財政再建とは、国民に痛みを押しつけることではない。
雇用を増やし、経済を成長させながら、国家への信用を取り戻すことである。
「財政再建」と聞くと、どのような政策を思い浮かべるだろうか。
社会保障の削減。
公務員給与の引き下げ。
増税。
公共投資の抑制。
国の支出を徹底的に切り詰め、赤字を減らしていく。
確かに、財政危機に陥った国には、歳出の見直しが必要になる。しかし、支出を削れば削るほど、必ず財政が改善するわけではない。
政府支出を急激に減らせば、家計の所得が減り、消費が落ち込む。企業の売上が減れば、雇用も失われる。失業者が増えれば、税収は減少し、社会保障費は逆に膨らむ。
財政を再建するための緊縮策が、経済そのものを弱らせ、さらに財政を悪化させることもある。
では、財政規律を守りながら、雇用と成長を回復させることは可能なのか。
この難題に挑んだ人物が、ポルトガルの経済学者であり、元財務大臣、元ユーログループ議長、前ポルトガル銀行総裁のマリオ・センテーノである。
センテーノは、大学で経済学を研究してきた学者でありながら、2015年に政治の世界へ入り、財政危機後のポルトガル経済を運営する責任者となった。
彼が目指したのは、緊縮政策を全面否定することではなかった。
一方で、財政赤字を無視して国民への給付を拡大することでもなかった。
欧州連合の財政ルールを守りながら、家計所得、雇用、内需を回復させ、経済成長によって財政を立て直す。
その政策運営によってセンテーノは、厳格な財政規律を重視してきたドイツの財務相からも高く評価され、「ECOFINのロナウド」と呼ばれるようになった。
ポルトガルのサッカー界を象徴するクリスティアーノ・ロナウドになぞらえた、異例の称賛だった。
経済危機に揺れたポルトガル
センテーノの政策を理解するには、まずポルトガルが置かれていた状況を知る必要がある。
2008年の世界金融危機と、その後の欧州債務危機によって、ポルトガル経済は深刻な打撃を受けた。
経済成長は停滞し、財政赤字と政府債務は拡大した。国債の信用も低下し、政府が市場から資金を調達するために支払う金利は急上昇した。
2011年、ポルトガル政府は自力での資金調達が難しくなり、欧州連合、欧州中央銀行、国際通貨基金から金融支援を受けることになった。
支援の条件として求められたのが、厳しい財政再建と構造改革である。
公務員給与や年金の抑制、増税、政府支出の削減、国有企業の民営化、労働市場改革などが実施された。
こうした政策によって、財政と国際収支は一定程度改善した。
しかし、その代償も大きかった。
失業率は上昇し、多くの若者が仕事を求めて国外へ流出した。家計所得と国内消費は落ち込み、企業倒産や貧困の拡大が社会問題となった。
2014年、ポルトガルは金融支援プログラムを終了した。
それでも、高い政府債務、低い生産性、脆弱な銀行部門、若者の失業といった問題は残された。
国際金融市場からの信用を守るためには、財政規律を維持しなければならない。
しかし、緊縮政策を続ければ、国民生活と経済成長がさらに傷つく可能性がある。
この難しい局面で、財務大臣に就任したのがマリオ・センテーノだった。
数学と経済学を学んだ労働経済学者
マリオ・センテーノは、1966年にポルトガル南部のオリャンで生まれた。
リスボン大学の経済経営学部で経済学を学び、1990年に卒業。その後、応用数学の修士号を取得した。
さらにアメリカのハーバード大学へ留学し、経済学の修士号と博士号を取得した。
センテーノの専門は、労働経済学である。
労働経済学は、賃金がどのように決まるのか、なぜ失業が生まれるのか、企業はどのように人材を採用するのか、雇用制度が生産性にどのような影響を与えるのかを研究する分野だ。
財政を扱う政治家と聞くと、税金や国債、政府支出を専門とする人物を想像しやすい。
しかし、センテーノの出発点は「働く人」と「雇用」だった。
財政収支を改善するにも、数字だけを操作すればよいわけではない。
失業者が減り、働く人が増えれば、所得税や社会保険料の収入が増える。
家計所得が増えれば、消費が拡大し、企業の売上と付加価値も増える。
企業活動が活発になれば、法人税収も増える。
反対に、失業が増えれば税収は減り、失業給付などの支出が増える。
つまり、雇用政策と財政政策は切り離せない。
労働経済学者だったセンテーノが財務大臣として重視したのも、財政赤字だけではなく、雇用、所得、成長を含めた経済全体の循環だった。
中央銀行の経済学者から政治の世界へ
センテーノは博士号取得後、ポルトガル銀行で経済学者として勤務した。
中央銀行では、労働市場、雇用、賃金、マクロ経済統計などの分析に携わった。
大学でも教壇に立ち、研究者として論文を発表するなど、長年にわたって学術と政策分析の世界で活動してきた。
彼が本格的に政治へ転身したのは2015年である。
社会党を率いるアントニオ・コスタの経済政策づくりに参加し、総選挙後に成立した政権で財務大臣に就任した。
当時の政権は、社会党を中心に、左派政党の議会協力を得て成立していた。
そのため、欧州の市場関係者や政策担当者の間では、ポルトガルが財政規律を放棄するのではないかという懸念が広がった。
最低賃金や年金を引き上げ、公務員給与の削減を戻せば、再び赤字が拡大するのではないか。
左派政権が、金融支援後に進められてきた改革を逆転させるのではないか。
センテーノに向けられた視線は、決して好意的なものばかりではなかった。
しかし、彼が選んだ道は、単純な「反緊縮」ではなかった。
緊縮によって失われた所得の一部を家計へ戻しながら、欧州連合の財政基準は守る。
国民生活の回復と財政規律を、同時に実現しようとしたのである。
「緊縮をやめた」のではなく、緊縮の方法を変えた
センテーノ財政運営の特徴は、財政再建か景気回復かという二者択一を避けた点にある。
政府は、金融支援期に削減された公務員給与を段階的に回復させ、年金や最低賃金を引き上げた。
家計の可処分所得を支え、国内消費を回復させようとしたのである。
同時に、財政支出全体を無制限に増やしたわけではない。
予算執行を厳格に管理し、政府支出の伸びを抑え、税収の増加を財政赤字の縮小へ
つなげた。
家計所得を回復させる政策だけを見れば、財政拡張的に映る。
しかし、政府全体の支出管理は慎重だった。
言い換えれば、センテーノは緊縮を完全に放棄したのではない。
国民の賃金や年金を直接削る緊縮から、予算執行と経済成長によって財政収支を改善する方法へ、重点を移したのである。
経済が成長すれば、税率を引き上げなくても税収は増える。
雇用が増えれば、失業給付が減り、社会保険料収入が増える。
国の信用が改善すれば、国債金利が低下し、利払い費も抑えられる。
財政再建を、支出削減だけでなく、経済全体の回復によって進める。
これがセンテーノの政策運営の核心だった。
失業率の低下が財政を支えた
ポルトガル経済の回復を象徴したのが、雇用の改善である。
欧州債務危機の最中、ポルトガルの失業率は極めて高い水準に達していた。
特に若者の失業は深刻で、多くの人材がフランス、ドイツ、イギリス、ルクセンブルクなどへ移住した。
しかし、景気の回復とともに雇用は増加した。
輸出や観光業が伸び、国内消費も回復した。長期失業者や若年層を含め、労働市場の状況は改善へ向かった。
センテーノにとって、失業率の低下は単なる社会政策上の成果ではなかった。
それは財政再建の一部でもあった。
働く人が増えれば、税収と社会保険料収入が増える。
失業給付への支出は減る。
所得を得た家計が消費すれば、付加価値税の税収も増える。
労働経済学者であるセンテーノは、雇用の回復が財政の安定につながる仕組みを理解していた。
財政を立て直すために雇用を犠牲にするのではなく、雇用を増やすことによって財政を立て直す。
この発想が、ポルトガルの回復を説明する重要な鍵である。
欧州連合の「問題国」から模範国へ
センテーノが財務大臣に就任した当初、ポルトガルは欧州連合の財政ルールを守れるのか疑問視されていた。
EU加盟国は原則として、政府の財政赤字を国内総生産の3%以内に抑えることを求められる。
ポルトガルは長年、この基準を安定的に達成できず、過剰財政赤字是正手続きの対象となっていた。
政権発足直後には、欧州委員会から制裁を受ける可能性さえ取り沙汰された。
ところが、ポルトガルの財政赤字は縮小し、2017年には過剰財政赤字是正手続きを終了した。
経済成長が続き、雇用も改善した。国債への信用も回復し、政府の資金調達費用は低下した。
かつて救済を受けた南欧の小国が、財政規律と成長を両立させる事例として注目されるようになったのである。
もっとも、ポルトガル経済の回復をセンテーノ一人の功績とするのは正確ではない。
金融支援期に進められた調整、欧州中央銀行の金融緩和、観光業の拡大、輸出環境の改善、国際的な低金利など、複数の要因が回復を支えていた。
前政権による改革が、経済の基盤を整えたという評価もある。
それでもセンテーノが高く評価されたのは、回復の流れを壊さず、左派政権の社会政策と欧州の財政規律を両立させたからである。
政治的に対立しやすい二つの要求の間で、現実的な落としどころを作った。
そこに、学者出身の政策実務家としての力量が表れている。
ショイブレが認めた「ECOFINのロナウド」
センテーノの評価を象徴するのが、「ロナウド」という呼び名である。
当時のドイツ財務相ウォルフガング・ショイブレは、欧州でも特に財政規律を重視する政治家として知られていた。
債務危機の際には、南欧諸国に厳しい改革と歳出削減を求めた人物である。
そのショイブレが、ポルトガルの財政改善を受けて、センテーノを「ECOFINのロナウド」と評した。
ECOFINとは、EU加盟国の経済・財務担当相が参加する理事会である。
ポルトガル出身の世界的なサッカー選手、クリスティアーノ・ロナウドに重ねた表現だった。
それまでのショイブレは、ポルトガルの左派政権に対して警戒感を示していた。
だからこそ、この称賛には大きな意味があった。
財政規律を放棄すると疑われていた政権の財務大臣が、欧州を代表する財政規律派から認められたのである。
センテーノは、反緊縮を叫んで欧州と対立したのではない。
結果を示すことによって、欧州内部での信用を獲得した。
財政赤字、成長率、雇用、国債金利という数字を改善させ、ポルトガルへの見方を変えたのである。
債務危機国からユーロ圏財務相の代表へ
2017年12月、センテーノはユーログループ議長に選出された。
ユーログループは、ユーロを採用する国々の財務大臣が集まり、ユーロ圏の経済政策や財政問題を協議する会合である。
単なる意見交換の場ではない。
加盟国の予算、金融支援、銀行制度、欧州安定メカニズム、ユーロ圏改革など、欧州経済の重要課題を扱う。
その議長は、北欧・中欧の財政規律を重視する国々と、南欧の成長や雇用を重視する国々の意見を調整しなければならない。
センテーノの選出には、象徴的な意味があった。
ポルトガルは、わずか数年前までEUとIMFの金融支援を受けていた国である。
その国の財務大臣が、ユーロ圏の財務相会合を率いる立場に就いた。
「支援を受ける側」だった国が、欧州経済政策の調整役を担うまでに信用を回復したのである。
センテーノは2018年1月から2020年7月まで議長を務めた。
在任中には、ギリシャの金融支援プログラム終了、銀行同盟、ユーロ圏の財政能力、欧州安定メカニズム改革などの議論に関わった。
ユーロ圏には、一つの通貨と中央銀行がある。
しかし、財政政策は加盟国ごとに異なる。
景気や物価、失業率、政府債務の状況も国によって違う。
この不完全な仕組みの中で合意を作ることが、ユーログループ議長の役割だった。
財政再建の成功だけでは見えない課題
センテーノの政策は高く評価されたが、批判や課題がなかったわけではない。
第一に、財政収支の改善が、公共投資の抑制によって支えられていたという指摘がある。
道路、鉄道、病院、学校などへの投資を先送りすれば、短期的には財政赤字を減らせる。
しかし、設備の老朽化や公共サービスの低下を招けば、長期的な成長力を損なう可能性がある。
第二に、ポルトガルの税負担は重く、家計や企業の負担感が残った。
支出を抑えながら税収を確保する政策は、財政収支を改善する一方で、可処分所得や投資を圧迫することもある。
第三に、生産性の低さという構造問題は解決されなかった。
観光業やサービス業によって雇用が増えても、低賃金や非正規雇用に偏れば、国民の生活水準は大きく向上しない。
優秀な若者の国外流出、企業規模の小ささ、研究開発投資の不足、行政や司法の非効率性も残った。
失業率が低下することと、高付加価値の仕事が増えることは同じではない。
センテーノの財政運営は、危機後の安定を取り戻すことには成功した。
しかし、ポルトガルを欧州の高所得国へ押し上げるほどの生産性革命を実現したわけではない。
この点は、彼の実績を評価する際に見落としてはならない。
財務大臣から中央銀行総裁へ
センテーノは2020年6月にポルトガル財務大臣を退任し、同年7月にポルトガル銀行総裁へ就任した。
財務大臣は、税金、予算、国債発行などを通じて政府の経済政策を担う。
これに対し、中央銀行総裁は、物価の安定、金融システムの監督、銀行の健全性、金融政策などに関わる。
ユーロ加盟国であるポルトガルでは、金利などの主要な金融政策は欧州中央銀行が決定する。
そのため、ポルトガル銀行総裁は、欧州中央銀行の政策決定にも参加する。
政府で財政政策を担当した人物が、中央銀行で金融政策と金融安定を担う。
センテーノは、学者、中央銀行のエコノミスト、財務大臣、ユーログループ議長、中央銀行総裁という異例の経歴を歩んだ。
一方で、財務大臣退任直後に中央銀行総裁へ就任したことには、中央銀行の政治的独立性という観点から批判も出た。
中央銀行は、政府から距離を置き、短期的な政治判断に左右されずに金融政策や銀行監督を行うことが求められる。
直前まで政権の中枢にいた人物が総裁になることは、形式上の適法性とは別に、独立性への疑念を招く可能性がある。
センテーノの経歴は、専門知識と政策経験の強みを示すと同時に、政治と中央銀行の適切な距離という問題も提起した。
学者は政治の現場で何ができるのか
優れた経済学者が、必ず優れた政治家になるとは限らない。
経済学では、前提条件を置き、データと理論によって政策効果を分析する。
しかし、政治の現場では、正しい理論だけでは政策を実行できない。
議会の支持を得る必要がある。
労働組合や企業、官僚、自治体、EU機関、金融市場とも交渉しなければならない。
政策には利益を得る人と負担を負う人が生まれ、社会的な反発も起きる。
センテーノが注目されたのは、研究者としての知識を持ちながら、政治的な合意形成にも対応したからである。
国内では、緊縮に疲れた国民と左派政党の要求を受け止めた。
国外では、欧州委員会やドイツをはじめとする財政規律派を納得させた。
家計所得を回復させながら、予算全体では赤字を縮小した。
単純なイデオロギーではなく、複数の制約の中で実行可能な政策を組み立てたのである。
ポルトガルの経験が日本に問いかけるもの
日本でも、財政再建をめぐる議論は長年続いている。
政府債務が大きい以上、歳出削減や増税が必要だという意見がある。
一方で、経済が弱いときに負担を増やせば、消費と投資が落ち込み、かえって税収が減るという意見もある。
センテーノの経験が示すのは、財政規律と経済成長を完全な対立関係として考えるべきではないということだ。
重要なのは、何を削り、何を守り、どこへ投資するのかである。
将来の生産性を高める教育、研究開発、デジタル化、交通、エネルギーへの投資まで削れば、短期的に赤字が減っても、長期的な税収基盤は弱くなる。
反対に、効果の乏しい補助金や既得権化した支出を温存すれば、財政負担だけが残る。
財政再建は、すべての支出を一律に減らす作業ではない。
経済成長と雇用を生み出す支出を選び、持続可能でない支出を見直す作業である。
ただし、ポルトガルと日本では条件が異なる。
ポルトガルはユーロを使用し、自国だけで金融政策や通貨発行を決められない。市場からの信用が失われれば、資金調達が急速に困難になる。
日本は自国通貨建て国債を発行し、独自の中央銀行を持つ。
そのため、ポルトガルの政策をそのまま日本へ当てはめることはできない。
それでも、雇用と成長を無視した財政再建は持続しないという教訓は共通している。
財政の数字を、人間の生活へつなげた経済学者
マリオ・センテーノの実績は、財政赤字を減らしたことだけではない。
財政収支、雇用、賃金、消費、金利、国際的な信用が互いにつながっていることを、政策の現場で示した点にある。
財政赤字は、政府の帳簿に記載される数字である。
しかし、その数字の背後には、働く人、失業した人、年金で生活する人、事業を続ける企業、国外へ移住する若者がいる。
赤字だけを減らしても、国民が働く場所を失い、企業が成長できなければ、国家の経済基盤は弱くなる。
一方で、国民生活を守るという名目で赤字を放置し、政府への信用を失えば、金利上昇や金融危機によって、より大きな負担が国民へ戻ってくる。
必要なのは、財政規律か国民生活かという二者択一ではない。
国民生活を回復させることによって、財政も安定させる道を探ることである。
もちろん、センテーノの政策は完全ではなかった。
公共投資、生産性、賃金水準、税負担など、ポルトガルには現在も多くの課題が残る。
それでも、金融支援を受けた国の財務大臣が、数年後にはユーロ圏財務相会合の議長に選ばれた事実は重い。
危機によって失われた信用は、政策の結果によって取り戻すことができる。
経済学者の知識は、政治的な決断と実行力が伴ったとき、国家の進路を変える力を持つ。
「欧州経済界のロナウド」と呼ばれたマリオ・センテーノは、財政再建を単なる支出削減ではなく、雇用、成長、信用を取り戻す総合的な政策として実践した人物なのである。
マリオ・センテーノ略歴
マリオ・センテーノは、1966年にポルトガル南部のオリャンで生まれた経済学者、大学教授、政策実務家である。
リスボン大学で経済学を学び、応用数学の修士号を取得。その後、ハーバード大学で経済学の修士号と博士号を取得した。
専門は労働経済学、計量経済学、ミクロ経済学、契約理論など。ポルトガル銀行のエコノミストや大学教授を経て、2015年11月にポルトガル財務大臣へ就任した。
2018年1月から2020年7月までユーログループ議長を務め、ユーロ圏各国の財政・経済政策の調整を担った。
2020年7月から2025年10月までポルトガル銀行総裁を務め、欧州中央銀行政策理事会のメンバーとして金融政策にも関与した。
【ポルトガル経済学の実力者④】マリオ・センテーノ
緊縮か、成長か――財政危機の国を立て直し、「欧州経済界のロナウド」と呼ばれた経済学者
財政再建とは、国民に痛みを押しつけることではない。
雇用を増やし、経済を成長させながら、国家への信用を取り戻すことである。
「財政再建」と聞くと、どのような政策を思い浮かべるだろうか。
社会保障の削減。
公務員給与の引き下げ。
増税。
公共投資の抑制。
国の支出を徹底的に切り詰め、赤字を減らしていく。
確かに、財政危機に陥った国には、歳出の見直しが必要になる。しかし、支出を削れば削るほど、必ず財政が改善するわけではない。
政府支出を急激に減らせば、家計の所得が減り、消費が落ち込む。企業の売上が減れば、雇用も失われる。失業者が増えれば、税収は減少し、社会保障費は逆に膨らむ。
財政を再建するための緊縮策が、経済そのものを弱らせ、さらに財政を悪化させることもある。
では、財政規律を守りながら、雇用と成長を回復させることは可能なのか。
この難題に挑んだ人物が、ポルトガルの経済学者であり、元財務大臣、元ユーログループ議長、前ポルトガル銀行総裁のマリオ・センテーノである。
センテーノは、大学で経済学を研究してきた学者でありながら、2015年に政治の世界へ入り、財政危機後のポルトガル経済を運営する責任者となった。
彼が目指したのは、緊縮政策を全面否定することではなかった。
一方で、財政赤字を無視して国民への給付を拡大することでもなかった。
欧州連合の財政ルールを守りながら、家計所得、雇用、内需を回復させ、経済成長によって財政を立て直す。
その政策運営によってセンテーノは、厳格な財政規律を重視してきたドイツの財務相からも高く評価され、「ECOFINのロナウド」と呼ばれるようになった。
ポルトガルのサッカー界を象徴するクリスティアーノ・ロナウドになぞらえた、異例の称賛だった。
経済危機に揺れたポルトガル
センテーノの政策を理解するには、まずポルトガルが置かれていた状況を知る必要がある。
2008年の世界金融危機と、その後の欧州債務危機によって、ポルトガル経済は深刻な打撃を受けた。
経済成長は停滞し、財政赤字と政府債務は拡大した。国債の信用も低下し、政府が市場から資金を調達するために支払う金利は急上昇した。
2011年、ポルトガル政府は自力での資金調達が難しくなり、欧州連合、欧州中央銀行、国際通貨基金から金融支援を受けることになった。
支援の条件として求められたのが、厳しい財政再建と構造改革である。
公務員給与や年金の抑制、増税、政府支出の削減、国有企業の民営化、労働市場改革などが実施された。
こうした政策によって、財政と国際収支は一定程度改善した。
しかし、その代償も大きかった。
失業率は上昇し、多くの若者が仕事を求めて国外へ流出した。家計所得と国内消費は落ち込み、企業倒産や貧困の拡大が社会問題となった。
2014年、ポルトガルは金融支援プログラムを終了した。
それでも、高い政府債務、低い生産性、脆弱な銀行部門、若者の失業といった問題は残された。
国際金融市場からの信用を守るためには、財政規律を維持しなければならない。
しかし、緊縮政策を続ければ、国民生活と経済成長がさらに傷つく可能性がある。
この難しい局面で、財務大臣に就任したのがマリオ・センテーノだった。
数学と経済学を学んだ労働経済学者
マリオ・センテーノは、1966年にポルトガル南部のオリャンで生まれた。
リスボン大学の経済経営学部で経済学を学び、1990年に卒業。その後、応用数学の修士号を取得した。
さらにアメリカのハーバード大学へ留学し、経済学の修士号と博士号を取得した。
センテーノの専門は、労働経済学である。
労働経済学は、賃金がどのように決まるのか、なぜ失業が生まれるのか、企業はどのように人材を採用するのか、雇用制度が生産性にどのような影響を与えるのかを研究する分野だ。
財政を扱う政治家と聞くと、税金や国債、政府支出を専門とする人物を想像しやすい。
しかし、センテーノの出発点は「働く人」と「雇用」だった。
財政収支を改善するにも、数字だけを操作すればよいわけではない。
失業者が減り、働く人が増えれば、所得税や社会保険料の収入が増える。
家計所得が増えれば、消費が拡大し、企業の売上と付加価値も増える。
企業活動が活発になれば、法人税収も増える。
反対に、失業が増えれば税収は減り、失業給付などの支出が増える。
つまり、雇用政策と財政政策は切り離せない。
労働経済学者だったセンテーノが財務大臣として重視したのも、財政赤字だけではなく、雇用、所得、成長を含めた経済全体の循環だった。
中央銀行の経済学者から政治の世界へ
センテーノは博士号取得後、ポルトガル銀行で経済学者として勤務した。
中央銀行では、労働市場、雇用、賃金、マクロ経済統計などの分析に携わった。
大学でも教壇に立ち、研究者として論文を発表するなど、長年にわたって学術と政策分析の世界で活動してきた。
彼が本格的に政治へ転身したのは2015年である。
社会党を率いるアントニオ・コスタの経済政策づくりに参加し、総選挙後に成立した政権で財務大臣に就任した。
当時の政権は、社会党を中心に、左派政党の議会協力を得て成立していた。
そのため、欧州の市場関係者や政策担当者の間では、ポルトガルが財政規律を放棄するのではないかという懸念が広がった。
最低賃金や年金を引き上げ、公務員給与の削減を戻せば、再び赤字が拡大するのではないか。
左派政権が、金融支援後に進められてきた改革を逆転させるのではないか。
センテーノに向けられた視線は、決して好意的なものばかりではなかった。
しかし、彼が選んだ道は、単純な「反緊縮」ではなかった。
緊縮によって失われた所得の一部を家計へ戻しながら、欧州連合の財政基準は守る。
国民生活の回復と財政規律を、同時に実現しようとしたのである。
「緊縮をやめた」のではなく、緊縮の方法を変えた
センテーノ財政運営の特徴は、財政再建か景気回復かという二者択一を避けた点にある。
政府は、金融支援期に削減された公務員給与を段階的に回復させ、年金や最低賃金を引き上げた。
家計の可処分所得を支え、国内消費を回復させようとしたのである。
同時に、財政支出全体を無制限に増やしたわけではない。
予算執行を厳格に管理し、政府支出の伸びを抑え、税収の増加を財政赤字の縮小へ
つなげた。
家計所得を回復させる政策だけを見れば、財政拡張的に映る。
しかし、政府全体の支出管理は慎重だった。
言い換えれば、センテーノは緊縮を完全に放棄したのではない。
国民の賃金や年金を直接削る緊縮から、予算執行と経済成長によって財政収支を改善する方法へ、重点を移したのである。
経済が成長すれば、税率を引き上げなくても税収は増える。
雇用が増えれば、失業給付が減り、社会保険料収入が増える。
国の信用が改善すれば、国債金利が低下し、利払い費も抑えられる。
財政再建を、支出削減だけでなく、経済全体の回復によって進める。
これがセンテーノの政策運営の核心だった。
失業率の低下が財政を支えた
ポルトガル経済の回復を象徴したのが、雇用の改善である。
欧州債務危機の最中、ポルトガルの失業率は極めて高い水準に達していた。
特に若者の失業は深刻で、多くの人材がフランス、ドイツ、イギリス、ルクセンブルクなどへ移住した。
しかし、景気の回復とともに雇用は増加した。
輸出や観光業が伸び、国内消費も回復した。長期失業者や若年層を含め、労働市場の状況は改善へ向かった。
センテーノにとって、失業率の低下は単なる社会政策上の成果ではなかった。
それは財政再建の一部でもあった。
働く人が増えれば、税収と社会保険料収入が増える。
失業給付への支出は減る。
所得を得た家計が消費すれば、付加価値税の税収も増える。
労働経済学者であるセンテーノは、雇用の回復が財政の安定につながる仕組みを理解していた。
財政を立て直すために雇用を犠牲にするのではなく、雇用を増やすことによって財政を立て直す。
この発想が、ポルトガルの回復を説明する重要な鍵である。
欧州連合の「問題国」から模範国へ
センテーノが財務大臣に就任した当初、ポルトガルは欧州連合の財政ルールを守れるのか疑問視されていた。
EU加盟国は原則として、政府の財政赤字を国内総生産の3%以内に抑えることを求められる。
ポルトガルは長年、この基準を安定的に達成できず、過剰財政赤字是正手続きの対象となっていた。
政権発足直後には、欧州委員会から制裁を受ける可能性さえ取り沙汰された。
ところが、ポルトガルの財政赤字は縮小し、2017年には過剰財政赤字是正手続きを終了した。
経済成長が続き、雇用も改善した。国債への信用も回復し、政府の資金調達費用は低下した。
かつて救済を受けた南欧の小国が、財政規律と成長を両立させる事例として注目されるようになったのである。
もっとも、ポルトガル経済の回復をセンテーノ一人の功績とするのは正確ではない。
金融支援期に進められた調整、欧州中央銀行の金融緩和、観光業の拡大、輸出環境の改善、国際的な低金利など、複数の要因が回復を支えていた。
前政権による改革が、経済の基盤を整えたという評価もある。
それでもセンテーノが高く評価されたのは、回復の流れを壊さず、左派政権の社会政策と欧州の財政規律を両立させたからである。
政治的に対立しやすい二つの要求の間で、現実的な落としどころを作った。
そこに、学者出身の政策実務家としての力量が表れている。
ショイブレが認めた「ECOFINのロナウド」
センテーノの評価を象徴するのが、「ロナウド」という呼び名である。
当時のドイツ財務相ウォルフガング・ショイブレは、欧州でも特に財政規律を重視する政治家として知られていた。
債務危機の際には、南欧諸国に厳しい改革と歳出削減を求めた人物である。
そのショイブレが、ポルトガルの財政改善を受けて、センテーノを「ECOFINのロナウド」と評した。
ECOFINとは、EU加盟国の経済・財務担当相が参加する理事会である。
ポルトガル出身の世界的なサッカー選手、クリスティアーノ・ロナウドに重ねた表現だった。
それまでのショイブレは、ポルトガルの左派政権に対して警戒感を示していた。
だからこそ、この称賛には大きな意味があった。
財政規律を放棄すると疑われていた政権の財務大臣が、欧州を代表する財政規律派から認められたのである。
センテーノは、反緊縮を叫んで欧州と対立したのではない。
結果を示すことによって、欧州内部での信用を獲得した。
財政赤字、成長率、雇用、国債金利という数字を改善させ、ポルトガルへの見方を変えたのである。
債務危機国からユーロ圏財務相の代表へ
2017年12月、センテーノはユーログループ議長に選出された。
ユーログループは、ユーロを採用する国々の財務大臣が集まり、ユーロ圏の経済政策や財政問題を協議する会合である。
単なる意見交換の場ではない。
加盟国の予算、金融支援、銀行制度、欧州安定メカニズム、ユーロ圏改革など、欧州経済の重要課題を扱う。
その議長は、北欧・中欧の財政規律を重視する国々と、南欧の成長や雇用を重視する国々の意見を調整しなければならない。
センテーノの選出には、象徴的な意味があった。
ポルトガルは、わずか数年前までEUとIMFの金融支援を受けていた国である。
その国の財務大臣が、ユーロ圏の財務相会合を率いる立場に就いた。
「支援を受ける側」だった国が、欧州経済政策の調整役を担うまでに信用を回復したのである。
センテーノは2018年1月から2020年7月まで議長を務めた。
在任中には、ギリシャの金融支援プログラム終了、銀行同盟、ユーロ圏の財政能力、欧州安定メカニズム改革などの議論に関わった。
ユーロ圏には、一つの通貨と中央銀行がある。
しかし、財政政策は加盟国ごとに異なる。
景気や物価、失業率、政府債務の状況も国によって違う。
この不完全な仕組みの中で合意を作ることが、ユーログループ議長の役割だった。
財政再建の成功だけでは見えない課題
センテーノの政策は高く評価されたが、批判や課題がなかったわけではない。
第一に、財政収支の改善が、公共投資の抑制によって支えられていたという指摘がある。
道路、鉄道、病院、学校などへの投資を先送りすれば、短期的には財政赤字を減らせる。
しかし、設備の老朽化や公共サービスの低下を招けば、長期的な成長力を損なう可能性がある。
第二に、ポルトガルの税負担は重く、家計や企業の負担感が残った。
支出を抑えながら税収を確保する政策は、財政収支を改善する一方で、可処分所得や投資を圧迫することもある。
第三に、生産性の低さという構造問題は解決されなかった。
観光業やサービス業によって雇用が増えても、低賃金や非正規雇用に偏れば、国民の生活水準は大きく向上しない。
優秀な若者の国外流出、企業規模の小ささ、研究開発投資の不足、行政や司法の非効率性も残った。
失業率が低下することと、高付加価値の仕事が増えることは同じではない。
センテーノの財政運営は、危機後の安定を取り戻すことには成功した。
しかし、ポルトガルを欧州の高所得国へ押し上げるほどの生産性革命を実現したわけではない。
この点は、彼の実績を評価する際に見落としてはならない。
財務大臣から中央銀行総裁へ
センテーノは2020年6月にポルトガル財務大臣を退任し、同年7月にポルトガル銀行総裁へ就任した。
財務大臣は、税金、予算、国債発行などを通じて政府の経済政策を担う。
これに対し、中央銀行総裁は、物価の安定、金融システムの監督、銀行の健全性、金融政策などに関わる。
ユーロ加盟国であるポルトガルでは、金利などの主要な金融政策は欧州中央銀行が決定する。
そのため、ポルトガル銀行総裁は、欧州中央銀行の政策決定にも参加する。
政府で財政政策を担当した人物が、中央銀行で金融政策と金融安定を担う。
センテーノは、学者、中央銀行のエコノミスト、財務大臣、ユーログループ議長、中央銀行総裁という異例の経歴を歩んだ。
一方で、財務大臣退任直後に中央銀行総裁へ就任したことには、中央銀行の政治的独立性という観点から批判も出た。
中央銀行は、政府から距離を置き、短期的な政治判断に左右されずに金融政策や銀行監督を行うことが求められる。
直前まで政権の中枢にいた人物が総裁になることは、形式上の適法性とは別に、独立性への疑念を招く可能性がある。
センテーノの経歴は、専門知識と政策経験の強みを示すと同時に、政治と中央銀行の適切な距離という問題も提起した。
学者は政治の現場で何ができるのか
優れた経済学者が、必ず優れた政治家になるとは限らない。
経済学では、前提条件を置き、データと理論によって政策効果を分析する。
しかし、政治の現場では、正しい理論だけでは政策を実行できない。
議会の支持を得る必要がある。
労働組合や企業、官僚、自治体、EU機関、金融市場とも交渉しなければならない。
政策には利益を得る人と負担を負う人が生まれ、社会的な反発も起きる。
センテーノが注目されたのは、研究者としての知識を持ちながら、政治的な合意形成にも対応したからである。
国内では、緊縮に疲れた国民と左派政党の要求を受け止めた。
国外では、欧州委員会やドイツをはじめとする財政規律派を納得させた。
家計所得を回復させながら、予算全体では赤字を縮小した。
単純なイデオロギーではなく、複数の制約の中で実行可能な政策を組み立てたのである。
ポルトガルの経験が日本に問いかけるもの
日本でも、財政再建をめぐる議論は長年続いている。
政府債務が大きい以上、歳出削減や増税が必要だという意見がある。
一方で、経済が弱いときに負担を増やせば、消費と投資が落ち込み、かえって税収が減るという意見もある。
センテーノの経験が示すのは、財政規律と経済成長を完全な対立関係として考えるべきではないということだ。
重要なのは、何を削り、何を守り、どこへ投資するのかである。
将来の生産性を高める教育、研究開発、デジタル化、交通、エネルギーへの投資まで削れば、短期的に赤字が減っても、長期的な税収基盤は弱くなる。
反対に、効果の乏しい補助金や既得権化した支出を温存すれば、財政負担だけが残る。
財政再建は、すべての支出を一律に減らす作業ではない。
経済成長と雇用を生み出す支出を選び、持続可能でない支出を見直す作業である。
ただし、ポルトガルと日本では条件が異なる。
ポルトガルはユーロを使用し、自国だけで金融政策や通貨発行を決められない。市場からの信用が失われれば、資金調達が急速に困難になる。
日本は自国通貨建て国債を発行し、独自の中央銀行を持つ。
そのため、ポルトガルの政策をそのまま日本へ当てはめることはできない。
それでも、雇用と成長を無視した財政再建は持続しないという教訓は共通している。
財政の数字を、人間の生活へつなげた経済学者
マリオ・センテーノの実績は、財政赤字を減らしたことだけではない。
財政収支、雇用、賃金、消費、金利、国際的な信用が互いにつながっていることを、政策の現場で示した点にある。
財政赤字は、政府の帳簿に記載される数字である。
しかし、その数字の背後には、働く人、失業した人、年金で生活する人、事業を続ける企業、国外へ移住する若者がいる。
赤字だけを減らしても、国民が働く場所を失い、企業が成長できなければ、国家の経済基盤は弱くなる。
一方で、国民生活を守るという名目で赤字を放置し、政府への信用を失えば、金利上昇や金融危機によって、より大きな負担が国民へ戻ってくる。
必要なのは、財政規律か国民生活かという二者択一ではない。
国民生活を回復させることによって、財政も安定させる道を探ることである。
もちろん、センテーノの政策は完全ではなかった。
公共投資、生産性、賃金水準、税負担など、ポルトガルには現在も多くの課題が残る。
それでも、金融支援を受けた国の財務大臣が、数年後にはユーロ圏財務相会合の議長に選ばれた事実は重い。
危機によって失われた信用は、政策の結果によって取り戻すことができる。
経済学者の知識は、政治的な決断と実行力が伴ったとき、国家の進路を変える力を持つ。
「欧州経済界のロナウド」と呼ばれたマリオ・センテーノは、財政再建を単なる支出削減ではなく、雇用、成長、信用を取り戻す総合的な政策として実践した人物なのである。
マリオ・センテーノ略歴
マリオ・センテーノは、1966年にポルトガル南部のオリャンで生まれた経済学者、大学教授、政策実務家である。
リスボン大学で経済学を学び、応用数学の修士号を取得。その後、ハーバード大学で経済学の修士号と博士号を取得した。
専門は労働経済学、計量経済学、ミクロ経済学、契約理論など。ポルトガル銀行のエコノミストや大学教授を経て、2015年11月にポルトガル財務大臣へ就任した。
2018年1月から2020年7月までユーログループ議長を務め、ユーロ圏各国の財政・経済政策の調整を担った。
2020年7月から2025年10月までポルトガル銀行総裁を務め、欧州中央銀行政策理事会のメンバーとして金融政策にも関与した。
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