注目の記事 PICK UP!

【規制の隠れみのを撃つ】ノースカロライナ州歯科医師会事件とは何か         専門職団体は「公的機関」の顔で市場競争を排除できるのか

米国の独占禁止法、すなわちアンチトラスト法の歴史において、2015年のNorth Carolina State Board of Dental Examiners v. Federal Trade Commissionは、極めて重要な判例である。

一見すると、この事件は「歯のホワイトニング」をめぐる小さな争いに見える。

ノースカロライナ州で、歯科医師ではない業者がショッピングモールやキオスクなどで安価なセルフホワイトニングサービスを提供し始めた。それに対し、州の歯科医師会にあたる規制機関が、「ホワイトニングは歯科医業にあたり、無免許で行うことは違法だ」と警告し、業者を市場から排除しようとした。

しかし、この事件の本質は、ホワイトニングではない。

本質は、市場のルールを、既存業者自身に決めさせてよいのかという問題である。

専門職団体が、州の公的機関という看板を掲げながら、実際には自分たちの競争相手を排除する。

その行為は、公的規制なのか。

それとも、同業者によるカルテルなのか。

米連邦最高裁は、この問いに対し、明確な一線を引いた。

ホワイトニング市場に現れた新規参入者

2000年代、ノースカロライナ州では、歯科医師以外の事業者が歯のホワイトニングサービスを提供するようになった。

場所はショッピングモールや商業施設の一角。

価格は歯科医院より安い。

消費者にとっては、手軽で利用しやすい選択肢だった。

ところが、これに反発したのが、ノースカロライナ州歯科医師会、正確にはNorth Carolina State Board of Dental Examinersである。

このボードは、州法に基づいて設置された歯科医療の規制機関だった。ただし、構成員の多数は現役の歯科医師であり、まさにホワイトニング市場における利害関係者だった。Justiaの判例要旨によれば、この事件で問題となったのは、規制対象である職業の現役市場参加者が多数を占める州委員会が、州による積極的監督なしに競争制限を行った場合、州行為免責を受けられるかという点だった。

同ボードは、非歯科医師のホワイトニング業者に対して警告状を送付した。

「歯科医師免許なしにホワイトニングを行うことは違法である」

「無免許歯科医業にあたる可能性がある」

さらに、商業施設の運営者にも働きかけ、非歯科医師業者を退去させるよう圧力をかけた。

その結果、安価なホワイトニングサービスを提供する新規参入者は、市場から排除される方向へ追い込まれた。

ここで動いたのが、連邦取引委員会、FTCである。

FTCは、歯科医師会の行為が、非歯科医師のホワイトニング業者を市場から締め出す反競争的行為であり、連邦取引委員会法上の不公正な競争方法にあたるとして問題視した。法律事務所の解説でも、FTCは同ボードが非歯科医師によるホワイトニング市場参入を妨げたことを、反競争的で不公正な競争方法として扱ったと整理されている。

争点は「州の行為」か「同業者カルテル」か

この事件の最大の争点は、歯科医師会の行為が、独占禁止法の適用を免れる「州の行為」にあたるかどうかだった。

米国には、State Action Immunity、いわゆる州行為免責の法理がある。これは、Parker v. Brown事件に由来するため、Parker Immunityとも呼ばれる。

簡単に言えば、州政府が主権的判断として行う反競争的な規制については、原則として連邦独占禁止法の対象外になる、という考え方である。

たとえば、州が明確な政策として市場参入を制限したり、価格規制を行ったりすることがある。その場合、それは私企業同士のカルテルとは異なり、民主的な政治過程を通じた州政府の政策判断として扱われる。

歯科医師会側は、こう主張した。

自分たちは州法に基づいて設立された規制機関である。

歯科医業を規制する公的機関である。

したがって、自分たちの行為は州の行為であり、独占禁止法の適用は受けない。

一見すると、もっともらしい主張である。

しかし、問題は、その規制機関を動かしているのが誰かである。

もし、歯科医師たち自身が多数を占める委員会が、競争相手となる非歯科医師業者を排除しているなら、それは本当に「州の行為」なのか。

それとも、公的機関の名を借りた同業者による競争排除なのか。

最高裁は、ここを厳しく見た。

最高裁の判断――公的看板だけでは免責されない

2015年2月25日、米連邦最高裁は、ノースカロライナ州歯科医師会の主張を退けた。

判決の核心は、次の一点にある。

規制機関の意思決定者の多数が、その規制対象市場で活動する現役の市場参加者である場合、州行為免責を主張するには、州による積極的な監督が必要である。

FTCが公表している最高裁判決文でも、「州が現役市場参加者を規制者として用いるなら、Parker免責を主張するためには積極的監督を提供しなければならない」と明記されている。

ここで重要なのは、最高裁が「州法で設置された機関だから自動的に免責される」とは考えなかったことである。

名前が公的機関でも、実態が同業者支配であれば危険である。

現役の市場参加者は、自分たちの利益を守るインセンティブを持つ。

そのような団体に競争相手を排除する権限を与えるなら、州政府による実質的な監督が必要である。

最高裁は、単なる形式ではなく、実質を見た。

歯科医師会は、州の規制機関ではあった。

しかし、その意思決定の中核は歯科医師であり、彼らはホワイトニング市場の利害関係者だった。

しかも、州政府による実質的な監督はなかった。

したがって、独占禁止法上の免責は認められない。

これが、判決の本質である。

Midcal Test――二つの条件

この事件で重要になるのが、いわゆるMidcal Testである。

州行為免責が認められるためには、基本的に二つの条件が必要とされる。

第一に、州が反競争的な規制を明確な政策として示していること。

第二に、その規制行為が州によって積極的に監督されていること。

この二要件は、民間主体や市場参加者が州の権限を利用して競争を制限する危険を防ぐための枠組みである。

North Carolina Dental事件では、最高裁は少なくとも「積極的監督」が欠けていると判断した。ABAの解説でも、最高裁は、明確な授権の要件については満たされていると仮定したうえで、同ボードが積極的監督を受けていなかった点を重視したと説明されている。

これは、非常に重要である。

州が専門職団体に規制権限を与えること自体はあり得る。

専門知識が必要な分野では、現場の専門家の知見が役立つこともある。

しかし、専門家に任せきりにしてはいけない。

なぜなら、専門家は同時に市場参加者でもあるからだ。

医師会、歯科医師会、弁護士会、薬剤師会、建築士会。

これらの職能団体は、専門知識を持つ一方で、既存業者の利益を守るインセンティブも持つ。

だからこそ、公的な監督が必要になる。

この判決の意義――専門職団体の特権に歯止め

North Carolina Dental判決の意義は、歯科ホワイトニング業界にとどまらない。

この判決は、専門職団体が公的規制の名を借りて、新規参入者を排除することに歯止めをかけた。

専門職団体は、しばしばこう主張する。

消費者保護のためである。

専門性の確保のためである。

安全性のためである。

無資格者による危険なサービスを防ぐためである。

もちろん、これらの理由が正当な場合もある。

医療、法律、建築、金融など、専門性と安全性が重要な分野では、一定の規制が必要である。

しかし、問題は、その規制が本当に消費者保護のためなのか、それとも既存業者の利益保護のためなのかである。

ホワイトニング事件では、非歯科医師業者は消費者に安価なサービスを提供していた。

それを歯科医師会が排除しようとした。

しかも、州政府が実質的に監督していなかった。

最高裁は、この構造を「公的規制」としてではなく、「市場参加者による競争制限」として見た。

ここに、この判例の鋭さがある。

消費者利益と市場競争

この判決のもう一つの重要な軸は、消費者利益である。

独占禁止法の目的は、単に企業同士の争いを裁くことではない。

競争を維持することで、消費者に安く、多様で、質の高い選択肢を提供することである。

非歯科医師によるホワイトニングサービスは、消費者にとって安価な選択肢だった。Time誌も、最高裁が「歯科医師がホワイトニングサービスを独占することはできない」と判じたと報じ、同ボードがモールやキオスクでサービスを提供する業者に停止通告を送ったことを紹介している。

もちろん、安ければ何でもよいわけではない。

安全性の問題があるなら、州は規制できる。

だが、その規制は、既存業者の私益ではなく、公共の利益に基づくものでなければならない。

この事件で最高裁が問題にしたのは、まさにそこだった。

公的機関の肩書きを持つ同業者集団が、競争相手を排除し、消費者の選択肢を狭めた。

しかも、その行為を州政府が実質的にチェックしていなかった。

それは、自由市場に対する危険な構造である。

日本への示唆――専門職規制は誰のためにあるのか

この判例は、日本にとっても極めて示唆的である。

日本にも、多くの専門職団体や業界団体がある。

弁護士会。

医師会。

歯科医師会。

税理士会。

司法書士会。

行政書士会。

薬剤師会。

建築士団体。

不動産業界団体。

これらは、専門性の維持や消費者保護に一定の役割を果たしている。

しかし、同時に、既存業者の利益を守る方向に動く危険も常にある。

新しいビジネスが出てくる。

テクノロジーによって低価格サービスが生まれる。

オンライン化によって専門職の独占領域が揺らぐ。

リーガルテック、遠隔医療、オンライン診療、セルフケア、AI契約レビュー、少数株式流動化サービスなど、新しい市場が広がる。

そのとき、既存の専門職団体が「消費者保護」を掲げて新規参入を排除するなら、問われるべきである。

それは本当に消費者保護なのか。

それとも、既存業者の既得権益保護なのか。

North Carolina Dental事件は、この問いを突きつける。

弁護士法72条や職域規制にも通じる問題

この判例は、日本の弁護士法72条、いわゆる非弁行為規制をめぐる議論にも通じる。

弁護士でない者が、報酬目的で法律事務を扱うことを規制することには、正当な理由がある。依頼者保護、法的専門性、紛争処理の適正化は重要である。

しかし、この規制が、既存の法律専門職の市場独占を守るために過度に使われるなら、問題は変わる。

たとえば、リーガルテック、契約書レビューAI、債権流動化、M&Aマッチング、少数株式流動化など、新しいサービスが出てきたとき、既存専門職側が「非弁だ」と一括して排除しようとするなら、その規制目的の実質が問われる。

もちろん、無資格者が他人の紛争に介入し、依頼者を害するような行為は排除されるべきである。

しかし、消費者や事業者にとって有益な新サービスまで、既存専門職の利益を守るために閉め出してはならない。

North Carolina Dental事件が示したのは、まさにこの線引きである。

専門職団体が規制を語るとき、その言葉は常に二重性を持つ。

一方では、公共の安全を守る。

他方では、自分たちの市場を守る。

だからこそ、利害関係のない公的監督が必要になる。

「規制の正当性」はデータで検証されるべきである

専門職規制をめぐって重要なのは、規制の目的と効果をデータで検証することだ。

その規制によって、事故や被害は本当に減るのか。

消費者価格はどれだけ上がるのか。

サービスの選択肢はどれだけ減るのか。

新規参入はどれだけ阻害されるのか。

既存業者の収益はどれだけ守られるのか。

消費者保護と競争制限のバランスは妥当か。

これらを検証せず、「専門家が言っているから危険だ」とするだけでは不十分である。

North Carolina Dental事件の教訓は、専門職団体の自己申告をそのまま信用してはならないという点にある。

専門家の知見は重要である。

しかし、専門家もまた市場参加者である。

だから、専門家の規制提案は、独立した第三者による監督と検証を受けなければならない。

結論――市場のルールを同業者だけに決めさせるな

North Carolina State Board of Dental Examiners v. FTC事件は、歯のホワイトニングをめぐる判例でありながら、現代の規制国家にとって非常に大きな意味を持つ。

公的機関の看板を掲げていても、その意思決定者が現役の市場参加者であり、州による積極的な監督がなければ、独占禁止法の免責は認められない。

これは、専門職団体に対する強い警告である。

市場のルールを、既存業者だけに決めさせてはならない。

消費者保護の名で、新規参入を排除してはならない。

公的規制を、私的利益の盾にしてはならない。

専門性は尊重されるべきだが、専門職の既得権益は監視されなければならない。

この判例は、日本にも重い問いを投げかけている。

弁護士会、医師会、歯科医師会、その他の専門職団体が、新しいサービスを規制しようとするとき、それは本当に公共のためなのか。

それとも、既存業者の利益を守るためなのか。

国や自治体は、その判断を専門職団体に丸投げしていないか。

利害関係のない公的主体が、実質的に監督しているのか。

ホワイトニングという身近なサービスをめぐる争いは、実は、民主主義と市場経済の根本問題を映していた。

誰が市場のルールを決めるのか。

専門家か。

既存業者か。

国家か。

消費者か。

米連邦最高裁の答えは明快である。

専門家は必要である。

しかし、専門家が自分たちの市場の審判を独占してはならない。

これこそ、North Carolina Dental事件が残した最大の教訓である。

さくらフィナンシャル リンク集

YouTube
https://www.youtube.com/@sakurafinancialnews

公式X
https://twitter.com/sakurafina0123

公式note
https://note.com/sakurafina

関連記事

  1. 【自衛隊 大量不祥事220人一斉処分!開発中のミサイル情報ダダ漏れも!岸田総理米国を経て「国民にお詫…

  2. 【小柴昌俊】“見えない粒子”に光を当てた地下の天文台

  3. エクシア合同会社に対する損害賠償請求訴訟 原告本人尋問

  4. 【徹底解説】竹中平蔵と大阪万博──木造リング疑惑とパソナ利権の闇

  5. 特殊詐欺の海外拠点で「かけ子」脱走相次ぐ カンボジア拠点、中国系勢力の台頭が背景か

  6. 【続報】退職代行「モームリ」事件 弁護士3人を書類送検 あっせん受けた疑い

  7. 歌舞伎俳優の中村鶴松容疑者 現行犯逮捕される

  8. 【特集】問われる統治責任

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


PAGE TOP