第 1 章 序 ―「創造的破壊」を理論にした経済学者
ピーター・ハウイットは、経済成長の背後にある創造的破壊( creative destruction)のメカニズムを数理的に解明した経済学者である。
2025 年、フィリップ・アギオン、ジョエル・モキアとともにノーベル経済学賞を受賞し、受賞理由は「技術革新と創造的破壊を通じて持続的成長をもたらす条件を理論化した功績」であった。
彼の研究は、シュンペーターの直感的な思想を現代のマクロモデルに組み込み、成長・雇用・政策・格差の動態を定量的に説明可能にした点で画期的である。
第 2 章 原点―学問への出発と形成期
ピーター・ハウイットは 1946 年カナダのモントリオール生まれ。
マギル大学を卒業後、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で博士号を取得。
若い頃から「なぜ資本主義は停滞せずに成長を続けるのか」という問いに惹かれ、経済のダイナミズムを企業・知識・競争の視点から探ろうとした。
その後、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学やブラウン大学などで教鞭をとり、フィリップ・アギオンとの共同研究により、経済学に「シュンペーター型内生的成長理論」を定着させた。
第 3 章 核心―成長を駆動する創造的破壊の理論
(1) シュンペーターの洞察を形式化
シュンペーターは「新しい企業が古い企業を駆逐し、その過程が経済成長を生む」と説いた。
ハウイットとアギオンは、この**「創造的破壊」をマクロ経済モデルに埋め込み、技術革新・市場参入・倒産・競争の連鎖が生産性上昇率を決めるプロセス **であることを数理的に示した。
(2) 技術進歩の「内生化」
従来の成長理論では、技術進歩は外部から与えられる“外生的ショック”だった。
ハウイットは「企業の研究開発(R&D)投資によって技術は生み出される」という内生的技術進歩の枠組みを提唱。
各企業の革新が全体の生産性を押し上げ、経済成長の自己増殖メカニズムを生むことを示した。
(3) 創造的破壊の両義性
ハウイットは、創造的破壊が必ずしも善ではないことも指摘する。
新技術が登場すれば古い産業は消え、短期的には失業と格差が拡大する。
しかし、競争が停滞よりも社会の長期的厚生を高めることを、彼は定量モデルを通じて示した。
つまり「破壊」は単なる混乱ではなく、より効率的な資源配分への移行であり、政策次第で“痛み”を軽減しながらイノベーションを維持できると説いた。
第 4 章 挑戦―既存理論への批判と革新
ハウイットの理論は、ソローやローマーのモデルとは異なり、競争と破壊を成長の中心に据える。
これは静的均衡を重視する伝統的マクロ経済学への挑戦でもあった。
彼は「完全競争ではなく絶えざる参入と退出こそが動的均衡をつくる」と主張。
また、技術革新が“社会の制度とインセンティブ”に依存することを明示し、制度経済学や政治経済学との架橋を果たした。
第 5 章 波及―政策・社会への応用
イノベーション政策:研究開発投資への税制優遇、知的財産権制度、スタートアップ支援を通じて、新規参入の障壁を下げる政策設計を提唱。
労働市場政策:創造的破壊に伴う失業に対応するため、再教育・再配置支援を伴う「包摂的イノベーション政策」を提唱。
金融制度の設計:ベンチャー投資・長期資本市場の整備が創造的破壊の燃料になると指摘。
競争政策:独占や寡占がイノベーションを阻むリスクを明確にし、動的競争の維持を重視した。
第 6 章 展望―現在の研究と今後の課題
AI 時代の創造的破壊
AI・自動化の進展により、技術革新の速度と破壊の規模が加速。ハウイットの理論は「誰が創造するのか」「誰が破壊されるのか」という分配問題を分析する新たな基盤として注目される。
環境技術とグリーン成長
化石燃料依存の産業構造を持続可能な技術へ破壊的に転換する「グリーン・シュンペーター主義」の理論展開が求められている。
制度と創造の相互作用
技術革新を妨げる規制・独占・既得権構造をどう改革するか。制度設計と競争のバランスが政策課題となっている。
人間中心のイノベーション
創造的破壊の副作用(格差・雇用喪失)に対して、教育・リスキリング・社会保障の再設計を通じた「再包摂の経済学」が今後の方向性である。
第 7 章 結 ―「破壊こそ創造の源泉」
ピーター・ハウイットが明らかにしたのは、経済の本質は静止ではなく変化であるという真理だ。
新しい知識が生まれるたびに古い構造が崩れ、その循環が人類の繁栄を支えてきた。
しかし、そのプロセスが自然に最適化されるわけではない。制度・教育・金融・政策がその速度と方向を決める。
ハウイットの理論は、変化の痛みを恐れるのではなく、
痛みを伴う変化を「次の繁栄」へと導く知的デザインを提示している。
「停滞は安定ではない。進歩を止めることこそ最大のリスクである。」
創造的破壊は、単なる理論ではない。――それは、経済と社会が進化を続けるための永遠の駆動原理なのだ。
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