目 次
- 〜中川郁子 フェイスブックからの引用〜
- 2009年10月4日、自民党中川昭一氏は東京都世田谷区の私邸2階の寝室で倒れているところを、郁子夫人によって発見される
- アメリカ政府にとっての影響は?直接的に「悪影響」になった証拠はない
- 中韓朝との関係 韓国との二国間融資断ち切る 中国に牽制 中川「このままだと日本は中国の省にされてしまう」
- 読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者 強い批判を浴びるエリート主義ダボス会議の理事会メンバー竹中平蔵との結びつき
- 中川昭一酩酊会見の裏側 ~玉木林太郎・越前谷知子・原聡子らによる『薬とワイン』の勧めと印象操作
- 越前谷知子その後
- 原聡子その後
- 玉木林太郎その後
- 生牡蠣にあたった書記官の代わりに係長だった玉木林太郎、海外出張代行の怪しい過去
- 河相周夫という人物 佐藤優に猛批判「サンカク官僚恥をしれ!」強い言葉で罵る間柄
- そもそもなぜこの時期に?郁子夫人の告白?与党が官僚『財務真理教』の膿を出すときが来た
- 読売新聞は法的処置を検討
2026年3月29日の今、元衆議院議員で元財務相、自民党中川昭一氏の妻で元衆議院議員中川郁子夫人がフェイスブックに投稿した内容が波紋を呼んでいる
これについてはXだけでもおよそ89万件の反響によるポストが寄せられている。
現在はフェイスブックの投稿は削除されたようだが、郁子夫人が2009年、酩酊状態だと批判された中川元財相のローマでの記者会見の裏で何が起こっていたのかを詳らかにしている。
〜中川郁子 フェイスブックからの引用〜
郁子夫人の投稿より引用
私は関係者から大体聞いていた話なのですが、私から後悔することは控えていました。公開投稿なので以下引用します。
夫は、帰国して成田空港を出て、わたしと電話で話をするまで、ローマの記者会見について、日本のテレビやネットで大炎上していたことを知らなかった…
同行していた財務省の方々が、なぜ、夫に伝えなかったのか。
今でも疑問に思います。
2009年2月13日、ローマでのG7会合の合間を縫って
夫は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行いました。
リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からIMFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのです。
日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援でした。
日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのでした。
夫は、成田空港到着後、財務省の公用車に乗りこむと直ぐに、わたしに電話をかけ、
「日本のテレビはどうだった?ずいぶん褒めていただろう?」
と聞きました。
日本では、IMFとの調印式について全く報道されないどころか、朝から「酩酊会見、日本の恥だ!」
テレビもネットも大騒ぎだったのです。
スマホ、タブレットもSNSもない時代です。
本人は、役所の方々から聞かされなければ何も知ることは出来ません。
ローマには、篠原財務事務次官も玉木林太郎国際局長やその他の幹部職員も、財務省側の秘書官などたくさんの方々が同行していました。
成田空港には、大臣出張を出迎えるほかの幹部もいたはずです。
成田空港到着は午後3時過ぎ、わたしがテレビで見たのは午前9時。息子がインターネットで大騒ぎになっていることをわたしに知らせてくれたのはそれより前です。
なぜ、夫には情報は伝わっていなかったのか?
わたしは、夫の問いに
「なにも知らないのですか?その車に乗っている秘書官にすべて聞いて下さい!」
と答えるのが、やっとでした。
翌朝、山本高史秘書(中川事務所)が泣きながら、わたしの家に来ました。
IMF調印式のあと「今日の会見はなくなりました」と財務省側の事務秘書官から言われたので、財務大臣会合で各国の大臣からいただいたお土産などを、パッキングするために自分の部屋に戻ったのだそうです。
しかし、その後、
「会見が始まります」と言って誰かが連れ出したのだ、と説明をしました。
後日、夫を連れ出したのは、玉木林太郎国際局長だったことがわかります。
山本秘書が部屋に戻ったのを確認すると、玉木林太郎国際局長は、まず、夫をランチに誘いました。
オフィシャルなランチ会合は既に終わっていましたが、内輪でやり直そう、と玉木林太郎さんがセッティングしました。
そこには、読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者がいました。
越前谷さんは、玉木林太郎さんとは特段の仲らしく、わたしは面識はありません。
一方、原聡子記者は、夫の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどずいぶん近づいていましたが、日本テレビ社内的には担当外でした。
夫も、玉木林太郎さんから「記者会見はなくなりました」と聞いたそうです。
このとき、夫は、越前谷さんから、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われて、渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだのだそうです。
夫は、ワイン好きでしたが、海外出張のときは飲まないようにしていました。
この直後、越前谷知子記者は、「おもしろいことが起こるわよ」と、複数の人に伝えていたそうです。
事件後、越前谷記者は、アメリカ勤務になり日本からは姿を消しています。
原聡子記者は、誰より先にわたしたちの自宅前に到着して夫の帰宅時にマイクを向けていました。
その後、日本テレビの花形情報番組の「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されています。
話は戻ります。
ランチのあと、部屋に戻り休んでいる夫を、玉木林太郎さんが
「記者会見は、やはりやることになったので」と言って迎えに来たのです。
夫の死後、葬儀が終わったあとになってやっと現れた玉木林太郎さんは
「ホテルの部屋にお迎えに行ったとき、中川昭一大臣は酩酊状態ではなく、しっかりとしておられました。これによって中川大臣の名誉は保たれます。」
と言われました。
わたしからは、
「財務省の名誉が保たれる、の間違いではないですか?」
とお応えしました。
玉木林太郎さんは、麻布高校の同級生でしたが、在学中も卒業後も全くお付き合いはありませんでした。
夫が玉木さんを認識したのは、玉木さんが在アメリカ合衆国日本大使館経済公使になられた頃です。読売新聞は法的処置を検討
ワシントンで、別の経済公使から紹介されました。
夫が財務大臣に就任してから、玉木林太郎さんも国際局長へとジャンプアップし、なにかにつけて相談しているようで、いちばん近くにいた印象があります。
帰国後、予算委員会での審議の2日目の夜、自民党から慶應病院に入院するように促され、テレビのテロップで「財務大臣更迭」を知らされました。
「病室ではテレビを見ないでね」と、
高校生だった息子が、TSUTAYAで夫が大好きな映画をたくさん借りて来ました。
数ヶ月後、会見を見たのか恐る恐る尋ねると、
「見た、信じられなかった…」
そのときの夫の顔を忘れることができません。
わたしは、その後、何度も「記者会見」を見ましたが、ろれつがまわっていない夫の両脇には、篠原財務事務次官と白川日銀総裁が、何も言わず、表情をひとつ変えずに座っていたこと、テーブルにはワインが置かれていたことは、極めて不自然に思いましたし、今でも不思議でなりません。
玉木林太郎さんは、その後、財務官に昇格し、夫の死後は、OECD事務次長へと異例の出世をして行きます。
夫に玉木林太郎さんを紹介した方もその後、民主党政権で外務事務次官に昇格しましたが、自民党に政権が戻ると、安倍総理から事実上の更迭、僅か9ヶ月で退任することになります。
安倍総理は、何かを知っていたのかも知れません。
「自分は、アメリカから殺される」
「こどもたちを頼む」
夫が繰り返し、わたしにそう話すようになったのは、亡くなる10年ほど前からだったと、思います。
2009年10月4日、自民党中川昭一氏は東京都世田谷区の私邸2階の寝室で倒れているところを、郁子夫人によって発見される
東京消防庁による救急搬送先で死亡が確認されたが、実際の死亡日時は発見前日の10月3日と推測されている。56歳没。この急死に世間は驚いた。
忘れもしない2009年2月13日、ローマでのG7会合の合間を縫って中川昭一氏は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行った。
リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からIMFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのだった。
日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援だった。
日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのだ。
アメリカ政府にとっての影響は?直接的に「悪影響」になった証拠はない
中川氏がIMFへの1000億ドル融資(実際には外貨準備を活用した補完融資)で、米国債を直接売却せずにIMF経由で処分しようとした「中川構想」が、アメリカ(特に国際金融資本やFRB、米国債市場)の利害に反したと言われているが果たして実際、本当にそうなったのだろうか。
日本のこの大胆な貢献が他の国々の追随を促した(EUも1000億ドル規模、米国・中国なども追加拠出)。
これによりIMFの総資金が急増し、危機の封じ込めに寄与したと評価されている。
米国自身も2009年にIMFへの追加拠出を議会に要請・承認しており、日本のリーダーシップは「多国間協調」の象徴として歓迎された雰囲気だった。
当時の米国(ブッシュ→オバマ政権)は自国金融システムの救済(TARPなど)で手一杯であったからだ。
新興国危機がさらに広がれば、米国の輸出減少・金融市場の二次的混乱・ドル不安を招く可能性が高かった。
日本の支援は、そのような「火の粉」を防ぐ役割を果たした。
アメリカ側には結果オーライ的に結びついたが、何故か「日本が先に大きく出た」ことに対して、外交的なバランスや調整の問題を指摘する声は一部見受けられた。
だが、欧州では絶賛で、イタリアのメディアは、「このような中川財務相の活躍・功績を称賛する」という報道をしたほどだ。
しかし何故か日本のマスコミはほとんど報道をしなかった。
中韓朝との関係 韓国との二国間融資断ち切る 中国に牽制 中川「このままだと日本は中国の省にされてしまう」
中川氏は、世界金融危機の中での金融援助を国際通貨基金(IMF)に一本化し、韓国と
の2国間融資は断っている。
中川氏は中国脅威論を強く唱える保守派として知られ、この発言も中国外交の「上から目線」や対等でない姿勢を問題視。
同年に「日本は20年後、中国の省になっているかもしれない」といった強い危機感を表している。
2007年中川氏は「(当時)日本のナンバー1である安倍晋三首相が(2006年10月8日)中国に訪問したのに、中国のナンバー3(温家宝首相の位置づけとして)が日本に来るというのは、外交儀礼から言っておかしい」と、中国側の対応を「非礼」「非常識」と批判したことがあった。
読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者 強い批判を浴びるエリート主義ダボス会議の理事会メンバー竹中平蔵との結びつき
越前谷記者は慶応大学総合政策学部卒業後、東京大学の大学院法学政治学研究科で修士課程を修了している。
自民党の元総務大臣、慶応大学名誉教授の竹中平蔵氏が1990年同学部の助教授を経た後教授になっており、越前谷記者は丁度教え子ではという憶測が広がっている。
小泉政権時代の構造改革(郵政民営化など)で知られる竹中氏は、グローバルな経済政策の文脈でダボスを活用。サマー・ダボス(中国開催の関連会議)にも言及するなどしている。
中川昭一酩酊会見の裏側 ~玉木林太郎・越前谷知子・原聡子らによる『薬とワイン』の勧めと印象操作
中川氏が玉木氏を認識・知るようになったきっかけは、玉木氏が在アメリカ合衆国日本国大使館公使(2002年7月就任頃)になった時期。
越前谷記者は、玉木林太郎氏とは特段の仲らしかった。
一方、原聡子記者は、中川氏の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどして親密な関係を築いていった。
当初記者会見は中止ということで、中川氏の秘書、山本高史氏は部屋に戻って行った。
しかし郁子夫人の投稿の内容によるとその後「食事でもしませんか」と玉木氏が中川氏を「内輪のランチ」に誘い、そこで中川氏は、越前谷記者から、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われ、渡された薬を飲み、ワインを一口だけ口に含んだという。
その後の「会見をすることになった」という急展開!休んでいたところを叩き起こされたのか、越前谷記者が周囲に「おもしろいことが起こるわよ」と漏らしたそうだが、意味とは一体何だったのか?
その場にいたのは高木&諏訪園の秘書官2名と玉木氏、日テレ女性記者原記者、読売新聞越前谷記者、ブルームバーグ女性記者下土井京子氏だと言われている。
見知らぬ人物から勧められた薬や飲食物を口にするべきでは無かったのだが、警戒を怠った判断は明らかに軽率な行為だった。
また、中川氏としても越前谷記者が身内でもなく第三者の立場でありながら、勧められた薬をのむという行為に及んだことは、明確に節度を欠いた行為であり、極めて不適切だった。
越前谷知子その後
越前谷記者は事件直後(2009年頃)日本国内にまだ居り、2月18日お昼の時点で読売新聞内部のデータからプロフィール削除をした謎行動が見うけられたが、のち編集局経済部、主に流通業界を担当することになる。
2015年頃から約3年間、ニューヨーク特派員として駐在していたことがわかっている。子連れ特派員として知られていた。
帰国後、2020年6月からは、東京本社で採用デスクを担当し、読売新聞社の未来を担う人材の発掘・育成にも貢献した。
さらに、東京本社経済部次長として、経済報道の責任者の一人として活躍。
その後、北海道支社編集部長に就任し、地方拠点の編集業務を統括した。
現在、越前谷はYd Proという、読売新聞とダウ・ジョーンズの提携による法人向け経済メディアの編集部長を勤めているという。
原聡子その後
一方、原聡子記者はその後誰よりも早く中川邸前で取材を行い、その後「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されている。
2013年「バンキシャ!」を降板してからは経済記者としてTPPや電力システム改革の取材に加わり後政治部に移って活動を続けているとのこと。
2016年からはnews every. 「ギモン」担当として、政治解説を中心に活躍。
玉木林太郎その後
玉木林太郎氏については、麻布高校の同級生だということだが、東大法学部卒業年度がお互い違うため中川氏は玉木氏についての認識は無かったという。
中川氏はワシントンで、とある人物から玉木氏を紹介されている。
中川氏が財務大臣に就任してから、玉木林太郎氏も国際局長へとジャンプアップし、なにかにつけて相談を持ちかけていた。
中川氏の最も近くにいた人物。麻布高校同期と言うことで、懐に入ることに成功した。
玉木氏はその後、財務官に昇格し、中川氏の死後は、OECD事務次長へと異例の出世をしている。
1980年(昭和55年)7月 主税局国際租税課租税協定第一係長に就任。
生牡蠣にあたった書記官の代わりに係長だった玉木林太郎、海外出張代行の怪しい過去
書記官が生牡蠣を食べたことで具合を悪くし、急遽代役で当時ほとんど例のない、係長の海外出張を繰り返し行っていたという、なんとも疑わしき過去が存在する玉木林太郎氏。
その後OECD租税委員会を担当。
また中川氏に玉木氏を紹介した人物もその後、民主党政権で外務事務次官に昇格したが、自民党に政権が戻ると、安倍総理から事実上の更迭、僅か9ヶ月で退任しているという。
河相周夫という人物 佐藤優に猛批判「サンカク官僚恥をしれ!」強い言葉で罵る間柄
河相周夫という人物は、佐藤優氏に猛攻撃されていた過去がある。佐藤氏と非常に近い位置にいたと見られている。
この人物が中川氏を玉木氏に引き合わせたと言われている。わずか9ヶ月で退任した外務事務次官を探すと河相周夫氏(2012年)が浮上する。
河相氏は次官就任前から作家の佐藤優氏による批判をたびたび受けており、佐藤はこの次官退任劇についても安倍首相による事実上の更迭であるとしている。
NEWSポストセブンの2013年7月12日記事「河相周夫外務事務次官の辞任は事実上の更迭 佐藤優氏が指摘」によると
この記事で、佐藤優氏(作家・元外務省主任分析官)が河相氏の退任を安倍政権下での人事として「事実上の更迭」と明言し、
河相氏は通常2年程度在職する外務事務次官を約10ヶ月で辞任、外務省顧問に転任することに対して佐藤氏は河相氏を「極めて政治的な人物」「時の権力者に擦り寄るサンカク官僚」(義理・人情を欠き、出世のために恥をかくような行動を取る官僚)と批判的に描写し批判している。
民主党政権下での就任経緯(猟官運動など)を挙げ、安倍政権交代後の「能力不足」による更迭と位置づけた。
佐藤優氏は河相氏の次官就任前から、ブログ、週刊誌インタビュー、または発言で批判を繰り返し河相氏の政治的スタンスや人脈、鈴木宗男氏や中川昭一氏との関係を問題視していた経緯があった。
『森友問題で総理を守って出世したと野党が主張してきた谷査恵子氏と比べて、どちらが異例の出世、論功行賞人事になるだろうか。余談ではあるが、その後の政権交代によって安倍内閣が成立、河相相事務次官は「能力不足』(Sapio2013年8月号)
⋯と、河相氏を滅多斬りにしている。
そもそもなぜこの時期に?郁子夫人の告白?与党が官僚『財務真理教』の膿を出すときが来た
「財務真理教」(ザイム真理教)とは、病気で他界した経済アナリストの森永卓郎氏(2025年1月没)が著書『ザイム真理教――信者8000万人の巨大カルト』(2023年刊)で用いた造語だ。森永氏は自身の経験(旧大蔵省時代の「奴隷」感覚)を基に、
財務省の財政均衡至上主義が日本を苦しめてきた「洗脳メカニズム」を、カルトに例えて痛烈に風刺したもの。
郁子夫人は、中川氏の酩酊会見、これを財務省と読売グループによる「計画性」と位置づけ、薬による意図的な酩酊操作を疑っているのだ。
再び財務省批判の機運が高まっている。
「官僚が裁かれるとき」森永氏の言葉をなぞらえると、財務省のカルト的体質(増税偏重・組織優先)が長年政治を縛ってきたが、政治主導の本格化や国民の目覚め(信者からの脱却)で、ようやく「裁き」の時が近づいた、という解釈。
郁子夫人の告白は、そのきっかけの一つ。過去に政治家が「嵌められた」事例として、財務省の「闇」を象徴し、与党が本気で官僚改革に動く合図になるかも——という観測が広がっている。
読売新聞は法的処置を検討
一斉に広がる中川氏酩酊会見、読売記者が薬を渡したという真相を巡って読売新聞は、2026年3月30日にニュース記事を出した。虚偽情報の拡散は放置できないため、目に余る投稿の削除を求める法的措置を検討するという。
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