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ツヴィ・グリリカスクラーク・メダル受賞者記事

【第 1 章】序― 若き天才に贈られる“ノーベル賞への登竜門”

受賞年:1965 年/受賞者:ツヴィ(Zvi)・グリリカス(当時 35 歳)。

クラーク・メダルは 40 歳以下のアメリカの経済学者に、アメリカ経済学会( AEA)が授与する栄誉で、しばしば“ノーベル賞への前哨戦”と呼ばれる。

第二次大戦後の高度成長期、経済学は「成長を何が駆動しているのか」「技術進歩はどう測るのか」という難題に直面していた。統計が整い、計量技術が洗練される一方で、 “技術”や“品質”のような目に見えないものをどう数えるかは未解決だった。

キャッチ:「技術進歩を“数える”ことに成功した実証経済学の開拓者」。

グリリカスの重要性は、抽象的だったイノベーションを測定可能な経済データに落とし込み、成長・生産性・物価の分析を一段引き上げた点にある。

【第 2 章】原点―学問への情熱が芽生えた日々

1930 年、リトアニアのカウナスに生まれる。少年期に第二次世界大戦と迫害を経験し、家族を失う苦難を経て、戦後にパレスチナ(当時)を経由して米国へ渡った。生き延びる力と社会の変化を見極める目は、この人生史に根を持つ。

米国ではカリフォルニア大学バークレー校で学び、のちにシカゴ大学で博士号を取得。農業経済・計量経済学・産業組織にまたがる訓練を受け、シカゴで培ったデータ中心・識別重視の研究姿勢が、その後のキャリア全体を貫く。指導や交流の影響は広く、実証志向の経済学者コミュニティ(のちの NBER の生産性研究グループなど)を主導する存在へと育っていく。
初期の問題意識は明快だった ——「技術は “見えない”が、行動と結果には必ず痕跡を残す 。
ならば、その痕跡をデータから復元できるはずだ」。

【第 3 章】主要研究―理論の革新とそのインパクト

1) ハイブリッド・コーン:普及の S 字カーブを“実証”
博士論文として著名なハイブリッド・トウモロコシの研究(1950 年代)は、新技術の普及が S 字型(初期は遅く、中盤で急伸、やがて飽和)で進むことをデータで示した。
ポイントは二つ。

技術普及には時間と臨界点がある:情報・学習・規模の外部性が普及を加速する。

地域差・制度差が普及速度を左右:同じ“良い技術”でも、社会の受け皿で軌跡は変わる。
これは後の技術普及論・イノベーション政策の礎となり、AI・デジタルの普及分析にも通じる基本図式を与えた。

2) 生産性と成長会計:ソロー残差の“中身”に踏み込む

マクロの成長会計では、生産の伸びを資本・労働・全要素生産性(TFP)に分解する。グリリカスは、単なる「残差」として扱われがちな TFP に、R&D、教育、知識資本、特許などの可観測な“ ”知識のproxies(代理変数)” を結びつけ、「技術の実体」をデータで追跡する道を切り拓いた。

たとえば、R&D 投資の蓄積=知識資本の概念化、特許統計の体系的利用、産業別パネル
データの構築などを通じ、“イノベーション → 生産性”の経路を推定可能にした。ここでの核心は、測定の工夫が理論の検証力を決めるという実証哲学である。

3) ヘドニック価格指数:品質改良を物価に織り込む

同じ「自動車」でも、年を追うごとに安全性や性能は向上する。名目価格が上がっても“品質調整後の実質価格”はむしろ下がっているかもしれない。

グリリカスはこの直感をヘドニック価格法として定式化し、製品属性(馬力、重量、機能など)で価格を説明することで、品質変化を価格指数に反映させた。IT 財・医薬品・家電のような品質進化が速い分野では不可欠の手法となり、実質 GDP・インフレ率・生産性の測定を大きく改善した。

4) 計量経済学の作法:識別・誤差・データ設計

グリリカスは、errors-in-variables(測定誤差)、分布ラグ、未観測異質性など“実証の落とし穴”に正面から取り組んだ。

測定誤差が回帰係数を縮小バイアスさせる問題への対処

パネルデータや固定効果の活用による識別の工夫

研究開発から生産性への因果を推定する際の内生性への配慮(楽器変数や遅延変数の利用など)こうした方法論の鍛錬により、彼の研究は「結果」だけでなく**“結果に至る道具箱”**を学界に遺した。


総括:普及(S 字)×生産性(知識資本)×物価(品質調整)×計量作法。
グリリカスは、“見えない技術”を多面的に可視化し、理論・統計・政策を架橋した。

【第 4 章】時代背景と受賞の意義

受賞時の 1965 年は、米国・欧州・日本が高成長の只中。一方で、成長の源泉を “資本蓄積”だけで説明するには限界が見え、「技術進歩の寄与」が中心テーマになっていた。
ソロー(1956/57)が定式化した外生的技術進歩と TFP の枠組みを、グリリカスは測定・データの精度を引き上げることで現実に接続した。単なる理論の洗練ではなく、政策・統計・企業実務に届くエビデンスを提供した点が革新的だった。

同時代のエドワード・デニソンらの成長会計や、後年の内生的成長論(ローマー、ルーカス)へも、「知識を測る」「知識を資本として扱う」という橋渡しを行い、クラーク賞の評価軸(普遍性×現実性×若さ)に合致した受賞といえる。

【第 5 章】世界と日本への影響

品質調整 CPI・実質 GDP:日本の統計でもヘドニック法は標準化。IT 財や耐久消費財の“品質込みの価格下落”を反映できるようになり、インフレ率・実質成長率の測定精度が向上した。

R&D・特許と生産性の分析:産業別・企業別データを用いて、研究開発投資の効果や特許の知識フローを推定する枠組みは、日本の産学官の評価でも中核的手法に。

政策形成への示唆:人的資本・知的財産・無形資産への投資が長期成長に効くとの考え方は、科学技術政策・産業政策の正当化根拠となり、統計整備(マイクロデータ、企業レベルのリンク)の重要性を押し上げた。

企業実務への波及:新製品の価格戦略や、スペックの違いを踏まえた需要推定・競合比較 、設備投資の生産性期待の定量化など、現場の分析言語を豊かにした。

【第 6 章】批判と限界

因果の難しさ:R&D→生産性の推定は双方向の因果や内生性に悩まされる。特許は量と質の乖離があり、指標の選び方で結論が揺れる。

ヘドニックの恣意性:属性の選定、機能の重み付け、モデル仕様に研究者の裁量が入りやすく、推定の頑健性が課題。

サービス化・プラットフォーム化:財中心のヘドニックは、無形サービス・ネットワーク外部性の評価に限界。今日のデジタル経済では、無料サービスの便益やデータ資産をどう測るかが宿題として残る。
“測れるものに偏る”危険:測定可能性が高い領域ばかり分析が進み、制度・規範・組織能力のような測りにくい要因が周縁化されるリスク。

【第 7 章】今日的意義―次世代へのメッセージ

AI、クラウド、プラットフォーム、無形資産、データ資本——現代の成長源泉は、まさに“見えにくいもの”に移っている。もしグリリカスが今を見たら、

AI 導入の S 字普及と生産性 J カーブ(導入期は測定上の遅れ)を統合的に推定し、データ・モデル・人的資本を含む無形資本の計測を前進させ、

品質調整された価格指数でデジタル財・サービスの真のコストを捉え、

そのうえで政策(教育・研究開発・競争政策・知財制度)の効果をエビデンスで比較したはずだ。

若手へのメッセージは簡潔だ。「良い理論は、良いデータと良い測定が支える」。
定義を吟味し、データを磨き、識別を工夫する。測定の一歩目が、社会に届く政策の最後の一歩を決める。

経済学とは、“見えない価値”を見える形にする技術である――グリリカスは、その技術を 誰よりも誠実に磨き続けた実証家だった。

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