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「ポエム政治」と宗教右派国家の分岐点消費税・メディア・改憲、そして“保守本流”の行方第4章消費税という「生存への罰金」

数字を拒む政治と、生活を直視する政治

2025年12月15日、参議院予算委員会での質疑は、消費税をめぐる政治の本質を鮮明にした。

山本太郎は、補正予算で国民に直接届く支援額を一つひとつ確認し、現実との乖離を示した。

おこめ券3,000円。
精米5kgの平均価格4,321円。
電気・ガス支援は3か月で標準世帯7,000円。
単身世帯ではさらに少ない。

この状況で、山本は核心を突く。

「消費税廃止、もしくは一律減税、ぜひやっていただけないですか?」

高市総理の答弁は明確だった。

「今般の補正予算では、そのように考えておりません。」

ここで示されたのは、物価高と生活困窮が現実化しても、消費税は“聖域”であり続けるという政治判断である。

4-1 消費税の本質的問題――逆進性と不可避性

消費税は、所得に関係なく一律に課される。
食料、光熱費、日用品といった生存に不可欠な消費から逃れることはできない。

そのため、消費税は構造的に逆進的であり、所得の低い層ほど負担が重くなる。
山本太郎が消費税を「生きるために必要な消費への罰金」と表現する理由は、ここにある。

政府は「社会保障のため」と説明してきたが、消費税収は一般財源であり、全額が社会保障に使われているわけではない。この説明と実態の乖離も、長年放置されてきた。

4-2 「法人税減税とは関係ない」という説明の限界

高市氏は繰り返し、消費税増税と法人税減税の間に「直接の関係はない」と述べてきた。
しかし、国家財政は一つの財布である。

法人税率は長期的に引き下げられ
大企業には各種減税・補助金

その一方で、安定財源として消費税が引き上げられてきた

この並行関係を「無関係」と説明することは、財政構造を部分でしか見ない議論である。

山本太郎は、ここを「分配の問題」として捉える。
誰が負担し、誰が恩恵を受けるのか。
それは政治の価値判断そのものであり、中立ではありえない。


第5章

宗教右派ネットワークと国家観

高市政治を支える思想的土台高市政治を理解する上で避けて通れないのが、宗教右派・国家主義的思想との親和性である。

ここで論じるのは、個々人の信仰の是非ではない。
問題にするのは、特定の宗教・思想が、国家運営の理念と結びつくときに生じる政治的帰結である。

5-1 日本会議・宗教右派が共有する国家観

日本会議をはじめとする宗教右派系ネットワークは、以下のような特徴を共有している。

強い国家主義
家族・共同体を国家統合の基礎とする発想
個人の権利よりも「国体」「伝統」を優先
強烈な反共主義
憲法、とりわけ戦後憲法への否定的態度

これらは、個人の尊厳を出発点とする立憲主義とは緊張関係にある。

高市氏が推進する改憲論、緊急事態条項への強い執着、スパイ防止法構想は、この思想的土壌と高い親和性を持つ。

5-2 緊急事態条項がもたらす権力構造の変化

緊急事態条項は、内閣に法律と同等の命令権を与え、国会を事後承認機関へと位置づける可能性を持つ。

歴史的に見て、非常時権限は例外として導入され、例外が常態化する危険を常に孕んできた。
宗教右派的国家観が重視する「秩序」「統合」「服従」は、この非常時権限と結びついたとき、異論の排除を正当化しやすい。

5-3 スパイ防止法と治安思想

スパイ防止法構想もまた、定義の曖昧さと広範な解釈可能性を持つ。
「誰がスパイか」は、権力側の判断に委ねられる余地が大きい。

戦前の治安維持法が、当初は限定的とされながら、最終的には思想・言論全般を抑圧した歴史を想起すれば、警戒は合理的である。

山本太郎が「治安維持法の再来」を警告するのは、感情的反発ではなく、歴史的経験に基づく予見だ。

第6章
メディアと「正統性」の演出

誰の国家観が“普通”とされるのか宗教右派的国家観や、消費税維持を前提とした財政論が「常識」として流通する背景には、メディアの構造がある。

6-1 報じられる国家観、報じられない国家観

大企業は主要広告主
放送免許は政府の許認可
情報源は官僚・与党・同盟国

この構造の中で、

消費税撤廃
対米自立
宗教右派と国家権力の緊張関係

といった論点は、周縁化されやすい。

代わりに、「日本人の底力」「助け合いの文化」といった情緒的表現が、政策の代替物として流通する。

山本太郎が「情緒的ポエム」と切り捨てたのは、文化や精神を否定したからではない。それらが、具体的政策の欠如を覆い隠すために使われていることへの批判である。

第7章
田中角栄・宮澤喜一という「保守本流」

はやた愛 議員の問いかけが示すもの
はやた(八幡)愛氏は国会で、こう呼びかけた。

「田中角栄、宮澤喜一の言葉を思い出してください」

この一言は、単なる懐古ではない。
保守とは何かという根源的問いである。

7-1 田中角栄の保守――生活者中心主義

田中角栄の政治は、徹底した生活者中心主義だった。

地方への公共投資
所得倍増の延長線上にある分配政策
官僚や財界に対しても物を言う姿勢
対米関係においても、従属ではなく交渉を志向

角栄の保守は、国民生活を豊かにすることが国家の基盤だという発想に立っていた。

7-2 宮澤喜一の保守――国際協調と主権意識

宮澤喜一もまた、対米関係を重視しつつ、日本の主権的判断を失わないことを意識した
政治家だった。
市場原理を認めながらも、国家が果たすべき役割を放棄しなかった。

両者に共通するのは、

国民生活最優先
官僚・財界・外圧との距離感
憲法と議会主義の尊重

である。

終章
本当に日本を思っている「正統派」はどちらか

ここまで見てきた構造を踏まえれば、問いは明確になる。

高市政権の
消費税という逆進税を維持し
情緒的言葉で生活困窮を覆い
宗教右派的国家観と結びつき
権力の裁量を拡大する改憲を目指す政治

と、れいわ新選組の
数字で政策を問い
消費税減税・撤廃を掲げ
生活インフラと分配を最優先し
権力を縛る憲法を擁護する政治

どちらが、田中角栄や宮澤喜一が体現した「保守本流」に近いだろうか。

田中角栄
「日本は武器を売って儲ける国になるべきではない」
「経済と国民生活を立て直すことが国家の役割だ」
という戦後復興型の国家観


宮澤喜一
「日本は武器輸出で食べていくほど落ちぶれてはいない」
武器輸出三原則を重視し、軍事で稼ぐ国になることへの強い警戒

皮肉なことに、
「反体制」「左派」とラベリングされてきた れいわ新選組の方が、
結果として 戦後保守の正統的系譜に近い位置に立っている。

それはイデオロギーの問題ではない。
誰の生活を守り、誰に責任を負う政治かという、極めて現実的な問いの帰結である。

山本太郎の言葉が伝えられにくいのは、過激だからではない。
戦後日本の「当たり前」を根底から問い直すからである。

そして、その問いは今、
「本当に日本を思っている政治はどちらか」
という一点に収斂している。

選択の材料は、すでに出揃っている。

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