トンネル効果を半導体に呼び覚まし、量子デバイスの扉を開いた
【第 1 章】序―世界が驚いた「日本人の発見」
1973 年、ノーベル物理学賞。受賞分野は固体におけるトンネル現象。江崎玲於奈は、半導体中の電子が 常識では越えられないはずの壁 を量子的にすり抜ける(量子トンネル)ことを実証し、エサキダイオード(トンネルダイオード)という新しい素子を生み出した 。
その成果は、同年受賞のアイヴァー・ジャイエル(超伝導体のトンネル効果の観測)、ブライアン・ジョセフソン(ジョセフソン効果の理論)とともに、量子力学が“装置”になる時代の到来を示した。
戦後復興から高度経済成長へ向かう日本は、すでに“ものづくり大国”の道を走り始めていた。だが江崎の発見は、単なる生産技術の巧妙化ではない。量子の不可思議さを素子の“実力”に変え、産業の未来像を塗り替えた。ひと言でいえば ――目に見えない法則を、手でつかめるデバイスにした人」である。
【第 2 章】原点―幼少期から形成された“探究心”
1925 年、大阪に生まれる。少年時代から、仕組みを分解しては組み直すことが好きだったという。理屈を押し付けるより、自分の目で確かめたい――それが江崎の流儀になっていく。
大学では物理と工学の境界を漂いながら、「自然法則を役に立つ装置へ」という関心を育てた。戦後の混乱期、物資も情報も潤沢ではない。だが、足りないなら工夫するという現場感覚が、彼の思考を鍛える。
入社したのは、のちのソニー(当時・東京通信工業)。研究所はまだ小さく、誰かがやらねば始まらない。成功が見えないテーマでも、“理屈の芽”があるなら粘り強く続ける。恩師というより、現場の課題が江崎の一番の教師だった。挫折は多い。だが彼は、「失敗は可能性の地図」と捉え、仮説を微修正しては次の実験に向かった。ここに、のちの「逆転の発想」を愛する江崎の研究倫理が早くも形を取る。
【第 3 章】発想の転換―世界を変えた着想とブレイクスルー
3-1“壁をすり抜ける”という非常識
古典的な直感では、粒子はエネルギー障壁を越えられない。ところが量子世界では、波としての性質をもつ電子が、薄い障壁なら一定の確率で“向こう側”に現れる。これが量子トンネル効果である。
江崎は、この奇妙な現象を半導体接合において「素子の機能」にまで高めた。p 型と n 型の半導体を高い濃度で接合すると、狭い領域に非常に薄い障壁(ポテンシャルバリア)が形成される。ここに電圧をかけると、通常のダイオードでは見られない、電流が増えた後に減る“負性抵抗”が現れる。これぞ、電子が障壁をトンネルして流れる証拠。
重要なのは、江崎が理屈の妙味を“測定曲線”という具体の姿に落とし込んだことだ。電流電圧(― I–V)特性に現れる峰と谷、すなわちピーク電流とバレー電流の存在は、量子トンネルがデバイスの中で“仕事”をしていることを、誰の目にも分かる形で示した。
3-2 測り、つくり、もう一度測る
江崎の方法は、端的に言えば「測って、つくって、また測る」。理論と実験を往復させ、材料・ドーピング濃度・接合プロファイルを微調整しながら、トンネル経路の通り道を“整地”していく。
当時、半導体の微細加工は今ほど洗練されていない。だからこそ、現物と対話する経験知がものを言う。測定で得た曲線の“乱れ”や“誤差”は、単なる雑音ではない。装置が発するヒントとして読み解き、次の試作に反映する。江崎は、量子の抽象をエンジニアリングの具体へと地道に翻訳した。
3-3 “超格子“”で開いたナノの地平
その後、米国 IBM へ移り、レイフ・ツーらとともに半導体超格子(スーパラティス)の概念を打ち出す。材料を原子レベルの層として周期的に積み上げると、電子の運動は人工的に“折り畳まれ”、新しいバンド構造が生まれる。これは、のちの量子井戸(クォンタムウェル)や共鳴トンネルダイオード、高電子移動度トランジスタ(HEMT)などへ広がり、ナノエレクトロニクスの基礎地図を描き替えた。
ここにも江崎流の発想がある。自然がくれた結晶を使うだけでなく、人間が “結晶の楽譜”を書き換えて電子のふるまいをデザインする。―― 量子を“観測する”段階から、 “設計する・使いこなす”段階へ。ブレイクスルーは、一つ先の常識を生む。
【第 4 章】栄光の瞬間 ―ノーベル賞受賞とその反響
1973 年の受賞発表は、日本にとって朗報だった。高度成長の熱気のなか、「日本発の基礎+応用の両輪」が世界の頂点に立ったことを示す象徴である。メディアは、トンネルダイオードの鋭い I–V カーブや、超格子の“人工結晶”という新語を解説し、一般読者の関心を呼んだ。
江崎本人は、晴れがましさより実務家の目で語る。「偶然に頼らず、丹念に測って考えることが大事だ」。華やかなスピーチの裏に、測定器と向き合い続けた現場の時間がある。
海外からは、“日本の研究は装置化の速度が速い”という評価が寄せられた。理論の美しさに酔うだけでなく、役に立つ回路へと落とす。その橋渡しに、日本の強みが見える――そんな見方が広がった。
【第 5 章】その後の人生― 栄誉の先にある静かな闘い
受賞後も江崎は、研究と人づくりの両輪で走った。IBM ではナノスケールの構造制御を推し進め、帰国後は筑波大学長として大学改革や国際化に力を注ぐ。キャンパスに風を通し 、「失敗を恐れず、考えて試す文化」を根づかせようとした。
社会に向けても、彼は一貫して“逆転の発想”を説いた。常識の延長ではなく、前提の置き換えが新産業を生む。細切れの短期成果だけを追うのではなく、10 年後に効く基礎を仕込む ―そうしたメッセージは、科学政策や企業研究所への含蓄に富む。
晩年の文章からは、「量子はあやふやだからこそ、測定と設計で飼いならせ」という、研究者らしい楽観がにじむ。若者には、「自分の目で確かめ、仮説を動かせ」 **と繰り返した。立派な言葉より、装置の前で考える時間を贈りたい――それが江崎の教育観だった。
【第 6 章】遺したもの―未来への継承と影響
江崎の遺産は、技術・方法・文化の三層にわたる。
第一に技術。トンネルダイオードは、超高速・低消費電力領域で今も要所に使われ、共鳴トンネル・量子井戸・超格子といった概念は、レーザ、マイクロ波素子、赤外検出器、さらには量子情報のハードウェアにまで影を落とす。“量子を設計する”回路工学は、彼の発想抜きに語れない。
第二に方法。江崎流は、理論⇄実験の往復運動を徹底した。測定曲線を“読む” 力、材料・ プロセスの微調整を惜しまない粘り、装置が語る小さな違和感を次の仮説に反映する態度 。
これは今も、ナノ計測・半導体製造・量子デバイス開発の現場で生きた作法である。
第三に文化。大学・企業・国研の境界を軽やかに越え、「基礎と応用の往復こそ日本の強み」という信念を体現した。若手に対しては、「正解を待つより、問いを立てよ」。組織には、「失敗を許容する“器”が創造を生む」。この二つの信条は、教育と産業の両方に刺さる。
【第 7 章】まとめ 一人の科学者から学ぶこと
江崎玲於奈の歩みは、量子力学の“奇妙さ”を、人が使える技術に翻訳する物語である。そこから私たちが学べるのは、次の四点だ。
前提を疑う勇気。「壁は越えられない」という常識を外し、“すり抜ける”という第二の道を見つける。
測定を尊ぶ倫理。仮説の美しさより、データの頑固さに従う。曲線の“乱れ”は、自然からのヒントである。
往復運動の習慣。理論と実験、基礎と応用、大学と企業――両端を行き来して、橋を架ける人が次の時代をつくる。
失敗の資産化。うまくいかなかった条件も、可能性の地図に刻みこむ。蓄積が 思いつきを“戦略”に変える。
量子は、あいまいで気まぐれに見える。だが、粘り強い実験と設計があれば、あいまいさは機能に変わる。エサキダイオードの鋭いピークが教えるのは、自然は正しく整えれば、驚くほど素直に振る舞うという事実だ。
“壁”の向こうにある未来を、怖れずのぞいてみる。――江崎が世界に示した態度は、研究者だけでなく、これからの社会を生きる私たち全員へのメッセージでもある。結果よりも 、問いを立てて確かめ抜く勇気こそ、次の扉を開く鍵なのだ。
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