2025 年ノーベル経済学賞 受賞者
ジョエル・モキイヤ(Joel Mokyr, 1946–)は、経済成長を技術進歩= “有用な知の蓄積と拡散”という視点から説明してきた経済史家である。代表作『 The Lever of Riches』『The Gifts of Athena』『A Culture of Growth』で、発明のミクロ(改良)/マクロ(画期)の区別、知の生成・検証・共有を支える制度・文化の役割を提示。長年の経済史研究は、現代のグリーン転換と AI 時代の成長戦略に直結することを示している。
1. 受賞者の経歴整理(出生地・学歴・主要ポスト)
出生:1946 年、オランダ・ライデン生まれ。イスラエルで育ち、のち米国籍も取得。
学歴:ヘブライ大学で学士、イェール大学で Ph.D.(1974)。博士論文は低地地方の産業停滞の歴史分析。
主 要 ポ ス ト : ノ ー ス ウ ェ ス タ ン 大 学 の 経 済 学 ・ 歴 史 学 教 授 ( Robert H. StrotzProfessor)。テルアビブ大学でもサックラー特別教授を歴 任。
主著:
The Lever of Riches(1990)— 技術創造性と経済発展
The Gifts of Athena(2002)— 「有用な知」の制度史
A Culture of Growth(2016)— 近代の「成長文化」の起源
小結:経済史・技術史・制度論を架橋し、「知が増える仕組み」そのものを解いた学派の中心人物。
2. 主要理論・研究内容
キーワード:ミクロ発明/マクロ発明・有用な知(useful knowledge)・市場だけでない制度・啓蒙と学術コミュニティ・成長文化(culture of growth)
2-1 「発明の二層構造」── ミクロ発明とマクロ発明
マクロ発明:蒸気機関のように「新しい可能性の地平」を一気に開く画期。
ミクロ発明:現場の細かな改良の積み重ね。効率や信頼性を継続的に押し上げる。
含意:マクロの“火種”をミクロの“薪くべ”が持続させる。制度が後者の連鎖をいかに支えるかが鍵。
2-2 「有用な知」の制度 ──市場だけでは足りない
有用な知(useful knowledge):自然界の規則性・因果を工学的に使える形に整えた知。
制度の役割:
生成:大学・学会・工学教育・研究助成。
検証:査読・再現・公開。
共有:印刷文化、学会誌、特許・公開のハイブリッド。
結論:市場価格だけに頼ると知は独占化/秘匿化しやすい。開放とインセンティブの組み合わせが「知の外部性」を最大化する。
2-3 『A Culture of Growth』── 「啓蒙のエコシステム」
主張:近代欧州では、啓蒙思想に支えられた**「知は公開し批判されるほど価値がある」
という文化が定着。科学アカデミー、学会誌、印刷資本がネットワークを形成し、国境を越えた競争的協調**が生まれた。
直観:知はコモンズを持つ。開放と報酬のバランス(特許・名声・職位)が持続的発明を駆動した。
2-4 英国産業革命の“長い因果”
要素:技能の多様性、職人と科学者の往還、制度的寛容、金融・保険の発達。
メカニズム: “試行錯誤が安い”社会をつくることで、失敗のコストが下がり、ミクロ改良が止まらなくなる。
位置づけ:地理・資源・賃金などの既存仮説を否定せず、**制度・文化の 補因“ ”**として束ね直した。
2-5 クリエイティブ・ディストラクションとの接続
アギオン=ハウイットの理論は「新陳代謝の速さ」を成長率に結び付ける。モキールはその歴史的土壌(知の制度・成長文化)を解明。両者が合流して、政策としての成長設計学が成立した。
3. 受賞理由と当時の経済状況(課題→答え)
課題(1990 年代〜2020 年代)
先進国の生産性停滞、新興国のキャッチアップ鈍化。
気候変動・脱炭素の制約が強まり、「成長か環境か」の二者択一を迫る声。
モキールの答え
成長の究極ドライバーは、有用な知を生み・試し・広める制度にある。
創造的破壊が機能しなければ、グリーン技術も普及しない。競争政策・標準化・知の公開で新陳代謝を促すことが、持続可能な成長の唯一の道である。
4. 世界・日本への影響(政策・学問・日常生活)
4-1 政策
研究コミュニティの制度設計:オープンアクセス、データ可搬性、再現性の基盤整備。
競争と保護の両立:特許の期間・範囲を吟味し、標準必須特許の FRAND 運用で参入余地を確保。
公共調達の方向づけ:相互運用・監査可能性を条件にグリーン/AI を実装。
4-2 学問
経済史×計量×イノベーションの統合を加速。歴史資料のデジタル化と **因果推論(IV/DiD/RD)**の接合に弾み。
4-3 日本への実装アイデア
「試行錯誤を安くする」制度:実証実験の規制サンドボックス、中小の実験費用を補助。
大学・高専の“現場接続”:共同研究で現場のミクロ改良を継続的に回す。
グリーン×製造:相互運用標準で下請けも参画できる開放型のエコシステムへ。
5. 批判と限界
欧州中心の叙述:欧州発の“成長文化”強調は外挿の限界がある。→ 中国・インド・イスラ ム圏の知の制度史の再構成が必要。
測定困難性:「文化」や「制度」の数量化は難しい。代理指標の測定誤差に注意。
政治経済の摩擦:既得権と分配の対立が新陳代謝を阻む。制度改革は移行コストを伴う。
特許制度の二面性:公開と保護の最適バランスは産業ごとに異なる。
現代の大企業プラットフォーム:ネットワーク効果が強い市場では、開放だけでは競争が働きにくい。
6. 今日的意義(格差・AI・環境)
6-1 格差:新陳代謝の停滞は格差を固定化する
参入障壁とデータ独占は賃金停滞を招く。競争政策×人材移動の円滑化で知の拡散を加速。
6-2 AI:補完に報いる設計
説明可能性・相互運用・監査ログを標準化。現場知の形式知化を促し、ミクロ改良の速度を上げる。
6-3 環境:グリーンは創造的破壊の“試験紙”
炭素価格×グリーン調達×オープン標準で古い資本のロックインを解く。補助は性能連動で改良競争を継続させる。
7. 図解

8. ケーススタディ(応用)
ケース A:グリーン製造の「公開規格+性能連動補助」
設計:部材・インターフェースの公開規格、補助は**性能(エネルギー効率・再資源化率)連動。
狙い:部品の相互運用で裾野を広げ、ミクロ改良の連鎖を促進。
ケース B:地方大学×中堅企業の“改良ループ ”
設計:共同ラボで現場課題 →試作→ 実装 →評価の短周期を回す。
KPI:試作回数、歩留まり改善率、外部論文・特許の公開数。
ケース C:行政のデータ可搬性
設計:API 納税・電子インボイスの標準化で、会計 →与信 →受発注の知の流通を高速化。
効果:取引コスト低下と参入増によるミクロ改良の底上げ。
9. 実務者チェックリスト(政府・企業・大学・研究者)
目的を一文で(例:「5 年でエネルギー効率+25%、関連スタートアップ×2」)。
“試行錯誤コスト ”を下げる(プロトタイプ助成、規制サンドボックス)。
オープン×特許のバランス(標準必須特許の FRAND、公開条項付き助成)。
再現性インフラ(データ可搬性、監査ログ、モデルカード)。
公共調達の方向づけ(相互運用・監査性を必須要件に)。
人材の移動と学び直し(リスキリングを成功報酬補助で)。
評価指標(改良の速度、失敗コスト、成果の外部性)。
既得権との調整(段階的移行・補償設計・撤退基準の事前合意)。
外部妥当性の検証(他地域・他産業での再現実験)。
情報公開(成果・失敗・教訓を“公共財”として共有)。
10. まとめ— 「知が回る仕組み」を設計すれば、成長は持続する
モキイヤの核は市場の中だけでは説明できない“知の制度”を正面から描いた点にある。発明の火種(マクロ)と改良の連鎖(ミクロ)をつなぐのは、公開・検証・共有の制度と、それを支える文化だ。
グリーン転換や AI のような大再編の時代ほど、創造的破壊を機能させる開放設計が要る。
試行錯誤を安くし、外部性を大きくする。これが、モキールが示した持続的成長の前提条件である。
さくらフィナンシャルニュース
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