
(さくらフィナンシャル編集部)
ここ数日、ガソリン価格をめぐる報道はかなり過熱しています。
「ホルムズ海峡が危ない」「中東情勢が緊迫」「このままガソリン200円へ」――。
そんな見出しが並ぶと、多くの人は「日本はもう打つ手がない」と感じてしまいます。
しかし、少し冷静に見てみると、話はもっと複雑です。
日本はたしかに原油の9割超を中東に依存しており、その多くがホルムズ海峡を通る以上、地政学リスクと無関係ではいられません。他方で、日本は官民合計で254日分の石油備蓄を持ち、政府自身も、備蓄は価格抑制のためではなく供給不足時の安定供給確保のための制度だと説明しています。つまり、「海峡で緊張が高まったから即日で日本のガソリン価格が全面的に跳ね上がる」という単純な話でもないのです。
では、何が起きているのか。
そして、日本はただ原油高と投機に振り回されるしかないのか。
この問いを考えるうえで重要なのが、いま目の前の中東依存だけでなく、日本が持っているはずの技術――とくにエマルジョン燃料技術、藻類由来油、そして人造石油・合成燃料の流れをどう見るかです。この記事では、「石油利権への忖度なのではないか」という世間の疑念も含め、現実に何ができて、何がまだ難しいのかを整理します。
1.まず押さえるべき現実――日本は本当にホルムズ海峡に縛られている
最初に確認しておきたいのは、日本の原油調達構造です。
資源エネルギー庁の資料では、日本の原油輸入は2022年度時点で94.1%が中東依存であり、日本向けを含む東アジア向け中東原油の大半はホルムズ海峡とマラッカ海峡を通ります。つまり、「日本向け石油はホルムズ海峡とあまり関係ない」という見方は成り立ちません。日本は構造的に、かなり深くホルムズ海峡に依存しています。
ただし同時に、日本は無防備でもありません。
2026年3月の経産相会見では、日本は官民合計254日分の石油備蓄を保有しており、IEAとも連携して対応する体制をとっていると説明されました。また同会見では、中東から日本に向かう原油タンカーの中に、ホルムズ海峡通行を見合わせて湾内待機している船があることも認められています。つまり現実には、「完全に平常運転」でもなければ、「今日から物理的に原油が入らない」でもない。その中間にある、輸送リスクと心理的緊張が高まった状態だとみるべきです。
ここで重要なのは、ガソリン価格は単純に「今日の原油先物価格」だけで決まらないという点です。
小売価格には、過去に積まれた原油の調達価格、為替、精製コスト、流通コスト、補助金、そして何より将来不安による市場心理が折り重なります。だから、報道の一部に過熱があるという批判には一定の合理性があります。とはいえ、海峡の緊張が続けば、保険、運賃、船主判断、調達不安が積み上がり、結局は日本の燃料価格にも圧力がかかる。この二つは同時に真です。
2.「日本の技術で何とかできないのか」という問い
ここで出てくるのが、よく言われる疑問です。
「日本には優秀な技術があるのに、なぜもっと使わないのか」
とくに注目されるのが、燃料をより効率よく使うエマルジョン技術です。
エマルジョンとは、簡単にいえば本来混ざりにくい液体同士を微細に分散させた状態です。燃料分野では、重油や軽油に水を細かく混ぜて燃焼性を改善し、排ガスや燃費を改善する技術として知られています。これは「石油そのものを不要にする技術」ではありませんが、同じ化石燃料をより効率よく、よりクリーンに使う技術です。だから、石油の絶対使用量を減らす一歩としては意味があります。
実際、日本企業はこの分野で着実な成果を出しています。
川崎重工と川崎汽船は、水エマルジョン燃料を用いた舶用エンジンの長期実船試験を行い、2011年から約4年にわたる試験を経て、NOx低減や耐久性、実運用上の問題の有無を確認しました。2012年時点で半年超・約2740時間の運転でも問題がなく、2015年には長期試験完了が公表されています。つまり、水エマルジョン燃料は「実験室のお話」ではなく、少なくとも船舶分野では現実に運転実績のある技術です。
さらに最近は、単なる水エマルジョンではなく、より微細化したナノエマルジョン燃料の実装も模索されています。環境省の2025年公表資料では、ナノフュエル社の装置「NEFS」が紹介されており、軽油や重油に水を加えてナノエマルジョン化することで、燃焼性を改善し、燃費向上とCO2排出削減を目指す技術とされています。しかもこの技術は、重油や軽油だけでなく、副生グリセリンや植物油にも適用可能性があるとされ、川崎市の「低CO2川崎ブランド」にも認定されています。
では、これで日本は救われるのか。
答えは、そこまで単純ではないです。
エマルジョン技術の強みは、既存インフラとの親和性です。
ボイラー、船舶、産業用熱源、非常用発電機など、すでに液体燃料を使っている設備に
比較的導入しやすく、燃焼改善によるコスト削減や排ガス低減が見込めます。短期的な
「守りの技術」としてはかなり有望です。
しかし弱点も明白です。
主成分はあくまで化石燃料であり、原油輸入そのものを劇的に不要にするわけではありません。導入効果は設備条件や運転条件に左右され、安定乳化、保守、経済性評価も必要です。つまり、エマルジョンは石油依存からの脱出そのものではなく、石油依存のコストと無駄を減らす技術なのです。ここを混同すると議論を誤ります。
3.藻から油をつくる――筑波大学の研究は夢物語か
では、石油そのものを置き換える道はないのか。
そこで注目されてきたのが、藻類由来油です。
筑波大学の研究紹介では、藻類の中でもとくにボトリオコッカスとオーランチオキトリウムに着目し、これらが高い燃料生産ポテンシャルを持つことが説明されています。トウモロコシを基準にした年間潜在的燃料生産量で、ボトリオコッカスは590倍、オーランチオキトリウムは7080倍という記述まであります。さらに重要なのは、多くの藻類がトリグリセリドをつくるのに対し、この2種は炭化水素を生産しうる点です。炭化水素は石油製品に近く、条件次第ではそのまま燃料化しやすいという強みがあります。
この話だけ聞くと、「もう藻で石油は解決できるのでは」と思うかもしれません。
しかし、現実はそう簡単ではありません。最大の壁は、大量・安定・低コストでつくれるかです。研究室レベルで油が取れることと、国家規模の燃料供給を担えることの間には大きな距離があります。NEDOの2025年資料でも、微細藻類由来バイオジェット燃料は2030年頃の社会実装を見据えた段階であり、テストベッド整備、CO2利用効率向上、各藻類種ごとの実証データ取得などが課題とされています。要するに、有望だが、まだ産業としては育成段階です。
それでも前進はあります。
ユーグレナは2025年2月に、高密度タンク培養のスケールアップ実証の進捗を公表し、同年7月にはマレーシア商業プラントへの出資完了を発表しました。さらに2026年2月の決算説明では、屋外プール培養よりも、土地効率や高密度化の面で屋内タンク培養に勝ち筋があるとの考えを示しています。これはつまり、従来の「藻類燃料は広大な面積が必要で非現実的」という弱点に対し、より工業的な培養方式で突破しようとしているわけです。
ここで大事なのは、藻類油は“ゼロか百か”で見るべきではないということです。
明日から全国のガソリンスタンドが藻油で回るわけではありません。ですが、航空、船舶、化学原料、特殊燃料など、電化しにくい分野から置き換えていくなら、藻類は十分に戦略価値があります。特に日本のように原油資源に乏しく、化学・バイオ・培養・触媒に強みのある国では、藻類燃料は「夢物語」と切り捨てるには惜しい選択肢です。
4.「京都大学で石油が作れる」は本当か
ネット上では時々、「京都大学が石油を作れると発表した」といった言い方が広がります。
この表現は、半分正しく、半分誤解を招くものです。
正確にいうと、京都大学には人造石油研究の長い歴史があります。京都大学化学研究所の資料によれば、同研究所では1927年からフィッシャー・トロプシュ法(FT法)による液体炭化水素、いわゆる人造石油の研究に着手し、1939年には試験設備で連続運転に成功、1942年には北海道滝川でプラントが稼働しました。つまり、「炭化水素系燃料を人工的に作る」という発想自体は、近年突然生まれた話ではなく、日本にかなり長い研究史があるのです。
では、いまの京都大学がやっていることは何か。
ここも「原油を魔法のように合成した」という話ではありません。近年の京大関連研究では、たとえばCO2を一酸化炭素へ高効率で変換するCO2還元光触媒の開発が報じられており、従来比約30倍の変換効率を示す成果も公表されています。COはプラスチックや合成燃料の原料になりうるため、これは「石油を掘る」代わりに炭素資源を再設計する技術の一部といえます。
また、京都大学は藻類分野でも、炭化水素産生藻類ボトリオコッカスに共生する細菌を発見し、屋外大量培養や藻類ブルーム制御の鍵となる可能性を示しました。つまり京大の現在地は、「石油ができた」と大げさに言うよりも、合成燃料、CO2資源化、藻類大量培養の基盤技術を積み上げていると表現するほうが正確です。
ここを誤解すると、「もう技術はあるのに、全部止められているだけだ」という短絡に流れやすい。
実際には、技術の芽はある。歴史もある。だが、量産、コスト、サプライチェーン、制度整備、需要側設備がまだ追いついていない。問題はそこです。
5.ではなぜ日本は一気に進まないのか――利権か、現実か
ここで多くの人が抱くのが、「結局は石油利権への忖度ではないか」という疑いです。
この見方は、完全に的外れとも言い切れません。なぜなら、既存の石油供給網、元売り、税制、補助金、既存設備は巨大で、政治も行政もそれを前提に回っているからです。変革には必ず抵抗が生まれます。
ただし、それだけで全部説明するのも危険です。
日本が一気に石油代替へ進めない最大の理由は、むしろ経済合理性と時間軸にあります。エマルジョンは改善技術であって代替ではない。藻類油は有望だがまだ高コスト。合成燃料は技術的に可能でも大量生産には莫大な電力と設備投資が必要。つまり、既存の石油システムは不満だらけでも、依然として「安く、大量に、安定して使える」という点で強いのです。
だから日本政府の政策も、現時点では「いきなり全部置き換える」ではなく、段階的な次世代燃料導入になっています。資源エネルギー庁は、合成燃料は2030年代前半までの商用化を目指すとし、バイオエタノールについては2030年度までに一部地域で最大濃度10%の低炭素ガソリン供給開始を目指し、2040年度からはE20も視野に入れています。SAFについても、2030年時点で本邦エアラインの燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標が示されています。
この政策の遅さにいら立つ人は多いでしょう。
ですが、裏を返せば、日本はようやく「石油一本足」から、エマルジョンによる効率化、バイオ燃料、SAF、e-fuel、藻類燃料を組み合わせる現実路線へ動き始めた段階とも言えます。遅い。だが、ゼロではない。その中途半端さこそが、いまの日本の本当の姿です。
6.今後、日本が本当にやるべきこと
では、日本は何をすべきなのか。
答えは、「一発逆転の魔法の燃料」を待つことではありません。
まず短期的には、既存燃料の使い方を賢くすることです。
船舶、ボイラー、非常用発電、産業炉などで、水エマルジョンやナノエマルジョンのような技術を広げ、同じ1リットルの燃料からより多くの仕事を引き出す。これは地味ですが、燃費、排ガス、コスト、輸入量の削減に効きます。ホルムズ海峡リスクが高まる時代には、こうした「省エネの実務技術」が軽視されすぎています。
次に中期では、液体燃料の代替を増やすことです。
バイオエタノール、SAF、廃食油、HVO、合成燃料などを、用途ごとに使い分ける。とくに航空、船舶、重機、長距離輸送、化学原料など、電化しにくい分野では液体燃料の脱炭素化が不可欠です。日本がここで出遅れれば、エネルギー安全保障でも産業競争力でも後れをとります。
そして長期では、国内で炭化水素を「設計して作る力」を持つことです。
筑波大学の藻類研究、京都大学のCO2資源化・人造石油の蓄積、NEDOのFT合成・e-fuelロードマップ。これらは点で見ると頼りなく見えるかもしれませんが、線でつなぐと、日本が「原油を買う国」から「必要な燃料を一部は作る国」へ移るための骨格になります。
7.結論――本当の問題は「技術がないこと」ではない
結局のところ、日本の問題は「何も技術がない」ことではありません。
エマルジョン燃料のように、すでに実運用実績がある技術もある。藻類由来油のように、まだ時間はかかるが可能性の高い研究もある。京都大学の人造石油研究に象徴されるように、日本には昔から炭化水素を人工的につくろうとしてきた蓄積もあります。
本当の問題は、それらを国家戦略としてつなぎ、育て、実装する意思が弱いことです。
ホルムズ海峡が不安定になるたびに「中東が」「原油が」「値上げが」と騒ぐだけなら、日本はこれからも同じことを繰り返します。備蓄があるのに価格不安に振り回され、補助金でしのぎ、根本構造は変わらない。そうした受け身の姿勢こそが、最大のリスクです。
だから問われているのは、
石油利権があるかないかという単純な陰謀論ではなく、
日本が「省エネで守る」「代替燃料でつなぐ」「国内技術で作る」という三段構えを本気でやる気があるのか、ということです。
そこに本気で踏み込めるなら、
ホルムズ海峡のニュースに右往左往するだけの国から、
危機を技術と政策で乗り越える国へ、まだ変われる余地はあります。
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