第 1 章 序―世界が注目する「経済学の頭脳」
アンガス・ディートンは、消費・貧困・厚生の計測という、経済学の根幹を磨き上げた研究 者 で あ る 。 家 計 の 購 買 デ ー タ か ら 需 要 の 法 則 を 引 き 出 す AIDS ( Almost Ideal Demand System)、貯蓄と所得変動の接続を問い直したディートン・パラドックス、そして開発途上国の貧困測定・物価調整(PPP)の実務を刷新した仕事で、理論とデータを
行き来する“経済計測の匠”として知られる。
近年は妻のアン・ケースとともに、米国の「絶望死(Deaths of Despair)」を綿密な統計で可視化し、格差・健康・社会制度の結合点を世界に突き付けた。2015 年、ノーベル経済学賞を受賞。「人々の生活が実際にどう良くなるのかを、正しく測る」—— ディートンの経済学は、このシンプルで最難題の問いに、半世紀かけて答え続けてきた。
第 2 章 原点―幼少期と学問の出発点
1945 年、英国エディンバラ生まれ。ケンブリッジ大学で博士号を取得し、早くから消費理論と計量を接続する研究に没頭する。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)でジョン・マルバーノーらと交流を深め、のちにジョン・マルバーノーとの共同研究から AIDS が生まれる。
1980 年代以降は米国プリンストン大学に移り、マクロ・開発・保健を横断する学際的環境を築いた。現場のデータから出発し、理論を**“測定可能な仮説”**に落とし込むスタイルは、初期から現在まで一貫している。
第 3 章 核心―研究の中核理論と主張
(1) 需要体系:AIDS(Almost Ideal Demand System)
ディートン&マルバーノーの AIDS は、家計の支出シェアを価格と実質支出で柔軟に記述し、可加性・同次性・対称性などの理論制約を検証可能な形で実装した“ほぼ理想的”な需要体系である。実務家にとっては、価格弾力性の推定、税制・補助金の帰結、家計厚生の補償変分の測定を一気通貫で可能にする強力な道具となった。
(2) 所得リスクと消費:ディートン・パラドックス
恒常所得仮説が示す“消費は平滑化される”という直観に対し、ディートンはマイクロの消費変動がマクロの所得変動ほど平滑化されていない事実を提示。耐久財・信用制約・測定誤差・不確実性の非線形効果など、ミクロの摩擦が平滑化を阻む仕組みを解剖した。これは、ミクロ・マクロの 橋渡しに新たな緊張を持ち込み、現在の **ヘテロ主体マクロ(HANK)**へつながる伏線となる。
(3) 貧困・厚生の計測と PPP
開発途上国の家計調査を用い、世帯の実物購買に基づく貧困推計を体系化。単価(ユニット・バリュー)と数量から真の価格変化を識別し、国際比較プログラム(ICP)の PPP 改善に寄与した。円換算のドル所得より、実際に買える物の束で厚生を測る、という現場感覚を理論に持ち込んだ点が画期的である。
(4) 健康・幸福と所得
自己申告健康や主観的幸福のバイアス、年齢・地域・教育との交絡を丁寧に処理し、「所得は重要だが、すべてではない」という慎重な結論を積み上げる。複合的厚生指標を“魔法の一数値”にしない態度は、彼の研究倫理そのものである。
第 4 章 挑戦―既存理論との対立と革新
ディートンは、 方法の信者 を作らない研究者だ。無作為化比較試験(“ ” RCT)についても、「フェティシズムに注意」と釘をさす。因果識別は重要だが、外部妥当性・スケールの問題・一般均衡効果を無視すれば、良い政策は設計できない。
ミクロの厳密さとマクロの関連性の両立を求め、観測データ+構造推定+制度知識の三位一体を主張した。
また、ドル貧困線の一律運用にも慎重で、各国の相対価格・生活様式・データ品質の違いが厚生比較を歪めると指摘。「測る以前に、何を測るのかを正しく定義せよ」というメッセージは、計量の技法以上に重い。
第 5 章 波及―政策・社会への影響
税・価格政策では、AIDS を用いた需要弾力性の推定が、消費税の逆進性評価や糖分税・タバコ税の効果測定に直結。補助金や食糧配給の厚生帰結も、補償変分で定量化可能となった。
開発政策では、家計調査の設計・クリーニング手法、等価尺度、季節性とショックの識別など、実務の作法を底上げ。PPP の見直しは、世界貧困率の推計や SDGs の進捗評価に不可欠な基盤となった。
保健・格差では、ケース=ディートンの「絶望死」研究が、労働市場の空洞化・地域共同体の崩れ・医療制度の歪みを背景にした死亡率逆転を示し、オピオイド危機やメンタルヘルス対策の政策議論を世界規模で加速させた。
第 6 章 展望―現在の研究と今後の課題
ディートンの系譜は、次の三方向に伸びている。
高頻度・大規模購買データ×需要体系:スキャナー・POS・電子レシートを AIDS やその拡張(QAIDS、ランダム係数モデル)に統合し、物価指数・実質所得・格差をミクロ基礎から再定義。
厚生と健康の因果網羅:医療アクセス・教育・労働・家族構造の相互作用を因果グラフ・構造推定・準実験で統合し、地域ごとの政策バンドルを設計。
グローバル貧困の再測定:サテライト画像・夜間光・携帯位置情報等の代替データを、家計調査の“金標準”に結びつけ、外部妥当性を確保した上でスケールさせる。
共通するのは、 測る前の定義 と 測った後の頑健性“ ” “ ”**に同じだけの敬意を払う、ディートン流の規範である。
第 7 章 結―「次のノーベル賞」に最も近い頭脳
ディートンが教えたのは、「経済学は、人々の暮らしをどの単位で数えるのか」という根本である。データの粒度、価格の定義、家計の異質性——それらを曖昧にしたままでは、善意の政策も“測定誤差の幻想”に迷う。
AIDS で需要の地図を描き、ディートン・パラドックスで平滑化の限界を示し、 PPP と家計調査で世界貧困の物差しを作り直し、絶望死で格差の痛点を告発した。
ディートンの経済学は、華やかな理論の修辞ではなく、人間の生活の可視化そのものだ。
「正しく測ること」が、最も人間的な経済学であることを、彼は静かに証明している。
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