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マーティン・S・フェルドシュタインクラーク・メダル受賞者記事

【第 1 章】序―若き天才に贈られる “ノーベル賞への登竜門”

受賞年:1977 年/受賞者:マーティン・S・フェルドシュタイン(当時 38 歳)。

クラーク・メダルは 40 歳以下の研究者にアメリカ経済学会(AEA)が与える最高栄誉で、のちのノーベル賞受賞へとつながる“前哨戦”と称される。フェルドシュタインは、公的年金・税制・保険制度など「政府が大きく関わる領域」を、厳密な理論とエビデンスで貫いた実証派の旗手である。

1960〜70 年代、米国では高インフレ・大型社会保障の拡張・医療費の伸びが重なり、公的部門が家計や企業行動に与える歪みが政策論争の中心に躍り出た。フェルドシュタインはここに“厚みのある実証”を持ち込み、社会保障が私的貯蓄をどれほど置き換えるか、税率の引き上げがどれほど余剰損失を生むかを、経済学の共通言語で定量化した。

キャッチ:「“政府の見えない歪み”を数え上げ、政策の設計図に目盛りを刻んだ実証公共経済学の立役者」。

【第 2 章】原点―学問への情熱が芽生えた日々

1939 年、ニューヨーク生まれ。ハーバード大学で学び、若くして計量経済学と公的経済学に傾倒する。師や同時代の影響は広いが、共通するのは **「制度が行動を変える」**という視点だった。
学生〜若手期に育った問題意識は明快だ。

社会保障は、家計の貯蓄・労働・退職行動をどう変えるのか?

税や給付の“余剰損失( deadweight loss)” は、どれほど大きいのか?

医療・保険は、リスク分散の便益とモラルハザードのコストをどう両立させるのか?
この「制度→ インセンティブ→ 行動→ 厚生」という鎖を、理論とデータで一本に通すのが 、彼の研究スタイルとなった。

【第 3 章】主要研究―理論の革新とそのインパクト

1) 社会保障と私的貯蓄の「クラウディング・アウト」

フェルドシュタインは、公的年金(社会保障)が将来所得を保証するなら、家計は現在の私的貯蓄を減らすはずだ、という命題をマクロ・ミクロの両側から検証した。

枠組み:生涯所得仮説や重複世代モデルを背景に、年金の給付期待が限界貯蓄動機を低下させる経路を明示。

実証:人口・制度差・給付替わり率を用いて、年金資産の増加が私的貯蓄率を押し下げると推定。

インパクト:この議論は賛否を呼び、計測方法や識別に関する長期の研究潮流を生んだ。
結果として、年金改革や積立方式の評価、“世代間負担の見える化”が政策論争の中心に据えられた。

2) 余剰損失(Deadweight Loss)と税制設計

税は財源をもたらすが、行動を歪めるコスト(余剰損失)を生む。フェルドシュタインは 、限界税率×行動弾力性というシンプルな構図で、“余剰損失の ものさし”を提示した。

核心:余剰損失は「税率の二乗」に比例しやすく、高い限界税率ほど急増する。

所得税の“課税ベース”重視:単なる就労時間だけでなく、控除・節税・タイミング選択など広い意味の“課税所得”の弾力性に注目。

実務的含意:広いベース×低い税率の組合せ、歪みの小さい課税(消費税・炭素税等)への関心、税控除の整理(タックス・エクスペンディチャー)へとつながった。

3) 医療保険・モラルハザード・費用成長

医療保険はリスクをならすが、自己負担の低さは過剰受診を誘う。フェルドシュタインは 、価格感応度(価格弾力性)や保険の設計をめぐる実証を積み上げ、医療費の持続的上昇を制度面から捉えた。

示唆:高額医療の費用分担、自己負担の適正化、診療報酬の設計が、医療の効率とアクセスのトレードオフを動かす。

応用:米国のメディケア・民間保険、日本の国民皆保険における自己負担や給付設計の改革に、比較評価の基準を与えた。

4) 「課税所得の弾力性」アジェンダ

1980〜90 年代にかけ、フェルドシュタインは税率変更が“課税所得”そのものにどう効くかを、個票パネル・税制改正の自然実験で推計。控除・所得形態の付け替え・申告行動まで含む広い反応を 1 つの指標で捉え、大規模減税・税制簡素化の評価基準を提示した。

まとめ:「税は行動を変える」を、就労だけでなくベース全体の変化として捉え直したのが革新だった。

【第 4 章】時代背景と受賞の意義

受賞当時(1977 年)、米国は高インフレ・スタグフレーションと、巨額の社会保障・医療支出の行方に揺れていた。マクロ政策だけでは解けない課題に対し、フェルドシュタインはミクロの行動に焦点を当て、税・年金・保険の設計が個々の意思決定を通じて国全体の貯蓄・労働・成長を左右することを示した。

この研究姿勢はクラーク賞の三要件——普遍性(理論) ×実証性(データ)×政策接続(設計)—— を高い水準で満たした。

【第 5 章】世界と日本への影響

年金改革:日本の代替率・支給開始年齢・積立金運用の議論で、私的貯蓄・労働供給・世代間配分の同時評価が標準に。

税制・成長戦略:課税所得の弾力性という視点が、広いベース ×低い税率、控除整理・租税特別措置の点検、消費税・炭素税の設計といった実務に影響。

医療・介護:自己負担・選定療養・包括払いなど、制度デザインの比較評価でモラルハザードとアクセスの均衡を図る枠組みが定着。

研究基盤:個票データ×制度改正の差の差、自然実験など、後続の計量的公共経済学の手法が政策現場に浸透する下地を作った。

【第 6 章】批判と限界

識別と外挿の難しさ:年金が貯蓄をどれほど置き換えるかは、期待・不確実性・家族内部の保険で振れる。推定は仕様や時代・制度に敏感で、外挿には注意が必要。

弾力性の不確実性:税率変更の規模・一時性・周辺制度で反応は変わる。課税所得の弾力性を唯一の羅針盤とみなすことには限界。

行動・心理の組込み不足:合理的最適化の枠を越えた行動・行動バイアス(例:年金の選択、節税の手間・認知)をどう扱うかは現在の課題。

分配と効率のトレードオフ:余剰損失の最小化は重要だが、再分配の目標との統合設計が不可欠。

【第 7 章】今日的意義―次世代へのメッセージ

少子高齢化、医療費の持続可能性、カーボンプライシング、生成 AI と税基盤の変容。制度が行動を変え、行動がマクロを変えるというフェルドシュタインの教えは、いま最も実務的な価値を持つ。
もし彼が 2020 年代を分析するなら、

年金×就業延長×人的資本の統合モデルで、長寿化社会の最適設計を提示し、

課税所得の弾力性を、プラットフォーム労働・企業内無形資産・越境デジタル取引まで拡張し、

医療の価値評価にアウトカム指標とインセンティブ契約を結び、

炭素税・補助金の組合せで成長・分配・気候の同時最適化を測るだろう。

若手へのメッセージは簡潔だ。「制度を数えよ。反応を測れ。設計を変えよ。」

経済学は、理念を語るだけでは社会を動かせない。インセンティブ設計の数理と、データに裏打ちされた厚生評価こそが、持続可能な制度を生む。フェルドシュタインは、そのための尺度と作法を、半世紀前に示していた。

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