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【論説】「ROEの怠慢」に引導を渡す英米の司法                 コスモ森堅次社長が直面するグローバル・ガバナンスの地平


繊維・アパレル中間財を手がけるコスモ株式会社をめぐり、資本効率と企業統治のあり方が問われている。

少数株ドットコム株式会社は、コスモに対して株主提案を行い、ROE・ROAの改善、大阪・玉造の本社不動産等の有効活用、系統用蓄電池事業への参入、そして山中裕氏の取締役選任などを求めている。同社発表では、コスモの資本効率が資本市場の求める水準を下回っているとの問題意識が示され、ROE8%を起点とする抜本的な事業ポートフォリオ再編が必要だと説明されている。

この問題は、単なる一社の株主提案ではない。

本業の停滞を放置し、バランスシートに資本を眠らせ続ける経営は、どこまで許されるのか。

ROEやPBRの低迷に対し、経営陣はどの程度の説明責任を負うのか。

少数株主からの資本効率改善提案を、形式論で退けることは許されるのか。

日本では、こうした問題がしばしば「経営判断の原則」の名の下に曖昧に処理されてきた。だが、英米の会社法理に照らせば、低資本効率を放置する経営陣の姿勢は、はるかに厳しく問われる可能性がある。

もっとも、英米の裁判所がROEの低さだけで直ちに取締役を解任したり、巨額賠償を命じたりするわけではない。米国デラウェア法でも、英国会社法でも、経営判断には一定の裁量が認められる。

しかし、その裁量は無制限ではない。

取締役が十分な情報を集めず、合理的な検討もせず、自己保身や支配維持のために株主提案を退けていると見られれば、英米の裁判所では、信認義務違反や少数株主への不公正な不利益という重大な論点として扱われる。

コスモ問題の本質は、まさにそこにある。

アメリカ法が問う「経営判断の中身」

アメリカ、とりわけデラウェア州会社法では、取締役会に広い経営裁量が認められている。

デラウェア会社法の基本原則では、会社の業務と事業は取締役会の指揮のもとで管理される。そして取締役は、会社と株主に対して忠実義務と注意義務を負う。デラウェア州の公式解説でも、取締役は会社と株主に対し、忠実義務と注意義務を負うと説明されている。

ここで重要なのが、Business Judgment Rule、すなわち経営判断の原則である。

この原則は、取締役が十分な情報に基づき、誠実に、会社と株主の利益のために判断した場合、裁判所が事後的にその経営判断を安易に置き換えないという考え方である。経営にはリスクが伴う。結果として失敗したからといって、直ちに法的責任を問えば、取締役は大胆な経営判断をできなくなる。

しかし、経営判断の原則は、無能や怠慢を保護するための盾ではない。

取締役が十分な情報を集めていない。

株主価値向上に向けた具体的な提案を検討していない。

自己保身や地位維持のために外部株主を排除している。

利益相反や支配維持の動機がある。

株主に対する説明責任を果たしていない。

こうした事情があれば、経営判断の原則による保護は揺らぐ。

コスモに対しては、ROE8%目標、不動産活用、蓄電池事業参入、取締役選任など、少数株ドットコム側から具体的な提案が出されている。 経営陣がこれを採用しない自由はある。しかし、採用しないなら、なぜ採用しないのかを合理的に説明しなければならない。

蓄電池事業に参入しない理由は何か。

本社不動産を現状のまま保有することが、どのように企業価値を高めるのか。

ROE8%を目標としないなら、代わりにどの資本効率指標を重視するのか。

余剰資本の再配分について、取締役会でどのような議論を行ったのか。

これらに答えられない経営陣は、米国的な目線では「経営判断」ではなく「検討の不在」を疑われる。

忠実義務違反と自己保身のリスク

アメリカ法で特に重く見られるのが、忠実義務である。

忠実義務とは、取締役が自分自身や特定の利害関係者のためではなく、会社と株主全体の利益のために行動しなければならないという義務である。

低ROEを放置しているだけでは、直ちに忠実義務違反とは言えない。

だが、低ROEを改善する具体的な提案があるにもかかわらず、経営陣が自らの地位を守るためにそれを排除していると見られれば、話は変わる。

ROEの改善は、単なる数字遊びではない。

資本が効率的に使われているかを示す重要な指標である。

資本コストを下回る収益性しか生まない資産を漫然と抱え続ける。

成長投資にも株主還元にも回さない。

不動産や政策保有株を眠らせる。

それにもかかわらず、外部株主の提案を「急進的」などと評して実質的に検討しない。

こうした構図があれば、英米の投資家は「経営陣は会社のためではなく、自分たちの支配を守っているのではないか」と疑う。

米国法の言葉で言えば、それはentrenchment、すなわち経営陣の自己保身である。

この疑念が生じた瞬間、裁判所の視線は変わる。経営陣の判断は尊重されるべき経営裁量なのか。それとも、株主利益を犠牲にした支配維持なのか。

コスモ経営陣が英米基準のガバナンスに向き合うなら、株主提案への回答は、形式的な拒絶では足りない。取締役会として、資本効率改善に向けた代替案を示す必要がある。

英国会社法が問う「不当な不利益」

英国法の視点から見れば、少数株主保護の中核にあるのが、Companies Act 2006 第994条のUnfair Prejudice、すなわち不公正な不利益救済である。

この制度は、会社の業務運営が株主の利益を不公正に害している場合に、株主が裁判所へ救済を求める仕組みである。実務解説でも、英国会社法第994条は、会社の行為や不作為によって株主が不公正な不利益を受けた場合に救済を求める制度だと説明されている。

ここで重要なのは、「不利益」だけでは足りず、それが「不公正」でなければならないという点である。

経営判断が失敗した。

事業環境が悪化した。

利益が出なかった。

これだけで直ちに不公正な不利益とはならない。

しかし、少数株主が合理的に期待していた情報開示や配当、事業運営、資産活用、企業価値向上の努力が、支配株主や経営陣の都合で無視されている場合には、英国裁判所は介入し得る。

コスモのような未上場会社では、少数株主は市場で簡単に株式を売却できない。つまり、出口が限られている。だからこそ、少数株主への説明責任は重い。

会社が資産を非効率に保有し続ける。

適切な配当も出さない。

ROE改善策も示さない。

少数株主の問いに実質的に答えない。

株式の流動性もない。

このような状態が続けば、英国法的な感覚では、少数株主が「閉じ込められている」と評価される可能性がある。

英国裁判所が典型的に命じる救済の一つは、株式の買取命令である。つまり、支配側や会社が、少数株主の株式を公正な価値で買い取るよう命じる。すべての事件で認められるわけではないが、未上場会社における少数株主保護の強力な手段である。

コスモ経営陣が英国法圏の感覚で見られた場合、問われるのはこうである。

少数株主に出口を与えているのか。

合理的な情報開示を行っているのか。

資本効率の低迷に説明責任を果たしているのか。

株主提案を真摯に検討しているのか。

会社資産を、経営陣の都合ではなく株主全体のために使っているのか。

この問いに耐えられなければ、英国型の少数株主保護の前では、経営陣の立場は決して安泰ではない。

英米司法が共有する「数字のリアリズム」

英米の会社法は、日本よりも常に株主寄りという単純な話ではない。米国でも経営判断の原則は強く、英国でも不公正な不利益の救済は無制限ではない。

しかし、英米の司法と市場に共通するのは、数字のリアリズムである。

企業価値を語るなら、ROEを見る。

資本効率を語るなら、資本コストを見る。

市場評価を語るなら、PBRを見る。

保有資産を語るなら、収益性と機会費用を見る。

政策保有株を語るなら、投資合理性を見る。

この数字に向き合わない経営者は、グローバル市場では信用されない。

日本でも、この流れは強まっている。東京証券取引所は2023年3月から、プライム市場・スタンダード市場の全上場会社に対し、「資本コストや株価を意識した経営」の実現に向けた対応を要請している。2026年4月のアップデート資料でも、この取組みは中長期的な企業価値向上と持続的成長を、マーケットの目線も取り入れながら進めるものだと説明されている。

東証の要請は上場会社向けである。

しかし、その思想は未上場会社にも及ぶ。

資本はただ保有すればよいものではない。

資本は、価値を生むように配分されなければならない。

経営者は、資本コストを意識しなければならない。

株主との対話を通じて、成長の道筋を示さなければならない。

この考え方は、もはや上場会社だけのルールではなく、日本企業全体に広がるべきガバナンスの基準である。

PBR1倍割れは「市場の警告」である

PBR1倍割れは、企業に対する市場の厳しい警告である。

PBRが1倍を下回るということは、市場がその会社を帳簿上の純資産価値より低く評価しているということである。単純に「解散した方がよい」とまでは言えないが、市場が経営陣の資本配分能力に疑問を持っていることは間違いない。

未上場会社の場合、PBRは市場価格として直接は表れにくい。

だが、資本効率の低さや資産の非効率保有は、株式評価や少数株主との関係に必ず反映される。

ROEが低い。

不動産が眠っている。

政策保有株が合理性なく保有されている。

事業ポートフォリオの見直しがない。

成長投資も還元も乏しい。

こうした会社は、英米の投資家から見れば、経営者が資本を預かる資格を問われる。

コスモ問題が重要なのは、少数株ドットコム側の提案が、まさにこの資本配分の問題を突いているからである。

ROE8%。

本社不動産の有効活用。

蓄電池事業への参入。

事業ポートフォリオ再編。

取締役選任によるガバナンス刷新。

これらは、単なる攻撃ではない。資本が眠っている会社に対する、資本市場からの警告である。

「非弁」や形式論で資本効率の議論から逃げるな

コスモのような未上場会社で、外部株主からの提案に対して会社側が取り得る最も悪い対応は、実質論を避けることである。

ROEの議論をしない。

不動産活用の議論をしない。

蓄電池事業の採算性を検討しない。

資本政策の代替案を示さない。

その代わりに、提案者の属性や手続論を問題にする。

これは、グローバルなガバナンスの目線では通用しにくい。

もちろん、手続や法令遵守は重要である。

株主提案にも適法性が必要である。

事業提案にもリスク検証が必要である。

しかし、手続論だけを盾にして、資本効率の核心から逃げることは許されない。

英米の裁判所や投資家が見るのは、最終的には実質である。

会社は、株主全体の利益のために運営されているのか。

取締役会は、十分な情報をもとに判断しているのか。

少数株主は、不公正に扱われていないか。

資本は、価値を生む場所に使われているのか。

この問いから逃げる経営陣は、グローバル基準では極めて弱い。

グローバルスタンダードの斧は近づいている

日本企業は長らく、低ROE、政策保有株、過剰な内部留保、低いPBR、弱い株主対話を許容してきた。

しかし、その時代は終わりつつある。

東証は資本コストを意識した経営を求めている。

海外投資家は日本企業の資本効率を見ている。

アクティビストは、眠れる資産を見逃さない。

少数株主は、閉鎖的な経営に声を上げ始めている。

裁判所にも、資本市場の実態を踏まえた判断が求められている。

コスモ株式会社と森堅次社長が直面しているのは、単なる株主提案ではない。

日本企業全体に突きつけられた、グローバル・ガバナンスの地平である。

ROEの低迷をどう改善するのか。

本社不動産をどう活用するのか。

新規事業への投資をどう判断するのか。

少数株主との対話をどう行うのか。

取締役会は、資本コストを本当に理解しているのか。

これらに答えられなければ、経営陣は市場から「資本を預かる資格がない」と見られる。

結論――ROEの怠慢は、もはや許されない

英米の司法は、ROEの低さだけで経営者を処罰するわけではない。

しかし、低ROEを放置し、資本効率改善の提案を検討せず、少数株主への説明責任を怠り、自己保身的に現状維持を続けるなら、英米法の視点では、信認義務違反や不公正な不利益の問題として争点化し得る。

コスモ株式会社の問題は、まさにその境界線上にある。

森堅次社長率いる経営陣が問われているのは、山中裕氏や少数株ドットコムの提案を丸呑みすることではない。

問われているのは、取締役会として、資本効率と企業価値向上について、合理的な説明を行うこと。

ROE8%をどう考えるのかを示すこと。

不動産活用や蓄電池事業について、検討の有無と理由を明らかにすること。

少数株主を敵ではなく、会社価値向上の対話相手として扱うこと。

日本のぬるま湯的な会社法実務に安住していられる時代は終わった。

グローバル資本市場は、数字を見る。

英米の司法は、実質を見る。

投資家は、資本の使い道を見る。

ROEの怠慢に、もはや逃げ場はない。

さくらフィナンシャルニュースは、コスモ株式会社の株主総会と森経営陣の対応を、今後も英米の会社法理とグローバル・ガバナンスの観点から検証していく。


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