【第 1 章】序―若き天才に贈られる “ノーベル賞への登竜門”
受賞年:1999 年/受賞者:アンドレ・シュライファー(当時 38 歳)。
クラーク・メダルは、40 歳以下のアメリカ経済学者に対してアメリカ経済学会( AEA)が授与する最高栄誉で、“ノーベル賞への登竜門”と呼ばれる。
シュライファーは、コーポレートファイナンス・法と金融・行動ファイナンス・制度経済学といった複数分野を横断しながら、市場がどのようにして形成され、なぜ時に失敗するのかを明らかにした。彼の研究は、「市場は制度によって形づくられる」というパラダイムを確立し、経済学の世界に深い構造的転換をもたらした。
キャッチコピー:
「制度と市場の“見えざる仕掛け”を明らかにし、経済の実体を可視化した理論家」
【第 2 章】原点―学問への情熱が芽生えた日々
1961 年、旧ソビエト連邦・モスクワ生まれ。少年期に家族とともにアメリカへ移住し、ハーバード大学で学士号、マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得した。移民として米国社会に身を置いた経験は、彼に「制度が人間の行動と市場を決める」という問題意識を芽生えさせた。
博士課程では金融市場の理論的分析を行いつつ、現実世界の制度や行動の違いに目を向けた。若い頃から次のような問いを追求していた。
なぜ同じ経済理論を適用しても、国ごとに市場の発展度が異なるのか。
なぜ投資家の非合理な行動が市場価格に長く影響を与えるのか。
なぜ企業統治や所有構造が国によってこれほど異なるのか。
このようにして、シュライファーは「制度と市場の橋渡しをする経済学」を生涯のテーマとして定めた。
【第 3 章】主要研究―理論の革新とそのインパクト
1. アービトラージの限界(Limits to Arbitrage)
ロバート・ヴィシュニーとの共著で提唱されたこの理論は、効率的市場仮説( EMH)に対する決定的な反証となった。
従来は「もし価格が理論値から乖離しても、賢い投資家(アービトラージャー)が裁定を行えば元に戻る」と信じられていた。
しかしシュライファーは、現実には裁定にもコストとリスクがあるため、価格の歪みが長期化することを明らかにした。
たとえば、過大評価された株を空売りしても、価格がすぐに修正されなければ損失を抱え 、資金を引き上げられるリスクがある。これが「アービトラージの限界」であり、市場の非効率が持続する理由を初めて理論的に説明した。
この発見は、のちの行動ファイナンスの理論基盤となり、金融危機分析にも応用された。
2. 法と金融(Law and Finance)
シュライファーの名を世界的に広めたのが、「法と金融」の研究である。
世界各国の法制度と金融市場データを比較し、法制度の違いが株式市場の発展度を決めることを示した。
コモンロー(英米法)を採用する国は、投資家保護が強く、資本市場が発達しやすい。一方、大陸法(フランス法・ドイツ法)を採用する国では、企業支配構造が集中しやすく、外部株主が成長の制約となる傾向がある。
この研究は「法制度の起源(legal origins)」という新しい概念を確立し、制度が経済発展を決めるという考え方を主流に押し上げた。
シュライファーは、制度・法・所有構造の違いこそが市場の多様性を生むことを、定量的に証明したのである。
3. 移行経済の分析と制度設計
シュライファーは、旧ソ連・東欧諸国の「移行経済(transition economy)」の分析でも中心的役割を果たした。
1990 年代のロシアや東欧で進められた民営化政策において、制度設計の欠如が市場機能を阻害することを強調した。
彼の指摘は明快だった。
企業の所有権を民間に移すだけでは不十分。
司法制度・契約執行・監査体制などの制度的インフラがなければ市場は機能しない。
この理論は、開発経済学・比較制度経済学の発展にも影響を与え、「制度は市場に先行する」という理念を定着させた。
4. 行動ファイナンスへの貢献
シュライファーは、行動経済学の文脈でも中心的存在である。
人々の心理的バイアスや注意の偏りが、市場価格や投資判断に与える影響を定式化し、心理と市場の架け橋を築いた。
彼の研究は、「市場は合理的個人の集まりではなく、制度と認知の相互作用の産物である」という新しいパラダイムを確立した。
【第 4 章】時代背景と受賞の意義
1990 年代後半の世界は、金融自由化・グローバル化・IT バブルの時代であった。
当時の主流派経済学は「市場は自己修正的である」という信念に基づいていたが、アジア通貨危機やロシア危機など、市場の歪みが露呈し始めていた。
シュライファーの研究は、この時代に強烈な現実的意義を持った。
「アービトラージの限界」は、市場の失敗を理論的に正当化し、危機分析の基礎を提供した。
「法と金融」は、制度の設計が経済発展を決めるという政策的メッセージを発信した。
クラーク・メダルの受賞は、理論と実証、そして制度設計を結びつけた彼の研究姿勢への賛辞であった。
【第 5 章】世界と日本への影響
コーポレートガバナンス:日本の社外取締役制度・株主権強化・持株会社化などの改革において、「所有構造と法制度の整備が資本効率を高める」という彼の理論が参照された。
金融政策と市場構造:アービトラージの限界理論は、金融市場の安定化政策や流動性規制の基礎理論として活用されている。
開発・制度支援:開発途上国支援において、単なる資金供与ではなく、法制度の整備・契約執行の強化を重視するアプローチが採用されるようになった。
企業統治論の深化:企業の経営権・株主権・情報開示制度などにおける改革議論でも、シュライファーの制度的視点が息づいている。
【第 6 章】批判と限界
制度起源論の一元化:法制度の違いが経済発展の主因であるとする主張には、文化・政治・歴史の影響を軽視しているとの批判がある。
行動要因との統合の難しさ:心理・行動要素と制度要素を同時に扱う際、理論の一貫性を維持することが難しい。
モデルの静的性:制度の変化や進化をどのようにモデル化するか、動学的な拡張が課題として残る。
政策への適用の慎重さ:特定の制度モデルを他国へそのまま移植すると、文化的・社会的摩擦を生むリスクも指摘されている。
それでもなお、彼の研究は「市場を制度の文脈で理解する」という思想を経済学の中心に据えた功績を持つ。
【第 7 章】今日的意義―次世代へのメッセージ
AI、デジタルプラットフォーム、暗号資産、国際資本移動など、制度と市場の関係は再び問われている。
もしシュライファーが 2020 年代に研究をしていたなら、きっと次のテーマを扱っていただろう。
データ所有と法制度:誰がデータを所有し、どう管理するかが市場構造を決める。
グローバル資本移動と制度の摩擦:資金は国境を越えるが、法制度は越えられない。
AI と情報の非対称性:アルゴリズムが意思決定を代替する時代に、透明性をどう確保するか。
制度のデザインとしての経済学:法・ガバナンス・文化を総合的に組み合わせた新しい制度経済学。
若手研究者へのメッセージは、彼の研究哲学そのものだ。
「制度を軽視するな。市場は、ルールがあってこそ動く。」
経済学とは、人間の行動だけでなく、その行動を取り巻く制度のデザインを科学的に理解する営みである。シュライファーは、それを体系化した最初の巨人の一人だった。
さくらフィナンシャルニュース
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