第 1 章 序―世界が注目する「経済学の頭脳」
デイヴィッド・カードは、現実のデータで経済学の常識を組み替えた研究者である。とりわけ、最低賃金・移民・教育をめぐる論争に、観測データからの厳密な因果推論を持ち込み、政策議論の重心を「理論の先入観」から「証拠の提示」へ移した功績は決定的だ。
自然実験の設計(DID・RDD・IV)を駆使し、反実仮想(もし政策がなければ)を可視化する技法を労働経済学の標準にした。2021 年、ジョシュア・アングリスト、グイド・インブンスとともにノーベル経済学賞を受賞。「事実が理論を鍛える」という姿勢を、社会が合意できる統計作法として確立した。
第 2 章 原点―幼少期と学問の出発点
1956 年生まれ。若手期から労働市場の制度と成果に関心を持ち、近接地域の比較や制度境界の活用など、現実のばらつきに根ざした識別設計を磨いた。対象は、最低賃金の引き上げ、大量移民ショック、学校資源や同級生効果など、政策と生活に直結するテーマばかり。扱いやすい仮定よりも観察できる制度とデータを重視し、現場の文脈(地理・制度・歴史)を設計に緻密に織り込む研究スタイルを確立した。
第 3 章 核心―研究の中核理論と主張
(1) 最低賃金の雇用効果:差の差(DID)の決定版
カードは近隣地域の政策差を自然実験として利用し、最低賃金引き上げが直ちに大幅な雇用減をもたらすとは限らないことを示した。平行トレンドの検証、産業・地域の固定効果 、頑健性チェックを重ね、短期的雇用効果の小ささ/不在というエビデンスを提示。理論は一つでも、現実の雇用調整経路(価格転嫁・生産性・離職率・求人)には多様性があることを、数値で示した。
(2) 移民と労働市場:供給ショックの再評価
大量移民が賃金・雇用に与える影響を、地域横断のばらつきや歴史的ネットワークを利用して識別。単純な供給増=賃金低下の図式に対し、産業構造の変化・補完性・企業の調整行動が作用し、平均的な負の影響は小さい/限定的であることを示した。労働需要の内生的な広がりを、実証で描き切った点が画期的である。
(3) 教育の収益と学校の生産関数
学校資源・学級規模・同級生構成が学習成果に与える効果を、断点回帰( RDD)や制度境界で識別。教育投資の限界効果を正面から測り、投入量→学力→賃金という人材形成のパイプラインを実証に接続した。就学年数の増加が賃金に与える因果効果も、制度的ばらつきを活かして推定している。
(4) 実証の作法:設計・検証・透明性
カードの論文は、設計(識別)→推定→頑健性→可視化の流れが一貫している。差の差のイベントスタディ表示、プラセボ検定、サブグループ分析、データ公開。この作法が、後続世代にとっての再現可能な標準を形成した。
第 4 章 挑戦―既存理論との対立と革新
カードの仕事は、理論に対する反証ではなく、理論の適用範囲の再マップ化である。完全競争・均質労働の教科書モデルは、最低賃金に対して雇用減を予言しやすい。しかし現実には、買手独占(モノプソニー)、求人・離職の摩擦、調整コスト、価格転嫁、スケール拡張などが絡み、雇用の反応は小さく、遅く、異質になりうる。カードは測るべき量を正しく定義し、控えめな仮定で比較することで、理論の射程を現実へ接木した。批判に対しても、データ・設計・頑健性で応答する姿勢を貫いた。
第 5 章 波及―政策・社会への影響
最低賃金政策:段階的引き上げの設計、影響評価の標準手順( DID+イベントスタディ)を確立。価格転嫁・離職率・採用・労働時間など調整チャネルを政策評価に組み込む契機を作った。
移民政策:受入の労働市場影響を、地域・技能別に丁寧に評価する実務規範を提示。補完・代替の異質性を前提に、単純化を避ける態度を広めた。
教育政策:資源配分・入試・学区制などで、境界を用いた識別が行政評価の標準へ。エビデンスに基づく政策(EBPM)の柱を築いた。
第 6 章 展望―現在の研究と今後の課題
外的妥当性と異質性の地図化:誰に、どの産業・地域で、どのタイミングで効果が生じるのか。ヘテロ効果の体系化と、一般均衡との接続が鍵。
大規模行政データ×因果設計:税・雇用・教育記録を横断し、長期追跡と分配影響を可視化。プライバシー保護と再現性の両立が課題。
政策の組合せ効果:最低賃金・税額控除・訓練・移民・住宅など政策バンドルの相互作用を、設計×構造のハイブリッドで評価。
AI と労働:タスク代替・補完、プラットフォーム労働、リスキリングの効果を自然実験 ×構造推定で測る新前線へ。
第 7 章 結 ―「次のノーベル賞」に最も近い頭脳
カードの遺産は、「よく設計された比較が、議論を動かす」という規範にある。
最低賃金・移民・教育 ――感情が先行しやすい論点で、静かな統計が社会の合意を整える姿を示した。
理論は必要だ。だが現実を測らない理論は、政策を導けない。
デイヴィッド・カードは、測ることの誠実さで、労働経済学を公共の学問へと押し上げた。
事実が先にあり、理論はその後を歩く。
この原則は、これからの政策設計にとっても揺るぎない羅針盤である。
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