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良心は死ななかった 袴田事件を背負ったまま逝った熊本典道元裁判官

日本の司法史上、袴田事件は冤罪の象徴として語り継がれている。1966年に静岡県で発生した一家4人殺害事件で、元プロボクサーの袴田巌氏が逮捕・起訴され、死刑判決が下された。しかし、この事件の第1審で左陪席判事として関わった熊本典道氏は、無罪の心証を抱きながらも多数決の合議で死刑判決を下すことになった。

判決後、熊本氏は長年にわたり良心の呵責に苛まれ、ついには裁判の秘密を破り、袴田氏の無実を公に訴えた。この行動は、司法の限界と人間の弱さを露呈するものとして注目された。

YouTube動画「袴田巌さんの死刑判決を書いた元裁判官 生前に語った後悔と訴え」では、晩年の熊本氏が自らの後悔を赤裸々に語り、司法制度への警鐘を鳴らしている。

当時、熊本氏は29歳の若手判事。事件の証拠を精査する中で、無罪の心証を形成した。特に、検察が提出した自白や物的証拠(犯行着衣など)に矛盾を感じ、1968年6月中旬には無罪判決文を執筆していた。

しかし、合議では裁判長の石見勝四氏と右陪席の高井吉夫氏が有罪を主張。熊本氏は説得を試みたが失敗し、多数決で死刑判決が決定した。

判決文の執筆を拒否した熊本氏は、最終的に泣く泣く死刑判決文を書くことになった。この判決文には、検察の捜査を厳しく批判する異例の記述が含まれ、「被告人の自由な意思決定に対する強制的影響」や「物的証拠の捜査怠慢」を指摘している。

これにより、合議体の分裂が推測されていたが、熊本氏の後年の告白で事実が明らかになった。熊本氏は高井氏に向かって「あんた、それでも裁判官か!」と怒鳴り、用紙を投げつけたエピソードも残っている。

死刑判決後、熊本氏は半年で裁判官を辞め、弁護士に転身した。1970年代には成功を収め、年収1億円を超えるほどの活躍を見せたが、内面的には袴田事件の影が付きまとった。

1976年の控訴棄却を機に、罪悪感から酒に溺れ、アルコール使用障害やうつ病、パーキンソン病に苦しんだ。私生活では2度の離婚、家族の離散、経済的破綻を経験。1990年代には鹿児島や五島列島を転々として弁護士登録を抹消し、ホームレスに近い生活を送った。自殺を考え、東尋坊やノルウェーのフィヨルドを彷徨うほど追い詰められた。

この苦しみの根源は、良心の呵責だった。熊本氏は「無実の男を獄中に放り込んでおきながら、自分は恵まれた人生を送っている」との罪悪感を語っている。YouTube動画では、晩年の熊本氏がインタビューに応じ、後悔を吐露。事件の詳細を振り返りながら涙を浮かべる様子が映っている。

2007年、他の2人の判事が死亡したことを確認した熊本氏は、公の場で袴田氏の無実を告白。衆議院議員会館での集会や最高裁への陳述書提出、ブログ「裁判官の良心」の開始を通じて、再審を求めた。

2018年には入院先で袴田氏と50年ぶりの対面を果たし、再審陳述書を提出。2020年に83歳で死去するまで、袴田氏の救済を訴え続けた。

熊本氏の存在がなければ、袴田氏の再審(2023年に無罪判決が確定)は実現していなかった可能性が高い。

合議の秘密を破るという異例の行動が、事件の再検証を促し、DNA鑑定の矛盾や自白の強要を浮き彫りにした。熊本氏は初めから無罪を信じていたが、制度の壁に阻まれた。この勇気ある告白は、司法の透明性を高めるきっかけとなったと言える。

熊本氏の物語は、人が人を裁くことの根本的な限界を象徴する。裁判は人間の判断に依存し、合議制であっても多数決の弊害が生じる。

熊本氏の場合、無罪の心証が孤立し、死刑判決を防げなかった。これは、司法の「人間性」の弱さを示す。
さらに、検察の主張を鵜呑みにする傾向が問題だ。

日本では有罪率が99%を超え、「疑わしきは罰せず」の原則が形骸化している。袴田事件では、検察の長時間取り調べによる自白強要や、物的証拠の後付け捜査が批判された。

熊本氏の判決文でも、「密室での取調べの強制的影響」を指摘している。なぜ検察の主張が優先されるのか?それは、起訴便宜主義の影響が大きい。

日本では検察が起訴・不起訴を自由に決め、起訴された案件はほぼ有罪になる「精密司法」の慣行がある。検察の捜査が不十分でも、裁判所が追認しやすい構造だ。

これにより、無実の被告が犠牲になるリスクが高まる。熊本氏の後悔は、この制度の盲点を浮き彫りにし、検察審査会や再審制度の強化を促す教訓となっている。

参考動画:

袴田さんの死刑判決を書いた元裁判官 生前に語った後悔と訴え
https://youtu.be/mnmY2oQurUU?si=7m6GuhHbfqUTrEKu

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