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ケネス・E・ボールディングクラーク・メダル受賞者記事

【第 1 章】序― 若き天才に贈られる“ノーベル賞への登竜門”

受賞年:1949 年/受賞者:ケネス・E・ボールディング(当時 39 歳)。

クラーク・メダルは、40 歳以下のアメリカ経済学者に与えられる最高栄誉であり、のちにノーベル経済学賞へと続く“登竜門”とされる。ボールディングはその創設間もない時期に受賞し、経済学を「数学と詩」「市場と倫理」「理論と平和」の境界で再構築した異彩の人物である。

第二次世界大戦後のアメリカは、戦時経済から平時の復興、そして冷戦の幕開けへと移る激動期にあった。経済学の主流は数理モデル化の進展によって急速に専門化が進みつつあったが、ボールディングはその流れの中であえて「経済を社会の一部として理解する」という全体主義的(holistic)アプローチを提示した。

一言キャッチ:「経済学に“詩心”と“倫理”を取り戻した知の詩人」。

【第 2 章】原点―学問への情熱が芽生えた日々

1910 年、英国リバプールに生まれたボールディングは、幼少期から読書と自然観察に熱中した。オックスフォード大学で経済学を学び、ケインズの影響を受けつつも、その「総需要管理」に偏った世界観には早くから疑問を抱いていた。

大学卒業後、奨学金を得てアメリカへ留学。そこで彼は、統計・数学・社会哲学を自在に横断する研究スタイルを確立する。ハロッド、ヒックスら数理派の系譜を学びながらも、同時にクエーカー教徒としての非暴力・平和・倫理的責任を学問の中心に据えた。

ボールディングにとって経済とは「人間が生きるための関係構築の科学」であり、効率性よりも調和(harmony)、競争よりも**信頼(trust)の回復を志向していた。

【第 3 章】主要研究―理論の革新とそのインパクト

1. 『経済分析の再建(Reconstruction of Economics)』―経済理論を “生態系 ”へ拡張

若き日の代表作『Reconstruction of Economics』(1950)は、当時主流だった新古典派の静学的モデルを批判し、経済を「進化し続ける適応システム」として捉え直す野心作だった。彼は市場均衡よりもプロセス(過程)を重視し、価格や利潤を「情報の循環」として再定義した。

この発想はのちの進化経済学(Evolutionary Economics)やシステム・ダイナミクスの先駆けとされる。

2. 『イメージ(The Image, 1956)』―“認知”を中心に据えた行動理論

人は現実を客観的に知るのではなく、心の中にある“イメージ”を通じて判断する。
経済主体の行動を理解するには、統計データよりも信念・期待・価値観がどう形成されているかを見るべきだと説いた。
これは、のちにカーネマンらの行動経済学や、シラーのナラティブ経済学に通じる思想的源流といえる。

3. 『コンフリクトとディフェンス(Conflict and Defense, 1962)』―“抑止”より“関係維持”

軍事・外交を含む社会的対立を、単なる権力闘争ではなく、システムのフィードバック構造として分析。暴力による抑止は短期的には安定をもたらすが、長期的には信頼の破壊とコストの増大をもたらすと指摘した。
彼はここで、後に「平和研究(Peace Research)」として独立する分野の理論的基礎を築いた。

4. 『宇宙船地球号(The Economics of the Coming Spaceship Earth, 1966)』―環境経済学の起点

「地球は閉じた宇宙船のような存在であり、資源と廃棄物の循環は有限である。」
この象徴的な比喩は、近代経済の前提である「無限の成長」への根源的批判だった。
彼は経済を「自然資本」と「社会資本」の相互作用として捉え、サステナビリティ(持続可能性)という概念を先駆的に導入した。

5. 『エコダイナミクス(Ecodynamics, 1978)』 ―社会と自然の統合科学へ

ボールディングは晩年、経済学を生態学・心理学・倫理学と融合させた「総合的進化モデル」を提示した。社会システムは、単なる市場取引の集合ではなく、エネルギー・情報・関係性の循環によって維持される生命体であると捉えた。

要するに――ボールディングは、経済学を「生きたシステム」として再定義し、
“効率性の科学”から“関係性の科学” へという転換を促したのである。

【第 4 章】時代背景と受賞の意義

1949 年の受賞は、第二次世界大戦後の世界秩序が再構築されるさなかだった。
冷戦構造が形成され、経済学は軍事・政策・金融に密接に結びついていく。
そんな中で、ボールディングは「暴力ではなく理解で秩序をつくる」という思想を提示した。

当時の他の候補者たちが、数学的精緻化を進めていたのに対し、彼は学問の目的そのものを問うた。
彼の受賞は、「経済学の人間化」と「社会科学の統合」を掲げる潮流の嚆矢として、のちの制度経済学・環境経済学・平和研究の道を開いた。

【第 5 章】世界と日本への影響

ボールディングの影響は学界だけでなく、国際政策・環境運動・教育哲学など多方面に及んだ。
彼の「宇宙船地球号」概念は、日本でも高度経済成長期における公害・資源枯渇への警鐘として引用され、環境庁(現・環境省)の政策理念に取り入れられた。

また、彼の「贈与(Grant)」の概念は、経済学における無償性・信頼資本の再評価を促し、日本の NPO・協同組合運動・地域通貨の理論的裏付けともなった。
さらに、「平和学(Peace Studies)」の創設にも尽力し、オスロ平和研究所(PRIO)の設立に思想的影響を与えた。

【第 6 章】批判と限界

ボールディングの思想は広大であるがゆえに、批判も少なくない。

第一に、彼の理論は定量的検証が困難であり、政策実務に直接応用しにくいとされた。
第二に、倫理的・宗教的要素を学問に取り込む姿勢が、当時の 科学主義的経済学 の流れと相容れなかった。
第三に、「すべてを関係性で説明しようとする」姿勢は、現実の権力構造や利害対立の複雑さを軽視しているとの指摘もある。

しかし、それでも彼の貢献は揺るがない。なぜなら、今日の行動経済学・環境経済学・社会的共通資本論(宇沢弘文)の多くが、ボールディングの思想的地盤の上に立っているからである。

【第 7 章】今日的意義―次世代へのメッセージ

AI、気候変動、資源戦争、分断社会――現代の課題はボールディングの時代よりさらに複雑化している。
それでも彼が遺したメッセージは明快だ。

「人間の知恵が人類を救うのではない。
人間が自らの愚かさを理解するとき、初めて希望が生まれる。」
もし彼が現代に生きていたなら、データと AI を用いながらも、「感情・倫理・関係性」を無視したアルゴリズム経済を強く批判しただろう。
彼が説いた「贈与」「信頼」「関係資本」は、今まさにデジタル社会における新しい経済秩序の鍵となりつつある。

経済学を超えて人間社会全体を見渡す―― その勇気と柔軟さこそが、ボールディングの最大の遺産である。

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