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エドワード・C・プレスコット 期待を裏切らない制度と、動学モデルで経済を「測る」方法

リード: 1970 年代、スタグフレーションに揺れる世界で、従来の裁量的な景気対策は効か な く な っ て い た 。 エ ド ワ ー ド ・ C ・ プ レ ス コ ッ ト ( Edward C. Prescott, 1940–2022)は、フィン・E・キッドランドとともに、時間整合性(time inconsistency)問題を厳密に示し、「ルールに基づく政策」の必要性を主張。さらに、実物的景気循環(RBC)という動学的一般均衡(DSGE)の骨格を打ち立て、カリブレーションという実務的手法で政策評価を定量化した。

2004 年、プレスコットはキッドランドとともにノーベル経済学賞を受賞。本稿は、経歴、主要理論、受賞理由と時代背景、世界・日本への影響、批判と限界、そして今日的意義(インフレ再来、財政ルール、AI・気候ショック)を、図解と実務チェックリストとともに立体的に解説する。

1. 受賞者の経歴整理(出生地・学歴・主要ポスト)

出生:1940 年、米国ニューヨーク州グレンズフォールズ。

学歴:スワースモア大学(B.A.)、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(M.S.)、カーネギーメロン大学(CMU)で Ph.D.(1967)。

主要ポスト:

カーネギーメロン大学(CMU)、ミネソタ大学教授(“フレッシュウォーター”系の中心)。

アリゾナ州立大学(ASU)W. P. ケイリー経営大学院教授。

ミネアポリス連邦準備銀行シニアアドバイザー。

代表的論文(抜粋):

Rules Rather than Discretion: The Inconsistency of Optimal Plans (1977, with Kydland)

Time to Build and Aggregate Fluctuations(1982, with Kydland)

The Equity Premium: A Puzzle(1985, with Mehra)——資産価格論への衝撃。

Hours and Employment Variation in Business Cycle Theory ( 1986, with
Hansen)

Barriers to Riches(2000, with Parente)——制度の生産性への影響。

小結:政策の信頼性と動学モデルの計量化で、マクロ経済学の標準を塗り替えた。

2. 主要理論・研究内容
2-1. 時間整合性問題:ルールでなければ信頼は得られない

発想:将来の政策を事前に約束しても、時が来ると短期の誘惑(少しのインフレ・課税で失業や財政を楽にする)が生じ、約束破りが合理的に見えてしまう。このゲームは民間の期待を壊し、インフレバイアスや投資萎縮を招く。

結論:

裁量(discretion)は、合理的期待のもとで厚生劣位。

ルール(インフレ目標、テイラールール、財政ルール)と制度(独立中央銀行)でコミットメント装置を持つべき。

図解(概念):

t=0: 低インフレを約束→民間が期待を固定→投資・雇用↑
t=1: “ちょいインフレ の誘惑”→約束破り→期待崩壊 →長期の損失
→ルール&独立性で誘惑を事前に封じる
2-2. RBC と DSGE:景気変動を「構造」で解く

骨格:代表的家計・企業が動学最適化(消費・労働・投資)を行い、価格は柔軟、市場は競争的。技術ショックなどの実物要因で産出・雇用が変動。

Time to Build:投資から資本が稼働するまで建設ラグがある→ショックが持続。

全要素生産性(TFP)ショック:技術・制度・規制などが生産性を左右。

家計の労働供給弾力性とリスク分担が周期の振幅に影響。

図解(概念):

技術ショック→労働・投資の最適反応→ 資本ストック(建設ラグ→ 産出・賃金・金利
の同時決定
2-3. カリブレーション:経済を“動かして比べる”

やり方:回帰でパラメタを推定する代わりに、別の統計・研究から妥当な値(割引因子、資本減耗率、分配率等)を採用し、モデルをシミュレーション。実データのモーメント(分散、自己相関、相関)と再現度を比較して適合を評価。

利点:政策変更など反実仮想に強い。構造パラメタに基づくため、ルーカス批判を回避しやすい。

限界は後述(検定力・一意性)。

2-4. 労働と税のマクロ:時間の使い方が景気を動かす

労働時間の変動は雇用よりも大きいことが多い(Hansen–Prescott)。

労働・資本課税は労働供給と蓄積を通じて TFP 並みに景気に影響。

欧州と米国の労働時間差は税・規制の違いで説明可能、という議論を展開。

2-5. 資産価格とエクイティプレミアム

Mehra–Prescott(1985):標準モデルでは株式の超過収益(エクイティプレミアム)が説明できないという謎を提示(行動・異質性・災害リスク等の後続研究を誘発)。

2-6. 制度と成長:Barriers to Riches

Parente–Prescott(2000):参入障壁・独占・規制などの制度的バリアが生産性を低下させ、所得格差を生むと主張。改革の厚生効果を動学モデルで示した。

3. 受賞理由と当時の経済状況(課題と答え)

3-1. 課題(1970–80 年代)

スタグフレーション下で、裁量政策の期待無視が機能しない。

大型計量モデルは政策変更に弱く、ルーカス批判が突き刺さった。

3-2. プレスコットの答え

時間整合性の一般理論で、裁量のインフレバイアス等を説明。

RBC/DSGE で構造パラメタを明示し、政策ルールの反実仮想を可能に。

カリブレーションで**“測れるマクロ”**を実務へ。

受賞の核:信頼を制度で設計し、経済をモデルで定量する——この二つの柱を築いた。

4. 世界・日本への影響(政策・学問・日常)
4-1. 政策・制度

独立中央銀行、インフレ目標、テイラールールの世界的普及。

財政ルール(債務比率・構造バランス目標)への理論的裏づけ。

4-2. 学問・実務

DSGE が中央銀行・財務省の標準モデルに。ニューケインジアンへの発展で粘着性・金融摩擦を内蔵。

マクロ計量はベイズ推定・カルマンフィルタと融合。

4-3. 日本の射程

デフレ期のコミットメント(ゼロ金利・量的緩和・物価目標)設計。

中期財政フレームと税・社会保険のインセンティブ評価。

5. 批判と限界
RBC の摩擦不足:価格・賃金粘着、需要ショック、金融摩擦の軽視。

カリブレーションの検定力:モーメント一致の恣意、同じモーメントを別モデルが再現できる問題。

代表的家計・完全市場:分配や不均一性、信用制約の軽視。 → HANK 等が補完。

政策の政治経済学:ルール導入自体が政治ゲームの産物。

資産価格の乖離:標準効用ではエクイティプレミアムが説明困難。

位置づけ:RBC は骨格。そこに摩擦・異質性・金融を積み上げていくのが現在地。

6. 今日的意義(インフレ再来・財政・AI・気候)
6-1. インフレ再来と期待のアンカー

サプライショックが重なる時代、ルールに基づくガイダンスと信認をどう維持するかが再び核心。

6-2. 財政持続性とルール

歳出上限、中期目標、独立財政機関は時間整合性の装置。脱線時の逃げ条項も明文化が必要。

6-3. AI×政策運営

リアルタイム指標とモデル合議(DSGE×ML)でルールのトリガーをデータ駆動に。説明責任の確保が鍵。

6-4. 気候移行のコミットメント

カーボンプライシングの将来パスや還元ルールを法制化し、投資期待を固定。

7. 図解でつかむプレスコットのコア

画像


8. ケーススタディ(応用)
8-1. 金融政策:状態依存ルール+逃げ条項

失業・インフレ・期待に基づくシンプルなルールを基本に、非常時の明確な逸脱条件を定義。

8-2. 財政ルール:構造的バランスと歳出上限

景気循環調整後バランスと歳出キャップを併記、外部評価機関が定期レビュー。

8-3. 税制と労働供給

労働・資本課税の歪みを DSGE で評価。働き方改革・社会保険の厚生比較を実施。

8-4. 産業政策:参入障壁の厚生評価

参入規制・独占の生産性への打撃をモデル化。撤廃シナリオの反実仮想で賃金・TFP への効果を測る。

9. 研究の広がりと後継

ニューケインジアン DSGE(価格・賃金粘着、金融摩擦)へ接続。

ベイズ推定で不確実性を定量化、確率的動学の実務化が前進。

HANK(異質性主体)・サーチ雇用・学習期待が骨格に重ねられた。

10. FAQ(誤解の整理)

「ルールは硬直的?」→逸脱条件と改定手順を透明化すれば柔軟性と信認は両立。
「RBC は金融を無視?」→後続が金融摩擦を組込み、骨格は生きている。

「カリブレーションは統計でない?」→モーメント法・ベイズと組み合わせ、検定・頑健性を補う。

11. 実務者チェックリスト(中央銀行・財政当局・立法)

目的関数(物価・産出・債務)と評価指標を明示。

ルール候補(テイラー型、平均インフレ目標、歳出キャップ)の厚生比較を DSGE で実施。

コミットメント装置(独立性、法制化、外部レビュー)を設計。

逸脱条項(パンデミック・金融危機・戦争)を事前に明文化。

コミュニケーション:前方ガイダンスでトリガーと改定手順を公表。

12. まとめ 信用は制度で、政策はモデルで

プレスコットが残したのは、信用を制度で設計し、政策をモデルで評価するという二つの作法である。短期の誘惑に左右されないルール、反実仮想に耐える構造モデル。インフレ再来と財政制約、転換投資が同時に走る時代にこそ、その作法は生きる。

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