第 1 章 序―世界が注目する「経済学の頭脳」
ロバート・B・ウィルソンは、不確実性のもとでの価格付けと取引ルールを数学的に解き明かし、オークション理論とマーケットデザインの基礎を築いた研究者である。とりわけ 、共通価値(鉱区・電波・資源のように価値の大部分が共通)や相関情報の下での入札行動を厳密に分析し、勝者の呪いを回避するための情報設計・価格発見の原理を確立した。
さらに、再帰的方法によるダイナミック最適化、規模の経済と入札、電力市場・通信周波数の制度設計など、理論と実装を行き来しながら市場の“作り方”を刷新した。 2020 年、ポール・ミルグロムとともにノーベル経済学賞を受賞。「情報が価値を作り替える」という洞察を、ルール設計の言語へ翻訳した功績は計り知れない。
第 2 章 原点―幼少期と学問の出発点
1937 年生まれ。スタンフォード大学を拠点に、ゲーム理論・産業組織・情報経済学を横断。若手期から、参加者同士の情報が相関している状況(他者のシグナルが自分の価値評価に影響する)を重視し、単純な私的価値モデルでは捉え切れない現実の入札の難しさに正面から向き合った。のちにポール・ミルグロムらの共同研究を通じて、上昇式・多ラウンド・同時複数品目という現実のオークション形式を理論化し、公共財・インフラ配分の制度設計に直結する研究群を切り拓いた。
第 3 章 核心―研究の中核理論と主張
(1) 共通価値・相関情報・勝者の呪い
共通価値が強いオークションでは、最も楽観的な入札者が落札しやすいため、事後的に過大評価=勝者の呪いが生じやすい。ウィルソンは、情報の相関構造を明示的に扱い、入札者が自己のシグナルと市場のフィードバックから合理的に調整(ウィナーの呪いを織り込んで慎重化)する均衡を定式化。これにより、情報公開や価格発見の設計が効率・収入・参加意欲にどう影響するかを理論的に示した。
(2) 上昇式(英式・時計式)と情報のリンケージ
密封式よりも段階的に情報が出る上昇式の方が、共通価値や相関情報の環境で効率的かつ収入増に結びつきやすい。入札の進行自体が**“公開シグナル”となり、各社の評価が相互に校正されるからだ。ウィルソンはこのリンケージの論理を明確化し、後の同時多品目多ラウンド(SMRA)や組合せ時計式(CCA)**の理論的土台を据えた。
(3) 動学・再帰構造と最適化
ウィルソンは、動学計画法・再帰的方法をゲーム理論へ持ち込み、繰り返し・段階的な交渉やオークションで時間を通じた最適反応を解いた。これにより、学習と価格発見が並走する現実の市場を、計算可能な形で分析できるようにした。
(4) 市場設計への翻訳
理論を制度のディテールへ橋渡しする作法も、ウィルソンの核だ。入札資格・アクティビティ・ルール、暫定価格、情報公開の粒度、停止条件、価格上昇ステップ……これら細部が談合防止・待ち戦略の抑制・参加者の理解容易性にどう効くかを、理論と実務で結び付けた。
第 4 章 挑戦―既存理論との対立と革新
従来の「私的価値・独立シグナル」を前提にした分析は、資源・周波数・電力の現場では説明力が不足する。ウィルソンは、相関シグナル×共通価値を中核に据えることで、入札の慎重化・情報公開の福利厚生効果・収入最大化との両立という難題を一体で解いた。
ただし、情報公開は談合の合図にもなり得る。
彼は、公開の仕方(集計・遅延・ラウンド設計)と行動制約(アクティビティ・ルール)を組み合わせ、効率とコンプライアンスの両立を図る“設計の緊張”を提示した。理論の美と現場の泥臭さを両目で見る姿勢こそ、ウィルソンの革新である。
第 5 章 波及―政策・社会への影響
周波数オークション:電波という公共資源の配分を政治交渉から透明な競争へ。効率的配分・収入確保・参入促進を同時に実現する設計が国際標準化。
電力・エネルギー市場:発電権・送電容量・容量市場で、相互依存する権利を段階的に価格発見。供給安定と投資誘因の両立を後押し。
公共調達・資源権:建設、鉱区、排出枠など、共通価値・相関情報が強い領域での情報開示と入札形式の選択指針を提供。
オンライン広告・プラットフォーム:リアルタイム入札やスコア入札のロジックに、価格発見×情報設計の原理が応用。
第 6 章 展望―現在の研究と今後の課題
AI と学習する入札者:強化学習が戦略空間を拡張する中、操作耐性のあるメカニズムと説明可能なルールが必要。
部分的開示とプライバシー:効率を保ちつつ談合の合図を避ける最適開示(集計・ノイズ付与・遅延)の設計。
組合せの複雑性:高次元のパッケージ入札で、計算可能性と戦略単純性の両立をどう図るか。
気候・インフラの新市場:炭素排出枠・水利権・データアクセスなど、新しい「権利」市場に共通価値×相関情報の論理を適用。長期投資と社会的外部性を同時に扱う設計が焦点。
第 7 章 結 ―「次のノーベル賞」に最も近い頭脳
ロバート・B・ウィルソンの遺産は、「情報の扱いが市場結果を決める」という一語に凝縮される。
勝者の呪いを避ける慎重さ、価格発見で学習を促す上昇式、相関情報を味方にする開示設計—— 市場の細部は厚生である、という思想だ。
理論は現実に通い、現実は理論を鍛える。ウィルソンは、その往復運動を市場という社会装置の設計へと昇華させた。
公共資源、インフラ、データ、そして未来のエネルギー。価値が共通で、情報が相関する世界で、彼の経済学はこれからも光を放ち続ける。
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