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ロバート・F・イングル 波打つリスクを測る:ARCH から DCC まで

価格はランダムに見える。しかし価格変動の大きさ(ボラティリティ)はランダムではない。静かな日が続くと静かさが続き、荒れると荒れやすい——ボラティリティのクラスタリング。ロバート・F・イングル三世(Robert F. Engle III, 1942–)は、この経験則を統計モデルに昇華し、ARCH(自己回帰的条件付異分散)を提案。のちに GARCH、非対称 GARCH、多変量GARCH、DCC(動学的条件付相関)へと発展し、金融リスク管理・政策評価・資産配分を一変させた。

2003 年、イングルはクライヴ・W・J・グレンジャー(コインテグレーション)とともにノーベル経済学賞を受賞。この記事では、経歴、主要理論、受賞理由と時代背景、世界・日本への影響、批判と限界、そして今日的意義(AI・高頻度データ・気候ファイナンス)までを、図解と実務チェックリスト付きで立体的に解説する。

1. 受賞者の経歴整理(出生地・学歴・主要ポスト)

出生:1942 年、米国ニューヨーク州シラキュース。

学 歴 : ウ ィ リ ア ム ズ ・ カ レ ッ ジ ( 数 学 ・ 物 理 ) 、 コ ー ネ ル 大 学 で Ph.D. ( 経 済 学 ,1969)。

主要ポスト:

UC サンディエゴ(UCSD)教授(1980 年代〜2000 年代初頭)——計量経済の名門を築く。

ニューヨーク大学スターン経営大学院(NYU Stern)教授、Volatility Lab(V-Lab)主宰。

主な受賞・活動:

2003 年ノーベル経済学賞(ボラティリティ分析の方法論)。

証券・規制当局、中央銀行、国際機関での助言。

小結:「分散は一定ではない」という一言を、実務の言語に変えた研究者。

2. 主要理論・研究内容
2-1. ARCH:誤差の大きさが自己回帰する

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2-3. 非対称の取り込み:レバレッジ効果

EGARCH(Nelson):対数分散で負のショックの影響を強めに扱う。

GJR-GARCH(Glosten–Jagannathan–Runkle):負のリターンに追加項を入れて非対称に。

直観:悪いニュース→ レバレッジ上昇→ ボラ上昇が強い。

2-4. 多変量と相関:BEKK・DCC

BEKK(Engle–Kroner):分散共分散行列の正定性を保証。

DCC-GARCH(Engle, 2002):

各系列の分散はユニバリアント GARCH で推定。

相関係数を動学更新:マーケット間の連動性の変化を捉える。

図解(概念):

各資産の h_t(ボラ→  標準化残差 相関→ Q_t を更新(DCC)
→時々の ” 連動 ”を推定(危機時↑)
2-5. リスク指標:VaR、ES、SRISK

VaR(Value-at-Risk):一定信頼水準での損失上限(分布仮定と尾の扱いに注意)。

Expected Shortfall(ES):VaR を超えた尾の平均損失(規制上の標準へ)。

SRISK(Acharya–Engle 等):金融機関の資本不足の期待値。システミック・リスクをボラと相関から測る指標。

2-6. 高頻度データと実現ボラ(Realized Volatility)

日中のリターンから実現分散を構築(Andersen・Bollerslev らの系譜)。

HAR-RV(Heterogeneous ARCH):日・週・月の階層でマルチスケールの記憶を表現。

GARCH×RV のハイブリッドで予測を強化。

3. 受賞理由と当時の経済状況(課題と答え)
3-1. 課題(1970–90 年代)

金融時系列は平均ゼロでも分散は動く。しかし古典的 ARMA は同分散を前提。

リスク管理・デリバティブ価格・政策評価に、分散の予測が不可欠だった。

3-2. イングルの答え

ARCH で条件付分散を時変にし、統計推定と予測を可能に。

GARCH, 非対称, 多変量, DCC へと拡張し、実務と政策に直結する枠組みを提供。

受賞の核:「ボラティリティをモデル化できる」ことを示し、金融リスクの可視化と制御への道を切り開いた。

4. 世界・日本への影響(政策・学問・日常)
4-1. 政策・規制

ストレステストや市場リスクの自己資本規制(VaR/ES)に GARCH 系が組み込まれる。

危機期には相関上昇(DCC)が確認され、資本バッファ・流動性規制の設計根拠に。

4-2. 金融機関・運用

リスクパリティ・ダイナミック・ヘッジで時変ボラを入力。

デリバティブ:インプライド・ボラと実現ボラのアービトラージやボラ・キャリー戦略。

4-3. 学問・実務

高頻度計量、ベイズ推定、状態空間モデルと融合。マクロでも不確実性ショックの測定に応用。

4-4. 日本の射程

為替・JGB・株式の DCC 監視でリスクオン/オフを把握。

個人投資:ボラティリティ・ターゲティングでドローダウン抑制。

5. 批判と限界
分布仮定:正規分布は裾が薄い。スチューデント t やスケールミックスでファットテールに対応。

ジャンプ・レジーム:危機の不連続は GARCH だけでは捉えにくい。ジャンプ拡張やMS-GARCH(マルコフ・スイッチング)を併用。

パラメータのドリフト:制度・市場構造の変化で定常性が怪しくなる。ローリング推定やスパース多変量で柔軟化。

相関の暴騰:危機時の**“全部一緒 問題” **。DCC の上限バイアスや同時性に注意。

内生性:VaR 制御が自己実現的ボラ拡大を招く恐れ(デレバレッジの同時化)。

位置づけ:GARCH は基礎言語。だがジャンプ・レジーム・極値・制度を併記するのがプロの流儀。

6. 今日的意義(AI・気候・サイバー・地政)
6-1. AI×GARCH

機械学習の非線形予測(LSTM, GBM)と GARCH の構造(分散方程式)をハイブリッド化。解釈性と安定性を両立。

6-2. 実現ボラとマクロ不確実性

ニュース指標・テキスト不確実性(新聞・議事録)と DCC で、政策ショックの波及を計測。

6-3. 気候ファイナンス

気象極値とコモディティ・保険市場のボラ連関。再保険と CAT ボンドの相関管理に DCCの素養を。

6-4. サイバー・地政

イベントジャンプを極値理論(EVT)で補完。早期警戒ダッシュボードでレジーム移行を検出。

7. 図解でつかむイングルのコア

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8. ケーススタディ(応用)
8-1. 運用:ボラターゲティング×リバランス

目標ボラ(年率 10%など)に合わせて資産配分のレバレッジを調整。GARCH 予測でシグナルを作り、取引コストとドローダウンのトレードオフを管理。

8-2. 規制・監督:ストレスと相関

ベースラインは GARCH、ストレスでは相関上振れ(DCC×EVT)を仮定。ES ベースの資本賦課を評価。

8-3. 企業財務:為替ヘッジ

円安局面のレバレッジ効果を織り込んだ動的ヘッジ比率。ボラ連関で輸出・原材料のヘッジを統合。

8-4. 個人:長期積立のメンタルモデル

ボラのクラスタリングを知れば、荒天時の過剰反応を抑えられる。定率リバランスで“荒天は過ぎる”に賭ける。

9. 研究の広がりと後継

長 期 記 憶 ( FIGARCH, HYGARCH ) 、 高 頻 度 の マ イ ク ロ 構 造 ノ イ ズ 、Realized-GARCH(Hansen–Huang–Shek)などが派生。

スパース多変量やネットワーク GARCH で次元の呪いに対応。

V-Lab は、株・債・為替・コモディティ・暗号資産までのボラと相関を日次で推定・公開。

10. FAQ(誤解の整理)

「GARCH(1,1)で十分?」→ベースには強い。ただし非対称・ジャンプ・レジームで頑健化を。

「VaR は危機で役立たない?」 → ES・EVT と併用し、モデルリスクを明示すれば有用。

「相関は一定?」→いいえ。 DCC で時変が標準認識。

「日次データで全部わかる?」→高頻度 RV でインプット強化を。

11. 実務者チェックリスト(運用・リスク・政策)

分布選択:t 分布・スケールミックスを用意(尾の厚さ)。

非対称テスト:レバレッジ効果の有無を検定(EGARCH/GJR)。

DCC 監視:危機時の相関上振れを想定。

EVT/ES:尾部の推定と ES 報告を標準化。

モデル合議:GARCH×RV×LSTM の委員会予測で頑健化。

ガバナンス:モデル検証(バリデーション)、再推定頻度、トリガーを文書化。

12. まとめ 「見えない変動」を可視化する力

イングルの計量経済学は、変動そのものを予測対象にした点で画期的だった。 ARCH/GARCH は、静かな日と荒れる日の記憶を数学にし、DCC は市場同士の連動のうねりを測る。AI や高頻度データ、気候リスクの時代に、波打つリスクを見える化し、意思決定に織り込む——その発想はこれからも中核であり続ける。

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