傾向があるということです。

さらにトシュコフ氏の研究は、二つの興味深い事実を発見しました。
一つは、所得の高い人の幸福度は、年齢とともに少し下がるものの、概して高いということです。
対して所得の低い人の幸福度は、若いときは高いものの、50代半ばにかけてかなり低くなり、その後は少し持ち直すということです。

幸福度と年齢の関係(所得層別)
出典:Toshkov(2022:1184)の図を一部改変

もう一つ、幸福度を説明する諸要因について、トシュコフ氏は興味深い発見をしました。
幸福度は、所得だけでなく、健康状態、教育水準、職業、結婚の有無、住んでいる地域、宗教などからも影響を受けます。
そこで、こうした要因を取り除いて、所得と幸福度の関係だけを取り出してみると、以下のような結果が得られました。

幸福度と年齢の関係(所得層別)から、所得以外の諸要因からの影響を取り除いた場合の幸福度
出典:Toshkov(2022:1184)の図を一部改変

これは、所得の高い人も低い人も、いずれも幸福度はU字型になるということです。
所得の高い人は、比較的高い幸福度を維持できますが、
その理由は、所得以外の健康や教育、職業、結婚などからも幸福感を得ているためです。
考えてみれば、幸福度が様々な要因によって決まるというのは、当たり前の結論であるかもしれません。

しかし、トシュコフ氏の研究が明らかにしたのは、幸福度と年齢の関係がU字型になるとして、このU字型を克服するためには、所得以外のさまざまな要因が重要であるということです。

人生の幸福度は、50代の半ばに最低レベルを迎える可能性が高いとして、所得はこれを克服するためには役立ちません。
では、どのように克服すべきなのでしょうか?

幸福の損益分岐点は、健康や教育などにどれだけ投資するかという問題でもあります。
所得と労働時間の関係に囚われていると、真に幸福な人生を送ることはできないかもしれません。


まとめ

リチャード・A・イースタリン氏の研究は、幸福に関する経済学の常識を大きく覆しました。
「幸福は所得だけで測れるものではない」という彼の視点は、GDPを指標とする従来の政策に疑問を投げかけ、健康、家族生活、社会的つながりといった非経済的要因の重要性を明確に示しました。
この視点は、新たな幸福指標の導入を促し、政策立案の枠組みを根本から変えるきっかけとなりました。

イースタリン氏は「健康や家族生活の質の向上がもたらす幸福は、所得の増加を超える」という確信を生涯貫きました。
この信念は、幸福経済学の理論を深化させ、経済成長至上主義に挑戦するだけでなく、人間の本質的な幸福に焦点を当てた政策の必要性を示す力強い指針となりました。

彼の研究の核心は、「幸福とは何か?」という普遍的な問いへの回答にあります。
物質的豊かさだけでは満たされない人間の本質に光を当てたその洞察は、持続可能で心豊かな社会を構築するための道筋を描きました。
イースタリン氏が提唱した価値観は、幸福追求の新時代を切り開く基盤を築き、人々の生き方や政策の方向性に深い影響を与え続けています。

では、私たちが本当に幸福な人生を送るためには何が必要でしょうか?

所得の増加に目を奪われるのではなく、健康、家族、教育、そして社会とのつながりに目を向けるべきではないでしょうか。
こうした視点の転換こそが、私たち一人ひとりにとっても、社会全体にとっても、より良い未来を築く鍵となるのです。


~イースタリン氏の経歴~

1926年1月12日:アメリカ合衆国ニュージャージー州リッジフィールドパークに生まれる
1945年: スティーブンス工科大学で機械工学の学位を取得
1949年:ペンシルベニア大学で経済学に転向し、修士号を取得
1953年:経済学博士号を取得
南カリフォルニア大学(USC)の経済学教授として長年勤務
2024年12月16日:逝去

~役職・フェローシップ~

1970–1971年: 行動科学高等研究センターのフェロー
1978年: アメリカ芸術科学アカデミーのフェローに選出
1980–1981年: カリフォルニア工科大学のシャーマンフェアチャイルド特別研究員
1983年: 計量経済学会のフェローに選出
1986–1997年: 経済史協会の代表として全米経済研究所の理事会に任命
1988–1989年: ジョンサイモングッゲンハイム記念財団のフェロー
2006年: アメリカ経済学会の優秀フェローに選出

~主な受賞歴~

1987年: 南カリフォルニア大学でバーリントン北部教員功績賞を受賞
1988年: 南カリフォルニア大学でラウベンハイマー教育研究賞を受賞
1989年: ジョンサイモングッゲンハイム記念財団からアイリーンB.タウバー賞を受賞
1993年: アメリカ人口協会から名誉博士号を授与
1998年: スウェーデンのルンド大学から名誉博士号を授与
2006年: 南カリフォルニア大学教育卓越センターからメンタリングにおける卓越性を称えるメロン賞を受賞
2006年: 国際生活の質研究協会から優秀研究者賞を受賞
2009年: 労働経済学のIZA賞を受賞
2010年: 国際人口科学連合から受賞者賞を受賞

~主な論文~

参考サイト:さくらフィナンシャルニュースnote

Richard A. Easterlin, ‘Father of Happiness Economics,’ Dies at 98

「イースタリンのパラドクス」が教えること

「富国」を追った70年

Richard Easterlin

United States Comparative Trends Analysis:
Per Capita Personal Income Growth and Change, 1958-2023

戦後70年…会社員の平均年収の推移

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