温室効果を数式と計算機で可視化し、未来の気候を予見した
【第 1 章】序― 世界が驚いた「日本人の発見」
2021 年、ノーベル物理学賞。 眞鍋淑郎とクラウス・ハッセルマンは、地球気候の物理的モデル化・変動の定量化・温暖化予測の信頼性に関する先駆的貢献で顕彰された(同年、複雑系の理論でジョルジョ・パリジが受賞)。
高度成長を駆け抜けた 20 世紀後半、人類は大量の化石燃料を燃やし、空気の成分を変え始めた。しかし「どれほど気温が上がるのか」を、感覚ではなく“確からしい数値”で示す体制はなかった。眞鍋は、放射(陽射し・地表からの赤外)と対流(空気が立ち上る動き)*を“同じ枠”で扱う“気候の方程式 ”を組み立て、CO₂ 増加が地球全体をどう温めるかを初めて定量的に描いた。ひと言でいえば、地球に科学的な体温計を取り付けた人である。
【第 2 章】原点―幼少期から形成された“探究心”
1931 年、愛媛県生まれ。 太平洋戦争と戦後復興の只中をくぐり抜け、ないものは作るという気風を肌身で覚えた世代だ。東京大学で気象学を学び、「空気は気まぐれではなく、物理に従う」という確信を持つ。
若き日の眞鍋を育てたのは、紙と鉛筆、そして初期の電子計算機。計算機の能力は貧弱だったが、“良い近似”を見抜けば、複雑な自然も骨格だけで語れる。彼はやがて米国に渡り、米国気象局の流れをくむ GFDL(地球流体力学研究所)で研究生活を始める。研究室に流れる合言葉は、「仮説は簡潔に、検証は頑固に」。この作法が、眞鍋の科学を貫いた。
【第 3 章】発想の転換―世界を変えた着想とブレイクスルー
3-1 1 次元の“気候カラム”で本質を掴む
1960 年代、眞鍋は大気を鉛直 1 本の柱(カラム)として表現し、上から降り注ぐ太陽光下から出る地表の赤外放射、そして大気の混ざり(対流)を、エネルギー収支の一本の式で結んだ。放射-対流平衡モデルと呼ばれるこの枠組みで、大気中の‐ CO₂ を 2 倍にすると地表付近の気温は数 上がるという結果を“はじめて定量”した。重要なのは、「温暖化は℃ “気まぐれな変動”では説明しにくい」という物理の指紋を与えたことだ。
3-2“海”を入れる——世界が立体になる
つぎに彼は、大気だけでなく海洋を結合させ、熱容量の大きい海が“じわじわ ”温暖化を進めること、地域差がどう現れるかを計算機の中で再現した。大気大循環モデル(GCM)は、緯度・経度・高度に分割した格子ごとの風・温度・水蒸気を時間発展させる“地球のバーチャル実験装置”。ここで眞鍋は、温室効果ガスの増加に対して高緯度や大陸内部が強く温暖化するなどの空間パターンを描き出した。
3-3 “ノイズの中に意味を探す”統計の作法
気候は年々揺れる。自然変動(エルニーニョ、火山噴火など)のノイズの下に、人為起源の信号が埋もれる。眞鍋と同時代の研究は、**複数の観測指標(大気・海洋・放射収支)**を突き合わせ、どの特徴が CO₂ の増加で説明でき、どれが自然変動の範囲かを峻別する手続きを整えた。**モデルと観測の 指紋照合“ ”**という、現代の気候検出・帰属研究の骨法はここから確立していく。
3-4“良い近似”の倫理
眞鍋が重んじたのは、完璧主義ではなく要点主義だ。雲粒の一つひとつを追うのではなく 、日射の反射と地表冷却への効きという力学的役割で要約する。理屈の芯を残して単純化し 、そのうえでパラメータを観測で束縛する。こうした“良い近似”は、計算機の力が増してもなお、科学の見通しを保つ羅針盤であり続ける。
【第 4 章】栄光の瞬間―ノーベル賞受賞とその反響
2021 年の受賞発表に、世界の科学界・政策現場は深く頷いた。 “温暖化は起こるのか、どれくらいか”という社会の問いに、物理の言葉で、数値として答える枠組みを築いた功績が正式に認められたからだ。
本人の語り口は簡潔だ。「私は、物理法則に従って計算しただけです。」 祝意に沸く場でも、彼は共同研究者・若手・技術スタッフの名を挙げ、計算機センターや観測網という“見えないインフラ”への謝意を欠かさない。海外報道は、「不確かさを抱えた複雑系に、検証可能な予測を与えた」一点を強調し、IPCC の科学的基盤としての眞鍋の仕事を再確認した。
【第 5 章】その後の人生―栄誉の先にある―“静かな闘い”
受賞以前から眞鍋は、モデルと観測の往復運動を深化させてきた。超大型のスーパーコンピュータに頼る一方で、シンプルなモデルの手を離さない。「複雑にしたとき何が増え、何が失われるか」を見極めるためだ。
社会に向けては、長期視点の研究投資と観測の継続の重要性を繰り返し語る。「記録がなければ、変化は測れない」。潮位・海氷・放射・温室効果ガス濃度——地味な時系列を守ることが、未来の意思決定を支える。
若手には、「数学を恐れず、自然を侮らず」というメッセージを贈る。数式はあくまで道具であり、観測が王である。“モデルが自然に合わせる”という姿勢を崩さないこと——それが、彼の静かな闘いだった。
【第 6 章】遺したもの―未来への継承と影響
第一に、気候モデルという“公共財” 。 大気・海洋・陸面・氷床・生物地球化学を結合した地球システムモデルは、将来シナリオ(排出量の違い)に対して温度・降水・極端現象の変化を描き、リスク評価と適応計画の基礎を提供する。眞鍋の思想(放射と循環の統合、良い近似、観測で縛る)は、その OS の深部に生きる。
第二に、“指紋照合”の鑑識学。 観測パターンの特徴(成層圏の寒冷化と対流圏の温暖化の同時進行、海洋の熱含量の増加など)は、温室効果ガス増加という原因と整合し、自然変動だけでは説明しにくい。政策・訴訟・金融など社会の意思決定が、科学的帰属を参照する時代を支えた。
第三に、極端現象への橋。 平均気温だけでなく、熱波・豪雨・干ばつの発生確率の変化を物理整合的に評価する道筋が整った。インフラ設計・防災投資・保険の料率まで、“確率で備える文化”を広げる力になっている。
第四に、人材と文化。 彼のもとで育った研究者たちは、“簡潔な仮説→頑固な検証→透明な不確かさ”という作法を受け継ぎ、国際共同の比較実験( CMIP)や IPCC 評価報告に貢献している。「わからなさを正直に書く」という倫理は、広義の科学コミュニケーションの規範になった。
【第 7 章】まとめ 一人の科学者から学ぶこと
眞鍋淑郎が教えるのは、複雑さに“骨格”を与える勇気だ。
問いを立てる勇気:CO₂ が増えると、どれだけ、どの分布で、いつ温まるのか。数値で答えると決める。
良い近似の美学:細部に呑まれず、放射と循環という核を押さえる。単純化→観測で縛るを繰り返す。
不確かさの誠実さ:幅(レンジ)を示し、何がわかり、何が未解決かを明言する。
公共財の精神:モデル・データ・評価をみんなで使える形にして、社会の意思決定の基盤にする。
結果として、「地球はなぜ温まるのか」を、感情ではなく物理で語れるようになった。私たちがいま、排出シナリオ別の将来地図を手にして議論できるのは、半世紀前に据えられた“体温計”の精度を信じられるからだ。
次の世代へ。自然を畏れ、数式を磨き、記録を守る。 その地味で長い営みこそが、未来を見通す一番の近道である。
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