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【白川英樹】「プラスチックに電気が通る」を世界に示した化学者

偶然の銀色フィルムから、柔らかな電子材料の時代へ

【第 1 章】序―世界が驚いた「日本人の発見」

2000 年、ノーベル化学賞。 共同受賞はアラン・マクダイアミッド、アラン・ヒーガー。
授賞理由は、「導電性高分子の発見と発展」である。

プラスチックは“電気を通さない“ という常識を、白川英樹はひっくり返した。1970 年代、彼が手にしたのは、銀色に輝くポリアセチレンの薄膜。本来なら粉末状になるはずの試料が、思いがけず金属光沢を帯びた。そこから、ヨウ素などのドーピング(微量の添加)で金属並みに電気が流れることが判明する。


高度成長を走り抜けた日本が、バブルの余韻と IT 革命の奔流に揺れるなか、「軽くて曲がる電子材料」の可能性は社会の想像力を一気に広げた。ひと言でいえば、“柔らかい電気”の時代の扉を開いた人である。

【第 2 章】原点―幼少期から形成された“探究心”

1936 年、東京生まれ。 戦後の混乱をくぐり抜け、モノが足りない時代を知っている世代だ。限られた環境で工夫して作ることが、自然と身についた。
東京工業大学で高分子化学を学び、「見えない鎖(ポリマー)」が示す性質に惹かれていく。指導教員のもと、アセチレンを重合させる研究に没頭するが、若い研究室であるほど 、装置の調整や触媒の気難しさが日常だった。

転機は、学生の“分量ミス”とも言われる一件で訪れる。触媒の配合が意図せずズレ、粉末ではなく銀色に光るフィルムが析出したのだ。ふつうなら「失敗」「事故」で片づけられる出来事。だが白川は、“おかしさ”に踏みとどまる。なぜ光る? なぜ薄膜? ここで装置の前に長く立ち続ける粘りが、のちの世界的発見につながる。

「うまくいかなかった試料を、すぐ捨てない」 白川の研究観は、この時期に骨格を得た。
異常は手がかり。現象の側に“理屈の芽”があるなら、実験台は教科書を超える。

【第 3 章】発想の転換―世界を変えた着想とブレイクスルー

3-1 π 電子の“通り道”をつくる

ポリマーはたいてい電気を通さない。ところが、二重結合が交互に連なる鎖(共役系)では、電子が π(パイ)という“ゆるやかな軌道”に乗って、ある程度は動ける。その代表がポリアセチレンだ。
白川が見出した銀色フィルムは、この共役鎖が整列しやすい条件でできていた。そこへヨウ素やヒ素酸化物を微量添加(ドーピング)すると、電子の数合わせが変わり、電子が通る道が一気に広がる。結果、導電率が金属に迫るまで跳ね上がる——ここに世界は仰天した。

3-2 「偶然」を見過ごさない

この発見の核心は、偶然を偶然のまま終わらせなかったことにある。銀色の膜を再現するため、白川は触媒の種類・濃度、温度、溶媒、気流といったパラメータを一つずつ洗い直し、“銀色になる地図”を描いた。
やがて米国ペンシルベニア大学のマクダイアミッドが白川の成果に注目、ヒーガーのグループと連携が生まれる。“材料の目利き”と“物性の読み解き”がかみ合い、ドーピングで導電性が桁違いに上がる事実が世界標準の実験で確かめられた。ここで、発見は国境を超えた共同研究に育つ。

3-3“硬い金属”から“柔らかい半導体 へ”

導電性ポリマーのインパクトは、機能と形の両方を変えた点にある。

軽い・曲がる・広げられる。 フィルムや繊維として加工でき、可とう性(フレキシブル)に優れる。

設計できる。 鎖の長さや置換基をいじることで、色・硬さ・電気の通りやすさを調整できる。

界面に強い。 金属が苦手な表面の細工(生体との適合、摩擦・破断、微細加工)で、「柔らかい電子」が威力を発揮する。
これらは、のちの有機 EL(OLED)、プリンテッド・エレクトロニクス、有機太陽電池、バイオ電子といった分野の思想的な下地を作った。白川の仕事は、プラスチックを“電気が通る素材”にしただけではない。電子デバイスの身体性を変えたのだ。

3-4 「見える化」する曲線

白川がこだわったのは、曲線の読み方でもある。ドーピング前後で導電率がいくつの桁飛ぶか、温度や湿度でどう変わるか、カーブの“癖”は何を語るか。
「曲線は嘘をつかない。」データの裏に鎖の並びやドーピングの入り方、欠陥の増減が見えてくる。スペクトル(光の吸収)や電子スピン共鳴などの測定も加え、**“電子がどこを走っているか”**を、多角的に追い詰めていった。

【第 4 章】栄光の瞬間 ノーベル賞受賞とその反響

2000 年の受賞発表は、日本の研究界に大きな励ましをもたらした。半導体・液晶・磁性体など無機材料の黄金時代に対し、「有機・高分子でも世界を変えられる」ことが、最高の形で認められたからだ。
白川本人は、晴れやかな場でも穏やかな語り口を崩さず、偶然を尊重する態度を強調した 。
「失敗の中に発見の芽がある。」そして、国境を越えた共同研究への感謝を忘れなかった。
海外メディアは、「軽い・曲がる・刷れる」材料が、ディスプレイ、センサー、エネルギーに広く応用され得ることを前向きに報じ、“電子機器のかたちそのものが変わる”という期待を添えた。日本国内では、「大学の基礎研究が産業の未来を準備する」という含意も共有され、研究・教育投資の議論を後押しした。

【第 5 章】その後の人生― 栄誉の先にある“静かな闘い”

受賞後の白川は、教育・普及に力を注いだ。講演で繰り返すのは、「偶然を掴む準備」の話だ。

観察を丁寧に。 変な色、思わぬ手触り、測定の外れ値に居着く勇気を持つ。

再現を軽んじない。 もう一度やる、条件を一つずつ動かす。地図が描けたとき、発見は他者のものにもなる。

言葉を開く。 一般の人にも、現象の面白さが伝わる言い方を探す。
白川は、化学を“社会の好奇心”と結ぶ人でもあった。科学技術と社会の距離が広がることを恐れ、子どもたちの実験教室や一般書の執筆、研究不正への厳格な姿勢など、地味だが重要な領域に誠実に向き合った。
晩年のメッセージは、静かだが背筋が伸びる。「未知への敬意」。そして、「一回で当てない」。遠回りに見えるプロセスが、長い目で見れば最短になることを、彼は身をもって示した。

【第 6 章】遺したもの―未来への継承と影響

第一に、導電性ポリマーというカテゴリーの確立。 ポリアセチレンから始まり、ポリアニリン、ポリピロール、ポリチオフェンなど、さまざまな共役高分子が探索・改良された。
有機 EL の放射層、有機太陽電池のドナー・アクセプター、印刷配線や透明電極、静電気防止、ガスセンサー、神経電極まで、“電子が見える”柔らかな素材は広く社会実装されている。

第二に、実験の作法。 失敗を切り捨てず、異常値を地図にする。これは研究室の文化を変える。学生や若手研究者にとって、手が覚える科学の意味は大きい。

第三に、学際の橋渡し。 化学・物理・電子工学・材料・生物医学の境い目で、“界面”を動かす思想が普及した。電子はただ動くだけでなく、細胞や水、光や触覚ともコミュニケーションできる——インタラクティブな材料という発想の源流に、白川の仕事がある。

第四に、社会への眼差し。 「基礎は回り道に見えて、未来の近道になる」。この考えは、研究投資・教育の設計にも効く。偶然を扱える余白を組織に持たせることが、結局は競争力を支える。

【第 7 章】まとめ 一人の科学者から学ぶこと

白川英樹が教えるのは、偶然をつかまえる準備である。

・問いを立てる勇気。「なぜ光る? なぜ薄膜?」と現象の側に身を置く。
・プロセスへの誠実。 測り直し、作り直し、もう一度測る。再現性は発見を共有財に変える。
・翻訳の力。 目の前の曲線を、材料設計の言葉や社会の価値に移し替える。
・偶然への敬意。 失敗をすぐ捨てない。異常は、未来からの合図かもしれない。

結果として、白川はプラスチックを“電気が通る言語”で語れるようにした。硬い金属だけが電子を運ぶ時代から、軽く・曲がり・触れ合う電子の時代へ。私たちが今、曲がるディスプレイを手にし、体にやさしいセンサーに未来を託せるのは、あの銀色フィルムに踏みとどまった一人の研究者の眼差しがあったからだ。

次の世代へ。偶然に居着く勇気を持とう。世界はときに、予想外の形で扉を開く。
その扉をくぐる準備を、日々の観察と再現のなかで整えるのが、科学者の一番の仕事なのだ。

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