「地球温暖化は“外部性”であり、最小コストで抑える鍵は炭素に価格を付けることだ」——ノードハウスは経済と気候をひとつのダイナミックな枠組みに統合する IAM(統合評価モデル)、その代表である DICE モデルを創出し、社会的炭素コスト(SCC)や最適炭素税を定量化する方法を確立した。
2018 年、彼はポール・ローマーとともにノーベル経済学賞を受賞し、「経済成長と地球環境」を同時に扱うための OS を経済学に実装した。モデルは世界中の政策評価に使われ、現在も改訂・検証が続いている。
1. 受賞者の経歴整理(出生地・学歴・主要ポスト)
氏名:William Dawbney Nordhaus(ウィリアム・D・ノードハウス)
生年:1941 年、米国ニューメキシコ州アルバカーキ生まれ(略歴はノーベル財団発表・講演参照)。
所属:長年イェール大学で研究・教育に従事。
受賞:2018 年ノーベル経済学賞(ローマーと共同)。受賞理由は「長期マクロ経済の分析に、気候変動と技術革新を統合した」こと。
公式リリースは、“ 経済と気候の共同進化を模擬できる”枠組みの構築を功績の中核に挙げる。
2. 主要理論・研究内容
2.1 DICE モデル:経済×気候の「統合評価」
DICE(Dynamic Integrated model of Climate and the Economy)は、
経済(生産・資本・消費・技術)
炭素循環(排出→大気・海洋濃度)
物理気候(放射強制力→気温上昇)
被害関数(気温上昇→損失)
を単一のダイナミック最適化問題に統合。目的は厚生最大化で、結果として最適な排出経路/炭素価格/温度パスが出力される。最新版系( DICE-2016R2/3)はコードが公開され、研究者・政策当局が改変・検証できる。
ノーベル講演(AER 掲載版)と技術文書が、モジュール間の連結や改定点を丁寧に説明している。
2.2 社会的炭素コスト(SCC)と最適炭素税
SCC は「CO₂ を 1 トン追加排出したとき、将来にわたって生じる損害の現在価値」。DICE からは時点別の SCC と**最適炭素税(=SCC の見合い)**が得られる。ノードハウスは DICE-2013/2016 等で SCC を推計し、時間とともに逓増する(被害が積み上がる)ことを示した。
例:Nordhaus (2017, PNAS) の中心ケースでは、2015 年の SCC は 2010 年価格で約31 ドル/トン CO₂、実質で年 3%程度の伸びと見積もられた(前提に強く依存する点に注意)。
2.3 「カーボンプライシング」という処方箋
温暖化はグローバルな負の外部性。最小コストで抑えるなら炭素税や排出量取引など価格付けが第一選択になる、というのがノードハウスの政策的主張。国際協調のための「気候クラブ」構想(非協力国への均衡的関税など)も提案している。ノーベル公式もカーボンプライスの中核性を強調する。
3. 受賞理由と当時の経済状況(課題→解法)
課題:成長・貿易・技術・人口が動くなか、排出・濃度・温度・被害が時間に沿って連鎖する。しかも不確実性・長期性・国境越え。
解法:学際知を一つの最適化フレームに結び、政策シナリオ(炭素税水準、温度上限、遅延対策など)の費用と便益を同じ物差し(厚生)で比較できるようにした。これが IAMの意義であり、DICE はその実用的プロトタイプだった。
4. 世界・日本への影響(政策・学問・日常生活)
4.1 政策評価の共通言語に
SCC と最適炭素税の推計は、環境アセスメント・規制影響評価・税設計の “標準部品”になった。多くの政府・国際機関の参照値は IAM のコンセンサスで更新される。
4.2 企業・自治体の移行戦略
内部炭素価格(社内投資判断に反映)
サプライチェーンの排出影響(S1–S3)
適応投資(レジリエンス)vs 緩和投資(削減)の費用比較
などに DICE 系の SCC レンジが「背骨」として使われる。
4.3 学問:IAM の世代交代
ノードハウスの DICE 以外にも PAGE、FUND 等が並立。ダメージ関数の形、割引率、確率分布などを変えて頑健性が検証され続けている。
5. 批判と限界
割引率の論争(Stern vs. Nordhaus)
将来の損失をどれほど“今”に重く見るかで結論が激変。ノードハウスは市場実勢に近い(相対的に高い)割引率を用いるのに対し、スターン報告は極めて低い割引率を採用。ノードハウスは 2006 年の論考で「Stern の厳格な即時大幅削減は、低い割引率に依存的」と批判した。割引率の選択は倫理と実証の両側面をはらむ。
被害関数(ダメージ関数)の脆弱性
被害の形状(温度上昇に対する経済損失の関数)は経験的根拠が薄い部分があり、高温域の尾リスクを過小評価し得る、との指摘。Pindyck (2013) は「IAM は政策分析に “ほぼ役に立たない”ほど恣意的入力に敏感」と手厳しい。
不確実性・カタストロフリスク
氷床崩壊・連鎖的ティッピングポイントなど非連続ショックは、単純な平均温度‐被害関数では表現しきれない。これに対応するため、リスク回避と尾分布を厚めに扱う拡張が進む。
政策実装の政治経済
理想的な炭素税が政治的制約で導入・維持できるかは別問題。国際協調のフリーライド 、国内の再分配(炭素税還元の設計)といった制度工学が鍵になる。
注:割引率の違いが SCC に与える影響の比較(Nordhaus のパラメタを Stern 寄りに替えると SCC が大幅上昇)を示したレビューもある。
6. 今日的意義(格差・AI・環境)
6.1 公平な移行(Just Transition)
炭素価格は低所得層ほど負担比率が高く見えやすい。収入還元(カーボン・ディビデンド)や労働移行支援を同時に設計し、「効率×公平」の両立を図る必要がある(DICE の厚生評価だけでは捉えにくい分配の現場対応)。
6.2 AI と IAM の融合
観測データ・リモートセンシングや機械学習で被害関数の実証を強化し、地域別・産業別の異質性を織り込んだ新世代 IAM へ。ノードハウスの “統合”の精神は、データ駆動 ×因果推定で継承・拡張されつつある。
6.3 国・自治体・企業での実装
国:SCC 参照に基づく規制影響評価、排出量取引/炭素税の漸進導入。
自治体:公共調達のライフサイクル排出を価格化、レジリエンス投資の費用便益評価にSCC レンジを活用。
企業:内部炭素価格の設定、投資案件の NPV に SCC 反映、サプライヤー・スコープ 3 の評価。
7. 図解の代替:政策設計テンプレ(そのまま使えるチェックリスト)
A. カーボンプライシング導入 10 問
①目的は排出削減か歳入か技術誘導か(重みづけは?)。
②価格水準は SCC 参照か、削減目標から逆算か。
③値上げの予見可能性(エスカレーター)を設計したか。
④還元スキーム(定額配当・税軽減・移行支援)で再分配を確保したか。
⑤競争力対策(ボーダー調整・クラブ方式)を用意したか。
⑥他政策(再エネ投資、送配電増強、効率規制)との整合性は?
⑦計測・報告・検証(MRV)の負担と正確性は適切か。
⑧価格変動時のセーフティバルブ(上限・下限・市場安定化)を設けるか。
⑨地方・産業別の影響評価は事前に公表したか。
⑩定期レビューと更新ルール(SCC や技術コスト改訂)を明記したか。
B. 自治体のレジリエンス投資(簡易費用便益)
便益=被害回避額(確率×被害)+副次便益(雇用・健康)。
割引率の感度分析を高・中・低で提示(論争点の透明化)。
8. ケースで学ぶ(日本ローカルに落とすと?)
ケース ①:自治体の焼却施設更新とSCC
事業電力・燃料のライフサイクル排出を見積り、 DICE ベースの SCC レンジで金額化。設計代替案(廃熱利用の高度化/メタン回収)の便益差を可視化。
ケース ②:企業の内部炭素価格
投資稟議に SCC×予測排出を上乗せ。再エネ PPA や省エネ投資の NPV が逆転する閾値を社内共有。
ケース ③:国の税制パッケージ
炭素税+家計ディビデンドで可処分所得の下位層をネットプラスに。競争力対策としてボーダー調整を段階導入。
9. よくある誤解(FAQ)
Q1. 「炭素税だけで十分」?
A. 価格は “基礎体温”。送配電・規制・技術支援など補完政策が必要。単独では遅い場合がある。
Q2. 「IAM は恣意的」?
A. 恣意的にしない努力(コード公開・前提の透明化・感度分析)が進む。Pindyck の批判は重要なブレーキで、不確実性の厳密取扱いを促した。
Q3. 「割引率は正解がひとつ」?
A. 価値判断を含む。だからこそ複数の割引率でレンジを示し、意思決定者が選ぶ設計が現実的。
10. 研究フロンティア
ティッピングポイントと尾リスクを内生化した IAM。
地域別・産業別の被害関数の高解像度化(衛星データ×因果推定)。
気候クラブの均衡分析(国際ゲームと貿易の結合)。
SCC の“分布”を用いたリスクベース意思決定(平均値だけに依らない)。
11. 総括(エグゼクティブ・サマリー)
ノードハウスは気候と経済を統合し、SCC と最適炭素税という政策の共通尺度を提供した。
批判の焦点は割引率・被害関数・尾リスク。ここを透明にし、レンジと感度で意思決定するのが実務の定石。
今日の課題は、公平な移行と実装の政治経済、そして不確実性の厳密化。DICE は“土台”であり、更新し続ける設計図である。
さくらフィナンシャルニュース
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