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【吉野 彰】「持ち運べる電気」を現実にした人

リチウムイオン電池で、情報・移動・脱炭素の設計図を書き換える

【第 1 章】序―世界が驚いた「日本人の発見」

2019 年、ノーベル化学賞。 共同受賞はジョン・B・グッドイナフ、M・スタンリー・ウィッティンガム。授賞理由は、高エネルギー密度で充放電可能なリチウムイオン電池(LIB)の開発。

1980~90 年代、世界はオイルショック後の省エネ競争から IT・モバイル革命へと舵を切った。課題は明白——軽くて、長持ちで、何度でも充電できる電池がない。ニッカドやニッケル水素では、ポケットに入る“情報革命”は難しい。

吉野は、グッドイナフの LiCoO₂ 正極と、グラファイト系負極という「金属リチウムを使わない」安全設計を組み合わせ、“ ”ロッキングチェア (リチウムイオンが正極と負極のあいだを往復する)という発想を実装した。ひと言でいえば、「電気を持ち運ぶ」を社会の常識にした人である。

【第 2 章】原点―幼少期から形成された“探究心”

1948 年生まれ。 戦後の復興と高度成長を見ながら育ち、「ないなら作る」という現場の矜持を自然に身につけた世代だ。京都大学で石油化学を学び、旭化成に入社。樹脂・繊維・化成品という“素材産業の手触り”の中で、材料の性質を社会の機能に翻訳する眼を養った。

研究の原風景は、「机上の理想と、量産の現実をつなぐ橋」への執着である。わずかな不純物、粒径分布のばらつき、電極塗工の厚み——小さなズレが安全と寿命を左右することを、製造現場で骨身に染みさせた。恩師というより、設備と工程が吉野の教師だった。

【第 3 章】発想の転換―世界を変えた着想とブレイクスルー

3-1 「金属リチウムを使わない」安全設計

一次電池や初期の二次電池は金属リチウムを負極に据えたが、樹枝状の結晶(デンドライト)が伸びて内部短絡・発火のリスクを抱えた。吉野は思い切って負極から金属リチウムを外す。代わりに、層状にリチウムイオンを出し入れできる炭素材(グラファイト)を採用し、「イオンだけが移動する」構造へ転換した。これで安全性・寿命・充電受入性が飛躍的に向上する。

3-2 正極に LiCoO₂、負極に炭素材――“ロッキングチェア の誕生”

充電時は、正極(LiCoO₂)からリチウムイオンが出て電解液を渡り、グラファイト層間に滑り込む。放電でその逆が起こる。金属の析出を伴わないため、劣化と危険の芽が小さい。ここに有機電解液(LiPF₆/炭酸エステル系)、アルミ正極集電体/銅負極集電体、微孔質セパレータなど部材の総合設計を束ね、小型・軽量・高エネルギー密度のパッケージが立ち上がる。


3-3 「安全」と「量産」の二正面作戦

実用の壁は、安全・均一・歩留まり。吉野はシャットダウン機能をもつセパレータ(一定温度で孔が閉じて電流を止める)や、電解液の配合、電極のバインダ/導電材比率を細かく詰め、異常時の振る舞いまで含めた設計にした。セル単体→ モジュール→ パックの階層でも、保護回路・熱設計を織り込み、「実験室の輝き」を「工場の品質」に翻訳した。

3-4 「携帯革命」のエンジンへ

1991 年、量産化されたリチウムイオン電池は、携帯電話・ノート PC・デジタルカメラから社会へ浸透。エネルギー密度/小型化/サイクル寿命の三拍子が、コードから人を解放し、情報と人の距離を縮めた。後に電動工具・ドローン・ウェアラブル、そして電気自動車(EV)へと拡張し、脱炭素の本丸にも食い込んでいく。

【第 4 章】栄光の瞬間―ノーベル賞受賞とその反響

2019 年の受賞発表に、世界は深くうなずいた。私たちのポケットと車輪に入っている “目に見えない革新”が、最高のかたちで認められたからだ。メディアは、クリーンエネルギー移行のキーデバイスとしての価値を強調。

壇上の吉野は、共同受賞者・材料メーカー・セルメーカー・家電・自動車に至る広範な仲間への謝意を述べ、「基礎の発見」と「実装の知」が噛み合って初めて社会が動くと語った。「研究は社会の課題に応える仕事でもある」—— 静かな口調の奥に、現場の矜持が滲む。

【第 5 章】その後の人生―栄誉の先にある“静かな闘い”

受賞前後から吉野は、次世代電池・充放電インフラ・資源循環の三本柱で動き続けている。

高エネルギー化と安全:高 Ni 系正極、Si 系負極、電解液添加剤、難燃・固体電解質などの改良。エネルギー密度の上限を押し上げつつ、安全マージンを確保する。

モビリティと系統連系:EV 向けの急速充電、寿命劣化の予測(BMS)、再エネの変動平準化に向けた定置用電池の活用。

資源循環(3R):コバルト・ニッケル・リチウムのリサイクルと、**第二寿命(蓄電用途への再利用)の設計思想の普及。

講演ではつねに、「安全・標準化・人材育成」**の 3 点を訴える。事故ゼロ文化、国際規格、実験と量産の両方を語れる人が、電池社会の基盤になるからだ。

【第 6 章】遺したもの―未来への継承と影響

第一に、「携帯可能なエネルギー」というインフラ。 リチウムイオン電池は、情報端末・IoT・医療機器・ロボティクスの広がりを下支えし、移動しながら働き、学び、診療を受ける社会を実現した。

第二に、脱炭素の実装。 EV と再エネの間に蓄電のクッションを入れることで、交通・電力の二大セクターの CO₂ 削減が現実的速度で進む。V2G(車→電力系統)や家庭用蓄電といった新しいエコシステムの核でもある。

第三に、材料・工程の総合知。 正極・負極・電解液・セパレータ・集電体・BMS 部材と工程の 合奏 が電池性能を決めるという文化が根づいた。材料科学“ ” ×プロセス工学×安全工学×データを束ねる人材が育っている。

第四に、社会の物語。 地方の工場と研究所から世界標準が立ち上がり、「地味な改良の積み重ねが世界を動かす」ことを示した。これは若い技術者への最高のメッセージになった。

【第 7 章】まとめ ―一人の科学者から学ぶこと

吉野 彰が教えるのは、発見を“使える形”にする執念だ。

問いを立てる勇気:軽く・長く・安全にという三つ巴を同時に満たす解を“設計問題”として定義する。

危うさと向き合う倫理:金属リチウムを外す決断に象徴されるように、性能と安全の綱引きに最後まで責任を持つ。

工程への翻訳:電極塗工の数 μm、乾燥・カレンダー圧、セル積層の精度——偶然の成功を工程にし、工程を標準に。

社会との共同:規格・インフラ・リサイクル・人材育成を技術と同じテーブルで設計する。

結果として、私たちは電気を持ち運ぶ自由を手に入れた。ポケットの端末から EV のパックまで、同じ原理が社会を静かに動かしている。
次の世代へ。“未踏を常識に”。そして、安全・標準・循環という三つの約束を胸に、次の電池(全固体電池、高電圧系、資源低依存の系)へ踏み出そう。電気の未来は、改良のノートの先にある——吉野の仕事は、それを静かに、しかし決定的に証明している。

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