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【司法の国際的羞恥】森まさこ元法務大臣に問われる政治責任            「無罪を証明すべき」発言と、検察行政危機をめぐる在任期の総括

日本の刑事司法は、いま大きな転換点に立っている。

袴田事件をはじめ、長年にわたり冤罪を訴え続けてきた事件が社会の注目を集め、再審法改正、証拠開示、検察官抗告、人質司法、取調べの可視化といった論点が、ようやく正面から議論されるようになっている。

その中で、元法務大臣の森まさこ氏も、再審制度の見直しや刑事司法改革について発言を重ねている。森氏は自身の発信でも、稲田朋美氏との対談で再審法改正を取り上げ、「なぜ無実の救済に20〜30年もかかるのか」と制度上の課題に言及している。

再審法改正そのものは重要である。冤罪救済の制度を整え、証拠開示を拡充し、再審開始決定後の長期化を防ぐことは、国家の根幹に関わる課題である。

しかし、森氏が司法改革を語るのであれば、避けて通れない問題がある。

それは、森氏自身が法務大臣だった時期に、カルロス・ゴーン氏の国外逃亡、黒川弘務・東京高検検事長の定年延長問題、検察庁法改正案への批判、そして法務・検察行政への国民的不信が一気に噴出したという事実である。

司法改革を語る者は、自らが権力の座にあった時、何をしたのか、何をしなかったのかを問われる。まして森氏は、法務行政の最高責任者であった人物である。

その在任期を十分に総括しないまま「司法改革」を語るなら、その言葉は軽くなる。

「無罪を証明すべき」発言がさらした推定無罪への理解不足

森氏の法務大臣時代における最も重大な失点の一つが、カルロス・ゴーン氏の国外逃亡後の記者会見における発言である。

2020年1月、森氏はゴーン氏について、「潔白というのならば、司法の場で正々堂々と無罪を証明すべき」と述べたと報じられた。弁護士ドットコムは、この発言について、森氏がその後「無罪の『主張』と言うところを『証明』と言い違えてしまいました」と訂正したことを伝えている。

問題は、この発言が単なる言い間違いで済むかどうかである。

近代刑事司法の大原則は、推定無罪である。

被告人が無罪を証明するのではない。

有罪を主張する検察官が、合理的な疑いを超えて有罪を立証しなければならない。

これは英米法、大陸法を問わず、近代法治国家における基本中の基本である。

もちろん、森氏は弁護士資格を持つ政治家であり、推定無罪の原則を知らなかったとは考えにくい。だからこそ、「言い違い」と訂正したのであろう。

しかし、法務大臣の発言は、単なる個人の失言ではない。

それは、日本の刑事司法を国際社会に説明する政府の言葉である。

ゴーン氏は当時、日本の刑事司法を「人質司法」と批判し、長期勾留や取調べの在り方、無罪推定の軽視を国際的に訴えていた。森氏自身のブログでも、ゴーン氏が日本の司法制度に対する「偽情報」を広めていると述べたこと、また日本の刑事司法について外国人記者に説明したことが記されている。

その局面で、法務大臣が「無罪を証明すべき」と受け取られる発言をしたことは、国際広報上も、法治国家としての信頼上も、極めて大きな失点だった。

ダイヤモンド・オンラインは当時、この発言を「国際社会をドン引きさせた」と厳しく評し、日本の司法に対するゴーン氏側の批判に説得力を与えてしまった趣旨で論じている。 また、弁護士による解説でも、刑事訴訟の大原則は無罪推定であり、有罪立証は検察官が行うべきものだと指摘されている。

森氏が再審法や冤罪救済を語るなら、この発言について、単なる「言い違い」以上の総括が必要である。

なぜ、あの局面でそのような表現が出たのか。

日本の刑事司法を国際社会に説明する責任者として、何が不足していたのか。

推定無罪の原則を、日本政府としてどのように再確認したのか。

人質司法批判に対し、制度改善の形で何を示したのか。

ここを曖昧にしたままでは、司法改革の言葉に説得力は生まれない。

法務大臣に与えられた「指揮監督」の責任

森氏の在任期を考えるうえで、もう一つ避けて通れないのが、法務大臣の検察に対する指揮監督権である。

検察庁法第14条は、法務大臣が検察官の事務に関し、検察官を一般に指揮監督できると定めている。ただし、個々の事件の取調べまたは処分については、検事総長のみを指揮できる。

この規定は、非常に重い。

検察は、捜査し、起訴し、国家刑罰権の発動を担う強大な組織である。その独立性は重要だが、独走が許されるわけではない。検察権力の適正な行使を担保するために、法務大臣には政治責任のもとでの指揮監督権が置かれている。

ただし、個別事件への指揮権発動は、政治介入との紙一重である。したがって、安易に発動すべきではない。これは大前提である。

しかし、指揮権を安易に発動すべきでないことと、法務大臣が検察行政の危機に対して十分な説明・監督・改革を行わなくてよいことは、まったく別である。

森氏の在任期には、検察行政の信頼を揺るがす問題が連続した。

黒川弘務・東京高検検事長の定年延長問題では、国家公務員法の定年延長規定を検察官に適用する解釈変更が大きな批判を招いた。衆議院に提出された森法務大臣不信任決議案の理由にも、森氏の閣議請議に基づいて黒川氏の勤務延長が決定されたこと、さらに検事総長任命も可能とする答弁書が閣議決定されたことが明記されている。

法律家団体からも、長年の法解釈を変更する過程や森氏の答弁の整合性について、厳しい批判が出された。

ここで問われるのは、森氏が個別事件に指揮権を発動すべきだったかという単純な話ではない。

法務大臣として、検察行政の透明性をどう確保したのか。

国民の疑念に対して、どのように説明責任を果たしたのか。

検察官人事の公正性について、どのような制度的手当てをしたのか。

検察権力への信頼回復のため、何を実行したのか。

再審法を語るなら、まずここを語るべきである。

「有罪率99.9%」の国で法務大臣が持つべき危機感

日本の刑事司法をめぐっては、「有罪率99%超」という数字が国際的にもたびたび注目される。

もちろん、有罪率の高さだけで司法制度の良し悪しを単純に判断することはできない。日本では、検察官が起訴する事件を厳選しているため、有罪率が高くなるという説明もある。

しかし、それでもこの数字は、刑事司法における構造的な緊張を示している。

一度起訴されると、無罪を勝ち取ることは極めて難しい。

検察官が持つ証拠へのアクセスは強い。

取調べの過程は長く問題視されてきた。

被疑者・被告人の身体拘束が自白圧力になり得る。

再審のハードルも高い。

このような制度のもとで、法務大臣が「無罪を証明すべき」と受け取られる発言をすれば、国際社会はどう見るか。

「やはり日本では、被告人が自分の無罪を証明しなければならないのか」

「無罪推定は本当に機能しているのか」

「人質司法批判は的外れではないのではないか」

そう受け取られても仕方がない。

森氏がこの発言を訂正したことは事実である。

しかし、訂正だけでは足りない。

なぜそのような言葉が法務大臣の口から出たのか。

日本の刑事司法を国際社会に説明する際、推定無罪や立証責任の原則をどれだけ強調したのか。

人質司法批判を単に「偽情報」として退けるのではなく、どの制度課題を認め、どこを改善すべきだと考えたのか。

この総括が必要である。

再審法を語るなら、法務・検察行政刷新会議の限界も語れ

森氏は、法務大臣在任中に「法務・検察行政刷新会議」を設置した。

同会議の報告書によれば、森前大臣は会議設置にあたり、①検察官の倫理、②未来志向での法務行政の透明化、③日本の刑事手続について国際的理解が得られる方策という三つの柱を示したとされている。

これは、検察行政への不信に対応するための制度的措置ではあった。

しかし、その内容が十分だったかは別問題である。

森氏自身も、2024年4月の参議院法務委員会で、法務大臣時代に法務・検察刷新会議を立ち上げたこと、人質司法という言葉が取りまとめに載っていること、関連議事録を探して法務省ホームページに載せた経緯などに触れている。

だが、刷新会議は刑事司法の根本改革にどこまで踏み込めたのか。

取調べへの弁護人立会いは実現したのか。

証拠開示は十分に拡大したのか。

検察官の倫理規律は実効的に強化されたのか。

人質司法批判に対する制度的回答は示されたのか。

再審制度の改善につながったのか。

ヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本の「人質司法」に関する報告で、森氏のもとで設置された会議について、刑事手続をめぐり両論併記にとどまり、改革を先送りする内容だったと批判的に評価している。

森氏がいま再審法改正を語るなら、自身が設置した会議の限界も含めて語る必要がある。

制度を変えられなかった理由は何か。

法務省内の抵抗は何だったのか。

検察側の論理にどこまで切り込めたのか。

なぜ冤罪救済や再審制度に十分な改革が及ばなかったのか。

この検証がなければ、現在の発言は「退任後の正論」に見えてしまう。

「ブーメラン言論」に見られないための条件

森氏が再審法改正を語ること自体は、否定されるべきではない。

むしろ、元法務大臣として、刑事司法の問題を語る責任はある。自民党内でも再審制度見直しをめぐる議論が続いており、森氏がその論点を発信することには一定の意味がある。

しかし、問題は語り方である。

過去に法務大臣として権限を持っていた人物が、退任後に「制度が悪い」「再審法を変えるべきだ」と語るなら、同時にこう問われる。

あなたが法務大臣だった時、何をしたのか。

何をしなかったのか。

どこまで検察行政に切り込んだのか。

なぜ日本の刑事司法への国際的批判を制度改革に変えられなかったのか。

「無罪を証明すべき」発言を、推定無罪の原則との関係でどう総括するのか。

この自己検証がなければ、発言はブーメランになる。

再審法改正を語る前に、法務大臣時代の検察行政危機をどう総括するのか。

推定無罪をめぐる発言をどう反省するのか。

指揮監督権を持つ立場として、検察の透明性をどこまで高めたのか。

これらを説明して初めて、森氏の司法改革論には重みが生まれる。

法務大臣の言葉は国益に直結する

ゴーン氏の国外逃亡は、日本にとって大きな国際的打撃だった。

日本の刑事司法は、海外メディアや国際社会から厳しく見られた。

「人質司法」という言葉も広く知られるようになった。

その局面で、法務大臣の発言は、日本の制度を守る盾でなければならなかった。

ところが、「無罪を証明すべき」という発言は、相手に批判材料を与えてしまった。

これは単なる言葉の問題ではない。

国益の問題である。

法務大臣は、国内向けに強い言葉を言えばよい立場ではない。

国際社会に対して、日本が近代法治国家であり、推定無罪を尊重し、検察権力を適切に統制していることを説明する責任がある。

その意味で、森氏の発言は、法務大臣として極めて重い失点だった。

だからこそ、森氏が今後も司法改革を語るなら、まずこの発言を「言い間違い」で終わらせず、国際的な文脈で総括すべきである。

結論――司法改革を語るなら、まず在任期の検証を

再審法改正は必要である。

冤罪救済は急務である。

証拠開示の拡充も必要である。

人質司法批判への制度的対応も避けられない。

しかし、その改革を語る人物が元法務大臣であるなら、過去の権力行使の検証から逃げてはならない。

森まさこ氏に問われているのは、司法改革への関心ではない。

法務大臣としての自らの在任期を、どこまで率直に総括できるかである。

「無罪を証明すべき」と受け取られた発言について、推定無罪の原則に照らしてどう反省するのか。

黒川氏の定年延長問題をめぐる法務省・検察庁・官邸の関係をどう総括するのか。

検察庁法14条に基づく法務大臣の指揮監督責任を、今どう理解しているのか。

法務・検察行政刷新会議は何を変え、何を変えられなかったのか。

人質司法や再審制度の問題に、なぜ在任中もっと踏み込めなかったのか。

これらに正面から答えないまま司法改革を語れば、その言葉は政治的パフォーマンスと受け取られかねない。

司法改革に必要なのは、きれいな言葉ではない。

権力を持っていた時に何をしたのかという検証である。

森氏が本気で再審法改正と刑事司法改革に向き合うなら、まず自らの法務大臣時代を国民に対して総括するべきである。

そのうえで、推定無罪、証拠開示、再審、検察権限、法務大臣の指揮監督責任について、具体的な制度改革案を示すべきである。

さくらフィナンシャルニュースは、再審法改正の行方とともに、司法改革を語る政治家自身の責任についても、引き続き厳しく検証していく。

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