【第 1 章】序―若き天才に贈られる “ノーベル賞への登竜門”
受賞年:2010 年/受賞者:エステル・デュフロ(当時 37 歳)。
クラーク・メダルは 40 歳以下のアメリカ在住の経済学者に、アメリカ経済学会( AEA)が贈る最高栄誉で、しばしば“ノーベル賞への前哨戦”と呼ばれる。デュフロは貧困削減の現場に無作為化比較試験(RCT)を導入し、開発経済学を 設計して、試して、広げる 実験科学へ変えた第一人者である。
キャッチ:「仮説ではなくテストで、貧困政策を設計した人」。
【第 2 章】原点―学問への情熱が芽生えた日々
1972 年、フランス・パリ生まれ。人道医療に携わる家庭環境の下で育ち、「援助は善意だけで十分か」という違和感を早くから抱いた。パリの高等教育機関で経済学の基礎を修めた後、米国で博士号を取得。若手期にアビジット・バナジーやマイケル・クレマーらと出会い、現場で検証できる経済学への確信を深める。
アフリカや南アジアのフィールドに通い詰め、「小さな障害が行動を止めている」という洞察——移動費、行列、失敗経験、情報不足——を数値化し、“小さな工夫”の効果を測ることに情熱を注ぐようになった。のちにJ-PAL(アブドゥル・ラティフ・ジャミール貧困行動研究所)を共同創設し、学術と政策の橋を恒常的につなぐ基盤を築く。
【第 3 章】主要研究―理論の革新とそのインパクト
1) 予防接種・健康行動:小さなインセンティブが大きな差を生む
多くの地域で予防接種は無料なのに接種率が伸びない。デュフロらは出張接種所を定期配置し、さらにごく小さなインセンティブ(例:レンズ豆や石鹸)を付ける RCT を実施。結果、移動・待ち時間・不確実性といった“摩擦” を下げるだけで接種率が大幅に上がることを示した。
教訓:価格ゼロでも、手間というコストが行動を止める。政策は行動の摩擦を設計すべきだ。
2) 教育の質:ティーチング・アット・ザ・ライト・レベル(TaRL)
多くの途上国の教室では、カリキュラムが進む一方で基礎学力が追いつかない。デュフロらは NGO と協働し、子どもを習熟度でグルーピングして基礎技能を徹底する補習型プログラムを評価。文字・計算の基礎達成率が大幅に改善し、費用対効果も高いことを示した。
要点:クラス全体の平均ではなく、“今のレベル”に合わせる設計が教育効果を最大化する 。
3) 教員の欠勤・インセンティブ設計
公立学校での教員欠勤は学習の敵。デュフロらは出席の客観的監視(カメラ・打刻)とペイ・フォー・パフォーマンスを組み合わせ、出席率・学習到達度の改善を確認。
示唆:能力開発だけでなく、測定できるルールとインセンティブが現場の行動を変える。
4) 女性の政治参加と政策の中身
インドの村議会で女性に首長職を割り当てる制度を利用し、意思決定の中身がどう変わるかを比較。公共サービスの配分や女性志向の課題(飲料水、保健)への投資が増えることを示した。
含意:代表の多様性は単なる象徴ではなく、政策の選好を本当に変える。
5) マイクロファイナンス・起業支援の実証
マイクロクレジットや起業支援の RCT では、平均的な所得効果は限定的で、一部の起業志向層に効果が集中することを明らかにした。
メッセージ:万能薬はない。ターゲティングと**補完施策(研修・市場アクセス)**が鍵。
6) 「貧困の経済学」の方法と哲学
デュフロは、“大きな理論”より“良い問い”を重んじる。
仮説を明確にして、反実仮想で検証する
失敗を迅速に学び、設計をやり直す
規模拡大の前に、再現性と外的妥当性を確かめる
この“エンジニアリング的”手つきで、開発経済学を政策改善の反復運動へと変えた。
総括:小さな摩擦を取り除く設計、正しいレベルで教える教育、測れるインセンティブ、代表性のある政治。
デュフロは、貧困を“測って直す”工学的アプローチに置き換えた。
【第 4 章】時代背景と受賞の意義
2000 年代、援助の世界では一律拡充 vs. 構造改革の大論争が続いていた。そこでデュフロは、「何が、どこで、誰に効くのか」を現場で測るという第三の道を提示。
クラーク賞(2010 年)は、理論の厳密さ×現場の可検証性×政策への即応性を兼ね備えた点を評価したものだった。のちに 2019 年ノーベル経済学賞(共同受賞)へとつながる流れは、この時点で既に確立していた。
【第 5 章】世界と日本への影響
行政の実験文化:地方政府・省庁・国際機関が段階導入・ランダム化・ A/B テストを政策立案に取り入れる流れを加速。
教育政策:習熟度別補習や学習の基礎固めを重視する設計が、低学年支援・放課後学習などで普及。
保健医療:受診の“手間コスト”を下げる仕組み(出張接種、モバイルクリニック、送迎バウチャーなど)の有効性が再確認。
行動デザイン:補助金や割引だけでなく、通知・予約の簡素化・デフォルト設定といった行動の摩擦を減らす政策が広がる。
エビデンスの翻訳:J-PAL 型の政策パートナーシップが、自治体や NPO と研究者の共同作業を常態化させつつある。
【第 6 章】批判と限界
外的妥当性(一般化可能性):特定地域・特定実施主体の結果が、別の文脈で再現されるとは限らない。複数地点での再検証と作用機序の理解が不可欠。
倫理・公正:RCT では対照群がサービスを受けない期間が生じる。倫理審査・後追い提供・情報同意の厳格運用が前提。
メカニズムの深掘り:平均効果が判明しても、なぜ効くのかが曖昧だと拡張や制度化でつまずく。過程の測定(中間アウトカム)が鍵。
“測れるもの”への偏り:短期・個別指標に焦点が当たり、制度能力・政治改革のような長期的課題が後景化しがち。実験と制度研究の接合が求められる。
【第 7 章】今日的意義―次世代へのメッセージ
パンデミック後の学力低下、現金給付のデザイン、気候変動への適応、デジタル ID と福祉の統合— “設計→テスト→拡張”のサイクルは一段と重要になっている。デュフロが今日に勧める処方箋はおそらく次の四つ。
ターゲティングの精密化:誰に効くかを特定し、限られた資源を厚く配る。
摩擦の除去:手数、距離、待ち時間、書類…行動の小さな障害を政策設計で消す。
学び続ける制度:段階導入・事前登録・公開データで、再現性と透明性を制度に組み込む。
長期と制度:RCT を国家能力の強化や教育システム改革に接続し、小さな成功を持続可能な制度へと翻訳する。
若手へのメッセージは簡潔だ。
「良い問いを立て、現場で試し、結果で話せ。」
理論の気高さと、現場の泥臭さをつなぐのが、経済学の新しい役割である。デュフロはその道を実証してみせた。
さくらフィナンシャルニュース
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