
日本の未上場企業、とりわけ長い歴史を持つ地方の優良企業では、いまだに経営情報や資本政策が外部から見えにくい「ガバナンスの暗箱」が残っている。
その典型的な論点が、アパレル資材・バイアステープを主力とするコスモ株式会社をめぐって浮上している。
少数株ドットコム株式会社は、2025年8月にコスモ株式会社の株式16.2%を取得したと発表している。同発表によれば、コスモは大阪市東成区に本社を置き、森堅次氏が代表を務め、バイアステープを主体とする衣料用服飾資材の製造加工を事業内容としている。
その後、少数株ドットコム側は、コスモに対して株主提案を実施した。提案内容には、ROE・ROAの改善、ROE8%水準を意識した資本効率の向上、大阪・玉造の本社不動産等の有効活用、そして不動産開発・蓄電池事業といった新規事業領域への参入が含まれている。
さらに、2026年5月末に予定される第77期定時株主総会を前に、少数株ドットコム側は、取締役会の見解を確認するための事前質問状をコスモ宛てに送付したと発表している。その質問状は、ROE8%目標、資本効率、コーポレートガバナンス、主要取引先の環境変化リスクなどをめぐり、株主総会で建設的な議論を行うことを目的とするものだと説明されている。
ここで問われるべきは、単に「山中裕氏の提案が正しいかどうか」ではない。
より本質的な問いは、主要株主から具体的な企業価値向上策が提示されたとき、未上場会社の経営陣は、それにどこまで誠実に向き合う義務を負うのか、という点である。
英国会社法なら何が問題になるのか
この問題を考えるうえで参考になるのが、英国会社法である。
英国会社法2006年は、取締役の義務を明文化している。その中でも特に重要なのが、第172条に定められた「会社の成功を促進する義務」である。これは、取締役が会社構成員、すなわち株主全体の利益のために、会社の成功を促進するよう行動しなければならないという考え方を中核とする。英国政府の公式資料でも、会社法2006年は取締役の一般的義務を成文化し、その一つとして会社の成功を促進する義務を置いていると説明されている。
この観点から見れば、コスモの経営陣には、少なくとも次の問いに答える責任がある。
本社不動産は、現在の利用方法が最も企業価値を高めているのか。
ROEやROAが市場水準に比べて低いのであれば、その原因をどう分析しているのか。
蓄電池事業や不動産活用といった提案について、検討したのか。
検討したのであれば、なぜ採用しないのか。
検討していないのであれば、なぜ検討しないのか。
現状維持こそが株主全体の利益に資するというなら、その根拠は何か。
英国法の発想では、取締役は「自分たちが従来通りやってきたから」という理由だけで、現状維持を正当化することはできない。
取締役に求められるのは、会社の長期的成功に資する判断である。
そして、その判断は、合理的な情報収集、検討、説明可能性を伴っていなければならない。
したがって、もし仮に、主要株主からの具体的な企業価値向上策に対し、会社側が合理的な検討も説明もせず、単に黙殺するだけであれば、英国会社法の発想から見て、取締役の義務履行に重大な疑問が生じる。
「即刻弾劾」と言えるほど単純ではないが、英国なら重大争点になる
ただし、法的に厳密に言えば、「英国の裁判所なら即刻弾劾される」と断言するには慎重さが必要である。
英国の裁判所であっても、株主提案を採用しなかったことだけで、直ちに取締役が解任されたり、法的制裁を受けたりするわけではない。経営判断には一定の裁量が認められる。裁判所は、取締役の判断を事後的に安易に置き換えるわけではない。
しかし、問題はそこではない。
英国法の視点から重要なのは、取締役が主要株主の提案を真摯に検討したのか、会社価値向上の観点から合理的に説明したのか、少数株主を不当に扱っていないか、という点である。
つまり、「提案を拒否したから違法」なのではない。
「合理的な検討も説明もなく、少数株主を排除するような態度を取った場合に、法的争点化する」ということである。
この意味で、コスモの経営陣が山中氏側の問いにどう答えるのかは、単なる株主総会対応を超えたガバナンス問題になる。
少数株主への対応と「不当な抑圧」
英国会社法でもう一つ重要なのが、第994条の「Unfair Prejudice」、すなわち不公正な不利益・不当な抑圧に関する制度である。
これは、会社の業務執行が株主の利益を不公正に害している場合に、株主が裁判所へ救済を求めることができる仕組みである。英国の法律実務でも、Companies Act 2006第994条は、会社の行為または不作為によって株主が不公正な不利益を受けている場合に裁判所の介入を求める制度だと説明されている。
英国法上の不公正な不利益申立ては、少数株主保護の重要な手段である。DLA Piperの解説でも、第994条は株主が会社の決定によって不公正な不利益を受けた場合に異議を申し立てる権利を与える制度だとされている。ただし、近時の裁判例では、裁判所がこの制度の適用を比較的限定的に見る傾向も指摘されている。
この点をコスモに当てはめるなら、焦点は明確である。
16.2%を保有する主要株主から、企業価値向上に関する具体的な提案と質問が出ている。
それに対して会社側が誠実に答えるのか。
情報開示を尽くすのか。
総会で実質的な議論を行うのか。
それとも、形式的な対応に終始し、主要株主を「面倒な存在」として扱うのか。
仮に後者であれば、それは英国法的な感覚では、少数株主に対する不公正な取扱いとして争点化し得る。
未上場会社だから許される、という理屈は通用しない。
むしろ未上場会社では、株式の流動性が低く、少数株主が市場で自由に退出しにくい。そのため、少数株主が経営陣や多数派株主に不利益に扱われた場合、上場会社以上に深刻な問題となる場合がある。
だからこそ、未上場会社においては、少数株主との対話、情報開示、説明責任が重要になる。
山中氏側の提案は「短期売り抜け」ではなく構造改革型である
今回のコスモに対する山中氏側の提案は、単純な増配要求や短期的な株価対策ではない。
少数株ドットコム側の発表では、コスモのROE・ROAが資本市場の求める水準を下回っているという問題意識のもと、大阪・玉造の本社不動産等の有効活用や、系統用蓄電池事業への参入などを通じた事業ポートフォリオの再編が必要だと主張されている。
また、同社は、ワコールHDおよびコスモへの株主提案に関するオンライン説明会の案内でも、コスモに対し、不動産投資・コンサルティング、再生可能エネルギー・蓄電池事業の定款追加、山中氏を候補者とする取締役選任などを提案していると説明している。
ここで重要なのは、提案が「現金を吐き出せ」という単純なものではなく、資産活用と成長事業参入を組み合わせた構造改革案になっている点である。
もちろん、蓄電池事業への参入が常に正しいとは限らない。
本社不動産の活用にも、事業上・税務上・地域上の制約があるかもしれない。
既存事業とのシナジー、資本投下額、リスク管理、人材確保、事業撤退基準も検討しなければならない。
しかし、だからこそ経営陣は説明すべきである。
「検討した結果、採用しない」という結論はあり得る。
だが、「検討しない」「説明しない」「株主の問いに答えない」という姿勢は、ガバナンス上、許されるべきではない。
英国的な発想では「対話拒否」自体が経営能力を問われる
英国の企業統治文化では、株主との対話は単なる儀礼ではない。
特に、一定割合の株式を保有する主要株主が、企業価値向上に関する具体的提案を行った場合、取締役会はそれを無視するのではなく、会社の長期的成功という観点から評価しなければならない。
山中氏は、東京大学経済学部を総代で卒業し、コロンビア大学大学院で金融工学を修めた人物として紹介されている。少数株ドットコム側の各種発表でも、同氏の金融・投資・企業価値向上に関する知見が強調されている。
もちろん、学歴や肩書きがあるからといって、提案が常に正しいわけではない。
しかし、一定の専門性を持つ主要株主が、具体的な資本効率改善策を提示している以上、経営陣には、それを正面から検討し、株主に対して説明する責任がある。
もし会社側が、専門的な提案を「外部株主の口出し」として扱い、形式的手続きだけでかわそうとするなら、それはグローバル投資家から見て、経営者としての対話能力・説明能力を疑われる。
現代のガバナンスでは、取締役会は株主を敵視する場所ではない。
株主との対話を通じて、企業価値向上の選択肢を比較検討する場所である。
「地方の未上場企業だから」は免罪符にならない
コスモが未上場会社であり、地方に根を張る老舗企業であることは、ガバナンスを軽視する理由にはならない。
むしろ、未上場会社だからこそ、株主との関係はより慎重に扱われるべきである。
上場会社であれば、株主は市場で株式を売却して退出できる。
しかし未上場会社では、株式の売却が容易ではない。
そのため、少数株主にとって、情報開示、総会での説明、経営陣との対話は、上場会社以上に重要な権利になる。
「うちは上場会社ではない」
「外部株主に細かく説明する必要はない」
「昔からこのやり方でやってきた」
「地域企業だから資本効率だけで判断すべきではない」
こうした発想は、もはや通用しない。
もちろん、地域企業には地域企業としての責任がある。従業員、取引先、地元経済との関係も重要である。しかし、それは少数株主を軽視してよい理由にはならない。
企業価値を高めること。
雇用を守ること。
地域との関係を維持すること。
少数株主に説明すること。
これらは本来、対立するものではない。
むしろ、資本効率を改善し、事業の成長性を高め、眠れる資産を活用することは、従業員や地域社会にとっても長期的な利益になり得る。
森堅次社長に問われるもの
今回、森堅次社長に問われているのは、山中氏の提案をすべて受け入れるかどうかではない。
問われているのは、主要株主からの具体的な問いに対して、取締役会として誠実に答えるかどうかである。
ROE8%目標について、どう考えるのか。
資本効率改善について、どのような議論をしたのか。
本社不動産の活用について、検討したのか。
蓄電池事業について、リスクと機会をどう評価しているのか。
主要取引先の環境変化をどう認識しているのか。
少数株主との対話を、どのように位置づけているのか。
これらに対して、合理的で具体的な説明がなされるなら、仮に山中氏側の提案を採用しなくても、一定のガバナンス上の説明責任は果たされる。
しかし、説明を避け、形式的な回答に終始し、株主総会を単なる通過儀礼として扱うなら、その姿勢こそが問題になる。
英国会社法の視点から見れば、それは第172条的な「会社の成功を促進する義務」と、第994条的な「少数株主への不公正な不利益」の双方に関わる重大なガバナンス論点である。
結論 コスモ問題は日本の未上場企業ガバナンスの試金石である
コスモ株式会社をめぐる問題は、単なる一社の株主提案ではない。
これは、日本の未上場企業が、主要株主からの企業価値向上提案にどう向き合うのかという、より大きな問題である。
未上場だから説明しなくてよい。
地方企業だから資本効率を問われなくてよい。
長年の経営慣行があるから外部株主を排除してよい。
少数株主の質問には形式的に答えれば足りる。
そのような時代は終わりつつある。
少数株ドットコム側は、コスモ株式16.2%を保有し、ROE8%目標、本社不動産活用、蓄電池事業参入、取締役選任など、具体的な提案を行っている。 さらに、株主総会に向けて、取締役会の見解を確認する事前質問状も送付している。
これに対し、コスモ経営陣がどのように答えるのか。
それは、森堅次社長個人の問題にとどまらない。
日本の未上場企業が、グローバル基準のガバナンスにどこまで近づけるのかを示す試金石である。
英国会社法の視点から見れば、取締役に求められるのは、株主全体の利益のために会社の成功を促進することであり、少数株主に不公正な不利益を与えないことである。
この原則は、日本企業にとっても無縁ではない。
コスモ株式会社が、株主総会を単なる通過儀礼で終わらせるのか。
それとも、主要株主からの問いに正面から答え、企業価値向上に向けた真の対話を始めるのか。
さくらフィナンシャルニュースは、今後の株主総会と同社経営陣の対応を、引き続きガバナンスの観点から注視していく。
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