
(さくらフィナンシャルニュース編集部)
2026年2月、HOYAは、2016年の自己株式取得をめぐって株主代表訴訟が東京地方裁判所に提起されたと公表した。会社開示によれば、争点となっているのは、2016年2月16日の取締役会決議に基づき同年4月8日までに実施された合計300億円の自己株取得のうち、236億2400万円分が「分配可能額」を超える違法な取得だったのではないかという点である。HOYAは2026年2月19日に訴訟告知を受け、2月24日にその事実を公表した。
さらにHOYAは2026年3月2日、この訴訟で被告側に補助参加すると公表した。会社の説明では、自社の調査結果として、被告7名には会社法462条1項の填補責任や423条1項の任務懈怠責任はなく、請求には理由がないと判断している。つまりこの訴訟は、単に「昔のミスが蒸し返された」という話ではなく、会社自身が役員を守る立場に回って争う、現在進行中のガバナンス紛争なのである。
まず、何が起きたのか
高校生向けに一番簡単に言えば、今回の話はこうだ。
会社が自分の会社の株を買い戻すこと自体は違法ではない。
だが、その買い戻しには「ここまでの額までしかやってはいけない」という法律上の上限がある。これが分配可能額である。会社法では、会社が株主にお金を配ったり、自社株を買ったりするとき、この分配可能額を超えてはならないとされている。今回の訴訟では、HOYAの自社株買いのうち236億2400万円分がこの上限を超えていたのではないかと争われている。
つまり問題をひと言で言えば、
「HOYAは、法律で許される範囲を超えて自社株を買ってしまったのか」
そして、もしそうなら
「それを決めた人、賛成した人、実行した人に責任があるのか」
という裁判である。
「株主代表訴訟」とは何か
ここで「株主代表訴訟」という言葉が難しく聞こえるかもしれない。だが、構造は意外とシンプルだ。
普通、会社に損害が出たなら、会社自身が役員に責任を問うはずである。ところが会社が「訴えません」と判断した場合、一定の条件を満たした株主が、会社の代わりに役員を訴えることができる。これが株主代表訴訟だ。今回も、訴状によれば、株主が提訴請求をしたあと、会社が提訴しないと通知したため、代表訴訟になった。
だからこの裁判は、
「株主が自分の損を直接取り戻す裁判」ではない。
「会社のために、役員の責任を追及する裁判」
なのである。
誰が訴えられているのか
7人の顔ぶれをやさしく整理する
今回訴えられているのは、元CEO1人、元社外取締役5人、現職のCFO1人の計7人である。HOYAの2016年有価証券報告書では、当時の役員体制と経歴が確認できる。
1 鈴木洋氏
当時の取締役兼代表執行役CEO(最高経営責任者)。HOYA生え抜きのトップで、1985年に入社し、2000年に社長、2003年以降は代表執行役CEOを務めていた。今回の訴状では、自己株取得の議案を上程し、取締役会で賛成した中心人物と位置づけられている。
2 廣岡亮氏
当時の代表執行役CFO(最高財務責任者)。2002年にHOYAへ入り、海外持株会社やオランダ拠点で財務を担当したあと、2013年にCFO、2014年に代表執行役CFOとなった。訴状では、CEOと協議して議案内容を決め、実務面でも自己株取得の実行に関与した人物とされている。
3 小枝至氏
当時の社外取締役。日産自動車で取締役、副社長、代表取締役、共同会長まで務めた大物経営者で、カルソニックカンセイやジヤトコでも要職を歴任した。HOYAでは社外取締役として、指名・報酬・監査の各委員会に関与していた監督側の人物である。
4 内永ゆか子氏
当時の社外取締役。日本IBMで取締役や専務執行役員を務め、その後ベネッセやベルリッツでも経営に携わった。経営経験に加え、グローバル人材やダイバーシティ分野でも知られる人物で、HOYAでも監督役として各委員会に入っていた。
5 浦野光人氏
当時の社外取締役。ニチレイ出身で、代表取締役社長・会長を務めた経営者。HOYAでは社外取締役として、やはり指名・報酬・監査の各委員会を担っていた。
6 髙須武男氏
当時の社外取締役。三和銀行出身で、その後バンダイ社長、バンダイナムコホールディングス社長・会長を務めた人物。金融と事業会社の両方を知る経営者として、HOYAの監督機能を担っていた。
7 海堀周造氏
当時の社外取締役。横河電機で社長・会長を務めた人物で、2015年にHOYA取締役へ就任した。訴状では他の社外取締役と同じく、議案に賛成した監督側の一人として責任を問われている。
要するに今回の裁判は、単なる一担当者のミスではなく、
会社のトップ(鈴木氏)、財務責任者(廣岡氏)、そして監督役の社外取締役5人全員が責任を問われている事件なのである。
この裁判の最大の争点は何か
最大の争点は、
「この7人に過失があったのか」
である。
たとえ結果として違法な自己株取得だったとしても、裁判で役員責任を認めるには、その人たちが必要な注意を怠ったのかが問題になる。原告側は、分配可能額の範囲内でしか自己株取得ができないことは、上場会社の役員なら当然知っているべき基本ルールであり、それを見落としたのは重大な落ち度だと主張している。
これを高校生向けに言い換えると、こうなる。
「学校で“使っていい予算はここまで”と決まっているのに、生徒会長、会計担当、外部のチェック役の先生たちが、その上限を確認せずに大きな買い物を決めてしまった。では、その責任は誰が取るのか」
今回の裁判は、まさにその構図である。
CEOの鈴木氏は、決定の中心にいたのか
CFOの廣岡氏は、財務責任者として防げたのか
社外取締役5人は、監督役として見逃してよかったのか
この三つが、裁判の核心になる。
「信頼の原則」がなぜ重要なのか
会社側は、ここで「信頼の原則」に近い考え方をとっている。
ものすごく簡単に言えば、
「大企業の役員は、社内の担当者や仕組みがちゃんと機能していると普通は信じてよい」
という発想である。取締役が社内のすべての計算を一人でやり直すわけにはいかないからだ。
HOYAは、被告7名には責任がないと判断し、被告側に補助参加した。つまり会社側は、個々の役員に法的責任を問えるほどの過失はないという立場だとみられる。
これに対して原告側は、
「今回はそんな言い訳では済まない」
と主張している。
なぜなら、
そもそも「分配可能額の範囲内です」という確認情報が十分になかったのではないか
自己株取得の際にチェックする仕組み自体が弱かったのではないか
という点を訴状で問題にしているからである。
つまり争いは、
「普通に組織を信じてよかった事件なのか」
それとも
「組織を信じる以前に、基本確認が抜けていた事件なのか」
というところにある。
いま裁判はどの段階か
公開情報ベースでは、この事件は現在も係争中とみてよい。HOYAは2026年2月24日に提訴を公表し、3月2日に被告側への補助参加を公表しているが、その後に判決確定や取下げの公表は現時点で確認できない。したがって、少なくとも公開ベースでは、まだ訴訟の初期段階にあるとみるのが自然である。
3分でわかる結論
この事件を最後に3つでまとめる。
第一に、
HOYAの2016年の300億円の自己株取得のうち、236億2400万円が法律上の上限を超えていたのではないかというのが裁判の出発点である。
第二に、
訴えられているのは、当時のCEOの鈴木洋氏、CFOの廣岡亮氏、そして社外取締役だった小枝至氏、内永ゆか子氏、浦野光人氏、髙須武男氏、海堀周造氏の7人である。トップ、財務責任者、監督役がそろって責任を問われているのが、この事件の重さだ。
第三に、
本当の争点は「違法だったか」だけではない。
役員はどこまで自分で確認すべきか。どこまで組織を信じてよいのか。
そこに、この裁判の核心がある。
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