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【特集】違法な自社株買いは誰の責任か                      弥永論文で読み解く「分配可能額」とHOYA問題の核心

(さくらフィナンシャルニュース編集部)

企業が自社株買いをすると、株価が上がりやすくなることがある。だから市場では、自社株買いは「株主還元」として歓迎されることも多い。

しかし、その自社株買いが会社法で許された範囲を超えていたらどうなるのか。

さらに、その違法性を取締役、監査役、会計監査人の誰が、どこまで防ぐべきだったのか。

この問いに正面から向き合ったのが、弥永真生・明治大学専門職大学院教授の論文

「分配可能額を超える剰余金の配当および自己の株式の取得」である。

論文は、福島銀行、日本オフィス・システム、阿波製紙、HOYA、アルメディオ、多摩川ホールディングス、リソー教育などの事例を整理しながら、分配可能額規制を超える配当・自己株取得の法的問題を検討している。

本稿では、この弥永論文を手がかりに、いま注目されるHOYA問題の核心を、高校生にもわかる形で整理してみたい。

第1章|そもそも「分配可能額」とは何か

会社は、株主にいくらでもお金を配ってよいわけではない。

会社法には、配当や自己株式の取得に回してよい金額に上限がある。これが分配可能額である。弥永論文は、最近いくつかの会社で、この分配可能額を超える配当または自己株取得が行われた、またはそのおそれがあったことが判明したと指摘する。

感覚的にいえば、これは「会社の財布に本当にある余裕資金の範囲内で株主還元をしなければならない」というルールだ。

もしこのルールを無視すれば、会社から不当に資金が流出し、債権者保護や財務の健全性が損なわれる。だから分配可能額規制は、単なる会計テクニックではなく、会社法上かなり重要な安全装置なのである。

弥永論文の重要な視点は、この問題を「計算ミス」だけで終わらせていないことだ。

論文は、分配可能額を超えた配当や自己株取得が起きた場合、単に数字を間違えたというだけではなく、誰がどの段階で気づくべきだったか、どの役職にどの程度の注意義務があったかというガバナンスの問題に踏み込んでいる。

第2章|弥永論文が並べる「過去の事案」

論文前半では、過去の事案が順に紹介される。

福島銀行では、分配可能額がマイナスであるにもかかわらず配当が実施された事案が取り上げられている。日本オフィス・システムでは、有価証券報告書に基づき中間配当が可能と判断されて配当が実施された経緯が述べられる。

阿波製紙では、株主総会や会社計算規則に基づく計算で分配可能額を超えていたこと、しかも臨時計算書類を作成せず期中利益を財源に自己株取得をしたことが主要な原因の一つとされている。

さらに論文中の図表では、平賀、日本オフィス・システム、nmsホールディングス、PCIホールディングス、テイツーなど、分配可能額を超える剰余金の配当・自己株取得が行われた事案が一覧化されている。ここから見えてくるのは、この問題が一社固有の特殊事故ではなく、制度理解や内部統制の弱さがあると複数の会社で起こりうる、かなり現実的なリスクだということだ。

つまり、弥永論文は「HOYAだけを論じた論文」ではない。

むしろ、複数事例を並べることで、HOYAを例外ではなく、会社法とガバナンスの一般問題として位置づけるところに価値がある。

第3章|HOYAで何が問題になったのか

論文のHOYAの項目では、HOYAが2016年1月26日開催の取締役会で自己株式取得に関する事項を決議し、その後の決議に基づいて同年3月1日から18日までに合計94億8400万円、4月1日から8日までに186億4000万円、合計281億2400万円の自己株式を市場買付けで取得したことが整理されている。

そのうえで論文は、同社の自己株式取得が会社法および会社計算規則に基づいて算定される分配可能額を超過していたと記す。しかも、その主要因の一つとして、臨時計算書類を作成せず、期中の利益を財源に含めて自己株取得をしたことが挙げられている。

ここはとても大事だ。

直感的には、「今期もうけが出そうだから、その分も見込んで自社株買いをしてよいのでは」と思う人もいるかもしれない。だが会社法の世界では、何を根拠に、どの時点の数字で、いくらまで分配できるのかが厳格に問われる。弥永論文は、HOYA問題を「結果として超えたかもしれない」という話ではなく、そもそもその計算の前提や手続に問題がなかったかという視点で見ている。

第4章|CFOだけの責任なのか

では、こうした違法な自己株取得が起きたとき、誰が責任を負うのか。

弥永論文はここで、第三者委員会の調査報告書に触れつつ、**最高財務責任者(CFO)**の役割に注目する。HOYAでは、信頼に足る下部組織を有していたことなども踏まえ、CLOについては過失がないとする見方が紹介される一方、CFOについては、財源規制の大きな考え方を理解しているからといって、直ちに会社法上の過失を認めるべきかは簡単ではない、という慎重なトーンが示されている。

ここで論文が示しているのは、「肩書きが高い人なら全部責任」という単純な発想ではない。

財務の専門家であっても、どこまで具体的事実を把握し、どこまで違法性を予見できたかを丁寧に見なければならない、という姿勢である。

ただし、それは責任を軽く見るという意味ではない。

むしろ弥永論文は、財務規制違反の有無を確認する義務が本当にないと言えるのかを問い直している。専門性の高い役職にある者ほど、何を知らなかったのか、なぜ知らなかったのかが厳しく問われる可能性がある、ということだ。

第5章|監査役と会計監査人は何をしていたのか

HOYA問題を考えるとき、取締役だけを見ていては足りない。

弥永論文が一歩踏み込んでいるのは、監査役や会計監査人の役割をかなり重く見ている点である。論文は、監査役には財務諸表の細部確認義務まではないとしつつも、分配可能額の計算が行われていないことを指摘するのが困難だとしても、十分な知識と能力を有し、任務を果たせる状況にあるにもかかわらず、CLOなどの補助を得て確認をしなかったなら検討不足があったのではないかと問題提起している。

また、日鉄日立システムエンジニアリング事件の東京地裁判決に触れながら、分業と権限委任のある組織でも、各部門が集めた情報を踏まえて意思決定する仕組みが必要であり、監査部門や取締役会が重畳的に情報収集・分析・検討する手続が整備された銀行の事例なども紹介している。要するに、「担当部署がやっているはず」で済ませるなというメッセージだ。

さらに論文は、会社法上、監査役が配当や自己株取得そのものに直接関与しないからといって無関係とは言えないとする。

自社株の帳簿価額の控除や臨時計算書類の作成といった前提に重大な穴があるなら、監査役や監査等委員会も、その相当程度の知見を有していたなら責任が問題になりうるという含意が読み取れる。

会計監査人についても、弥永論文はかなり厳しい。

監査報告は違法・定款不適合の有無を直接書く場ではないが、計算関係書類や事業報告・附属明細書との重要な不一致については監査報告に記載すべき事項があり、会社法や会社計算規則との整合を無視して「分配可能額の範囲内」といった会社側説明を追認することには無理があると論じている。

第6章|「専門家が見ていたのに、なぜ止まらなかったのか」

この論文の一番怖いところは、違法配当や違法自己株取得を単発の計算ミスではなく、組織的な見落としとして捉えているところだ。

たとえば、財務部門が数字を作る。

法務やCLOが会社法との整合を確認する。

監査役が取締役会の判断過程を見る。

会計監査人が計算書類と関連資料の整合性を見る。

本来はこうして、多重のチェックが働くはずである。

それなのに分配可能額超過の自己株取得が起きたなら、それは「誰か一人が悪い」で済まない。統治のどこかに、あるいは複数箇所に、止める力の欠落があったということになる。弥永論文が各社事例を横断的に並べているのは、その構造を見せるためだろう。

この視点は、いまのHOYA株主代表訴訟を考えるうえでも極めて重要である。

裁判では、違法取得の有無だけでなく、誰が予見できたのか、誰が止められたのか、どの役職にどの範囲の注意義務があったのかが争点化しやすい。弥永論文は、その争点整理のための理論的な地図として読むことができる。

第7章|弥永論文が示す、HOYA訴訟の見方

ここまでを踏まえると、HOYA問題は次の三層で見るとわかりやすい。

第一に、本当に分配可能額を超えていたのか。

これは出発点であり、計算の前提や臨時計算書類の有無、自己株式帳簿価額の扱いなどが重要になる。

第二に、取締役らにどの程度の過失があったのか。

CFOのような財務責任者、CEOや社外取締役、法務責任者など、それぞれに求められる注意義務の中身は同じではない。弥永論文は、役職ごとの職務内容や情報アクセス可能性を踏まえて評価すべきだと示唆する。

第三に、監査役・会計監査人が何を見落としたのか。

ここが株主代表訴訟では特に重い。なぜなら、会社の中で最終的に「大丈夫そうだ」と見えてしまったなら、その安心感をつくった制度側の責任も問われるからだ。

つまりHOYA訴訟は、「自社株買いが違法だったか」という一点だけでなく、

日本企業のガバナンスは、財務規制違反を本当に止められるのか

という、もっと大きな問題を映している。弥永論文は、そのことを静かだが鋭く突いている。

終章|これは会計の話ではなく、統治の話だ

分配可能額という言葉だけ見ると、難しい会計の専門論文に見える。

しかし中身は違う。これは結局、会社のルールを誰が守らせるのかという統治の話である。

株主還元は大切だ。

だが、ルールを超えてまで行われた還元は、会社の価値を高めるどころか、むしろ統治不全の証拠になりうる。自社株買いは市場で歓迎されやすいからこそ、その裏側の法的制約は厳密に見なければならない。

弥永論文の価値は、そこをはっきり示した点にある。

違法な自己株買いの問題は、「昔の一件」でも「たまたまの事故」でもない。

財務・法務・監査・取締役会がどう連動し、どこで止めるべきだったのか。

その問いは、HOYAだけでなく、あらゆる上場企業に向けられている。

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