
前号で本紙は、アパレル資材・バイアステープ大手であるコスモ株式会社をめぐるガバナンス問題について、英国会社法の観点から検証した。
コスモ株式会社は、大阪市東成区に本社を置く未上場会社であり、森堅次氏が代表取締役社長を務める企業である。少数株ドットコム株式会社は、2025年9月、コスモの株式16.2%を取得したと発表している。
同社株主である山中裕氏側は、コスモに対して、ROE8%目標の達成、資本効率の改善、大阪・玉造の本社不動産等の有効活用、そして不動産開発・系統用蓄電池事業への参入などを含む株主提案を行ってきた。少数株ドットコム側は、コスモのROE・ROAが資本市場の求める水準を下回っているとの問題意識を示し、停滞した現状を打破するには保有資産の有効活用や成長分野への参入が必要だと説明している。
さらに、2026年5月末に開催予定の第77期定時株主総会に向け、少数株ドットコム側は、ROE目標、資本効率、コーポレートガバナンスに関する取締役会の見解を確認するため、コスモ宛てに事前質問状を送付したと公表している。
では、この問題をアメリカ会社法、とりわけデラウェア州会社法や米国の閉鎖会社法理の観点から見た場合、何が争点となるのか。
結論から言えば、アメリカの裁判所が直ちに「即刻弾劾」や「解任」を命じると断定するのは、法的には慎重であるべきだ。米国でも、取締役には経営判断の裁量が認められるからである。
しかし、もし主要株主からの具体的な企業価値向上策に対し、取締役会が十分な情報収集も検討もせず、合理的な説明も行わず、自己保身や少数株主排除を目的として対応していると評価されるなら、米国会社法上も極めて重大な争点となる。
とりわけ、未上場会社・閉鎖会社において、16%超の主要株主を形式的に扱い、情報や対話から排除するような姿勢があるなら、それは米国の法感覚では「少数株主の抑圧」や「忠実義務違反」の問題として問われ得る。
1. 経営判断の原則は「万能の免罪符」ではない
アメリカ会社法を語るうえで、まず確認すべきなのが、Business Judgment Rule、すなわち経営判断の原則である。
これは、取締役が十分な情報をもとに、誠実に、会社の最善の利益のために経営判断を行った場合、裁判所はその判断内容を安易に後から置き換えないという法理である。
デラウェア州の会社法解説でも、取締役には忠実義務があり、取締役は会社の最善の利益を促進するため、誠実に行動し、会社を害する行為を避けるべきだと説明されている。 また、デラウェア法の基本を解説する法律事務所資料でも、取締役は注意義務と忠実義務を負い、注意義務は合理的に入手可能な重要情報に基づく、十分に情報を得た熟慮ある意思決定を要求するとされている。
つまり、アメリカ法が経営者を守るのは、取締役会がきちんと情報を集め、利害衝突なく、会社と株主の利益のために判断した場合である。
逆に言えば、取締役が自己保身、支配維持、特定株主の排除、不誠実な情報遮断を目的として行動していると疑われる場合、経営判断の原則という防壁は弱まる。
コスモのケースで問われるのは、まさにここである。
山中氏側からは、ROE8%目標、資本効率の改善、本社不動産の有効活用、蓄電池事業への参入など、具体的な企業価値向上策が提示されている。 それに対し、取締役会がどの程度情報を集め、どのような代替案を検討し、なぜ採用しないのかを説明するのか。
ここが、米国法的な意味での核心になる。
提案を採用しないこと自体は、直ちに違法ではない。
蓄電池事業に参入しない判断もあり得る。
本社不動産を売却しない判断もあり得る。
ROE8%目標をただちに掲げない判断もあり得る。
しかし、その判断が、熟慮された取締役会の判断なのか。
それとも、外部株主を煙たがり、現状維持を守るための形式的な拒絶なのか。
米国会社法の視点では、この差は決定的である。
2. 忠実義務違反として問われる「自己保身」の構造
アメリカ会社法において、取締役の忠実義務は極めて重い。
忠実義務とは、取締役が自分自身や特定の利害関係者の利益ではなく、会社と株主全体の利益のために行動しなければならないという義務である。会社に損害を与える行為、自己取引、利益相反、支配維持のための不誠実な行動は、この忠実義務の問題となる。
この観点から見れば、コスモ問題で問われるのは、森堅次社長体制が「会社価値の最大化」を本当に検討しているのか、それとも「経営陣の現状維持」を優先しているのかである。
山中氏側の提案は、単なる短期的な配当要求ではない。少数株ドットコム側は、コスモに対する株主提案の理由として、ROE・ROAの低迷、保有資産の有効活用、新規事業への参入、抜本的な事業ポートフォリオ再編の必要性を挙げている。
このような提案に対して、取締役会が具体的な検討過程を示さず、ただ「現状維持」で押し切るなら、米国の投資家や裁判所からは、次のような疑念が生じる。
経営陣は、本当に株主価値を考えているのか。
資産を眠らせることで、誰が利益を得ているのか。
成長投資を拒む理由は、事業上の合理性なのか、それとも失敗を恐れる保身なのか。
主要株主との対話を避けるのは、会社のためなのか、それとも経営陣の地位を守るためなのか。
もちろん、これらは事実認定を要する問題である。
だが、米国法の発想では、経営陣が「自分たちのポジションを守るために株主利益を犠牲にした」と評価されると、経営判断の原則による保護は大きく揺らぐ。
だからこそ、取締役会は説明責任を果たさなければならない。
3. 未上場会社における少数株主の抑圧
米国法でさらに重要なのが、閉鎖会社における少数株主保護である。
未上場会社や同族的色彩の強い会社では、株式の流動性が低く、少数株主は市場で自由に退出しにくい。そのため、多数派株主や経営陣が情報を遮断したり、利益配分を歪めたり、経営参加を排除したりすると、少数株主は極めて不利な立場に置かれる。
この問題に対し、米国の一部州では、少数株主の抑圧、いわゆる shareholder oppression や freeze-out の法理が発達してきた。
代表的に言及されるのが、マサチューセッツ州最高裁のDonahue v. Rodd Electrotype事件である。同事件に関する法学資料では、閉鎖会社の株主には公開会社よりも高い誠実義務・忠実義務が課されると判示されたことが紹介されている。 また、閉鎖会社における少数株主抑圧についての研究でも、閉鎖会社では少数株主の出口が限られるため、裁判所が抑圧救済を検討する必要があると論じられている。
この視点から見れば、コスモのような未上場会社で、16%超を保有する主要株主が経営上の重要事項について質問し、企業価値向上の提案を行っているにもかかわらず、会社側がそれを形式的にしか扱わない場合、米国法的には極めて深刻な問題として映る。
少数株主にとって、未上場株式は簡単に売却できない。
だからこそ、情報開示と対話が重要になる。
会社が対話を拒めば、少数株主は閉じ込められる。
この閉じ込めこそが、米国の閉鎖会社法理で問題視されてきた構造である。
コスモ経営陣が問われているのは、単に山中氏の提案を採用するか否かではない。
主要株主を、会社の正当な利害関係者として扱っているか。
事前質問状に実質的に答えるか。
ROEや資本効率の議論を取締役会で行っているか。
少数株主が合理的に判断できる情報を提供するか。
ここが問われているのである。
4. 「最高峰の知性」との対話拒絶は、経営能力の問題になる
山中裕氏は、東京大学経済学部を総代で卒業し、コロンビア大学大学院で金融工学を修めた投資家として紹介されている。少数株ドットコム側は、コスモへの株主提案においても、山中氏の専門的知見を活用し、不動産開発や蓄電池事業を強力に推進するため、同氏を取締役候補者として提案している。
もちろん、学歴や専門性があるからといって、その提案が常に正しいわけではない。
しかし、専門的知見を持つ主要株主が、資本効率改善と新規事業戦略について具体的な提案を行っている以上、経営陣はそれを真面目に検討しなければならない。
米国のビジネス社会では、株主との対話は経営の一部である。特に、資本効率、事業ポートフォリオ、成長投資、非中核資産活用に関する提案は、企業価値を高める可能性のある重要なインプットとして扱われる。
それを「外部株主の口出し」として処理するなら、問題は株主の側ではなく、経営者の側にある。
アクティビストは敵ではない。
企業価値向上のための圧力であり、時に外部からの戦略提案者でもある。
もちろん、アクティビストの要求をすべて受け入れる必要はない。
だが、無視することは最悪である。
米国の機関投資家や裁判所の感覚では、合理的な提案に対して対話を拒む経営者は、株主価値を毀損するリスク要因として見られる。
つまり、対話拒絶そのものが、経営能力の問題として評価されるのである。
5. 「価値破壊者」と見られるリスク
米国資本市場では、経営者は常に問われる。
その資本は、本当に最も価値を生む場所に使われているのか。
余剰資産を眠らせていないか。
低収益事業を温存していないか。
成長投資から逃げていないか。
株主との対話を避けていないか。
この問いに答えられない経営者は、value creator ではなく、value destroyer、すなわち価値破壊者と見られる。
コスモにおいても、ROE・ROA、保有不動産、既存事業の成長性、蓄電池事業の可能性などについて、経営陣が合理的な分析を示せるかが問われる。
山中氏側は、コスモの第77期定時株主総会に向けた事前質問状について、「ROE8%目標の達成」や「資本効率の改善」に向け、総会の場でより建設的な議論を行うことを目的に提出したと説明している。
この質問に対し、会社側が具体的な見解を示すなら、それは健全な対話の出発点となる。
一方、回答が抽象的・形式的なものにとどまるなら、米国的なガバナンス感覚では、経営陣が企業価値向上に向き合っていないとの疑念が強まる。
6. 米国司法は「形式」よりも実質を見る
アメリカの会社法は、しばしば株主資本主義の本場として語られる。
しかし、正確に言えば、米国司法は常に株主の言い分を全面的に認めるわけではない。デラウェア法は、取締役会の経営判断に大きな裁量を認める。2025年には、デラウェア会社法の改正により、利害関係取引や支配株主取引をめぐるセーフハーバーの枠組みが変更され、取締役・役員・支配株主に対する責任追及の範囲をめぐって議論が起きている。
つまり、米国法を「株主が必ず勝つ制度」と単純化してはいけない。
だが、それでもなお、米国法の強さは、形式ではなく実質を見る点にある。
取締役会が本当に独立しているのか。
十分な情報を得て判断したのか。
利益相反はないのか。
少数株主に対する不公正な扱いはないのか。
経営陣の行動は会社価値のためか、自己保身のためか。
この実質審査の視点から見れば、コスモ経営陣が株主提案にどう向き合うかは、極めて重要である。
「手続きは踏んだ」だけでは足りない。
「総会を開いた」だけでは足りない。
「回答した」だけでは足りない。
その回答が、実質的か。
検討過程が、合理的か。
少数株主への対応が、公正か。
経営判断が、会社価値向上に向いているか。
ここが、問われるのである。
結論――コスモ問題は日米ガバナンス格差を映す鏡である
コスモ株式会社をめぐる問題は、一地方未上場企業の内輪揉めではない。
それは、日本の未上場企業が、グローバル基準の株主対応、資本効率、少数株主保護、建設的対話にどこまで向き合えるのかを映す鏡である。
米国会社法の観点から見れば、取締役は経営判断の裁量を持つ。
しかし、その裁量は、十分な情報、誠実な検討、忠実義務、少数株主への公正な対応を前提としている。
自己保身や少数株主排除が疑われる場合、経営判断の原則は万能の盾にはならない。
また、未上場会社では少数株主の出口が限られるため、経営陣による情報遮断や対話拒絶は、上場会社以上に深刻な問題となり得る。
森堅次社長体制に問われているのは、山中氏の提案を丸呑みすることではない。
問われているのは、主要株主からの合理的な問いに、取締役会として正面から答えること。
ROEや資本効率について、具体的な見解を示すこと。
不動産や蓄電池事業について、検討の有無と理由を説明すること。
少数株主を敵視せず、会社価値向上の対話相手として扱うこと。
それができなければ、アメリカの裁判所で「即刻弾劾」とまで断定するかは別としても、米国基準のガバナンスから見て、重大な経営上の欠陥と評価される可能性は高い。
現代の資本市場は、未上場企業であっても、閉鎖的な経営を許さない方向へ向かっている。
コスモ株式会社が、株主総会を単なる通過儀礼で終わらせるのか。
それとも、主要株主との建設的な対話を通じて、企業価値向上に向けた議論を始めるのか。
その対応は、日米英のガバナンス格差を測る一つの試金石となる。
さくらフィナンシャルニュースは、コスモ株式会社の株主総会と森経営陣の対応を、今後もグローバル基準の観点から検証し続ける。
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