さくらフィナンシャルニュース 編集部
失敗した経営計画まで長期戦略と呼ぶのか
「アクティビストは短期主義だ」
「物言う株主は、目先の株価や配当しか見ていない」
「企業の長期的な成長投資を妨げている」
このような言葉は、近年のコーポレートガバナンス改革をめぐる議論で、何度も聞かれるようになった。
たしかに、短期的な株価上昇だけを狙い、過度な配当や自社株買いを求める投資家が存在することは否定できない。
企業が本来行うべき研究開発、人材投資、設備投資、新規事業への投資まで削って、目先の株主還元に回すなら、それは企業の将来を損なう可能性がある。
その意味で、短期主義への警戒は必要である。
しかし、問題はここからである。
「短期主義」という言葉は、経営者にとってあまりにも便利すぎる。
株主から厳しい質問を受ける。
資本効率の低さを問われる。
不採算事業の撤退を求められる。
政策保有株式の縮減を求められる。
失敗した買収の責任を問われる。
余剰資金をどう使うのか説明を求められる。
そのとき、経営者はこう言えばよい。
「それは短期主義だ」
「私たちは長期的な成長を見ている」
「株主還元よりも成長投資が重要だ」
一見すると、立派な反論に聞こえる。
しかし、本当にそうなのか。
それは本当に長期戦略なのか。
それとも、失敗した経営計画を認めたくないだけなのか。
資本コストを下回る投資を続けるための言い訳ではないのか。
不採算事業を温存するための看板ではないのか。
「短期主義」という言葉で、経営者の説明責任を免除してはならない。
今回の自民党「成長志向型コーポレートガバナンス改革」をめぐる議論でも、アクティビストによる短期的要求への警戒が語られている。ロイター報道をもとにした記事では、自民党の成長志向型コーポレートガバナンス改革PTが、株主提案に関する会社法の規定見直しや、アクティビストによる大量保有報告ルール違反への執行力強化を提言する方針だとされている。また、日本市場では株主還元の拡大、政策保有株式の解消、資本効率改善、ガバナンス改革を求める投資家の動きが活発化しているとも報じられている。
だからこそ、いま問うべきである。
短期主義を批判することと、株主の声を封じることは同じなのか。
長期戦略という言葉は、経営者の失敗を隠す免罪符になっていないか。
短期主義への警戒は必要である
まず、短期主義の問題そのものは軽視してはならない。
会社は、今日の株価だけのために存在しているわけではない。
企業には、将来に向けた投資が必要である。
研究開発に資金を投じる。
人材を育てる。
設備を更新する。
新しい市場を開拓する。
デジタル化に対応する。
脱炭素や環境対応を進める。
知的財産やブランドを強化する。
こうした投資は、短期的には利益を圧迫することがある。
すぐに成果が出ないこともある。
むしろ、成果が出るまでに何年もかかることがある。
その意味で、投資家が四半期ごとの利益や短期的な株価だけを見て、必要な投資まで削るよう求めるなら、それは問題である。
会社が本当に将来のために必要な投資をしているなら、経営者はその投資を守るべきである。
目先の還元要求に屈して、会社の将来を犠牲にしてはならない。
ここまでは正しい。
しかし、ここで話を終わらせてはいけない。
なぜなら、「長期投資」や「成長投資」という言葉は、正しい経営判断にも使えるが、間違った経営判断を隠すためにも使えるからである。
長期戦略という名の先送り
経営者は、失敗を認めたがらない。
過去に始めた事業がうまくいかない。
買収した会社が期待通りの利益を生まない。
新規事業が赤字を垂れ流している。
海外展開が失敗している。
研究開発投資が成果につながっていない。
このとき、経営者は「失敗しました」と簡単には言わない。
「長期的には成長余地がある」
「今は先行投資の段階だ」
「短期的な損益で判断すべきではない」
「事業シナジーはこれから出る」
「中長期的な企業価値向上に資する」
こうした言葉が並ぶ。
しかし、何年経っても成果が出ない事業を、いつまで長期戦略と呼ぶのか。
撤退基準のない投資を、いつまで成長投資と呼ぶのか。
資本コストを下回る事業を、いつまで将来への布石と言い続けるのか。
ここを問わなければならない。
長期戦略とは、時間が長ければよいという意味ではない。
将来の企業価値を高める合理的な道筋があるから、長期戦略なのである。
道筋もない。
数字もない。
撤退基準もない。
責任の所在もない。
それは長期戦略ではない。
単なる先送りである。
「短期主義」という言葉で、株主の問いを消してはいけない
株主が経営者に問うているのは、短期的な利益だけではない。
なぜその事業を続けるのか。
なぜその投資をするのか。
なぜその買収を正当化できるのか。
なぜ政策保有株式を持ち続けるのか。
なぜ余剰資金を抱え込むのか。
なぜ資本コストを下回る事業から撤退しないのか。
これらは、短期主義の問いではない。
企業価値の問いである。
資本配分の問いである。
経営者の説明責任の問いである。
にもかかわらず、株主からこうした質問を受けるたびに「短期主義だ」と返すなら、それは議論を避けているだけである。
会社側は、株主の問いに答えればよい。
その事業が必要なら、なぜ必要なのかを説明すればよい。
その投資が将来の利益につながるなら、根拠を示せばよい。
その買収が企業価値を高めるなら、シナジーや投資回収計画を示せばよい。
政策保有株式を持つ合理性があるなら、資本効率や取引関係への影響を説明すればよい。
株主の問いが不合理なら、会社側は反論すればよい。
しかし、問いそのものを「短期主義」と呼んで退けるべきではない。
それは、企業統治から逃げる態度である。
東証が求めているのは、説明できる経営である
東京証券取引所は、2023年3月から、プライム市場・スタンダード市場の上場会社に対し、「資本コストや株価を意識した経営」を求めている。東証は、上場会社に対して、自社の資本コストや資本収益性を的確に把握し、市場評価を取締役会で分析・評価したうえで、改善に向けた計画を策定・開示し、投資者との対話の中で継続的に取り組みをアップデートすることを求めている。
これは、単に株価を上げろという話ではない。
経営者に対して、資本を預かる者としての説明責任を求めているのである。
自社の資本コストを理解しているのか。
ROEやROICは十分なのか。
PBRが低い理由を分析しているのか。
市場からなぜ評価されていないのかを取締役会で議論しているのか。
改善計画を示しているのか。
投資家との対話を行っているのか。
こうした問いに答えることが、上場企業に求められている。
にもかかわらず、株主からの厳しい質問を「短期主義」と片付けるなら、東証が求める方向性とも矛盾する。
市場からの問いに答える。
資本の使い道を説明する。
改善計画を示す。
それが、資本コストや株価を意識した経営である。
「長期戦略だから黙って見ていろ」ではない。
資本コストを下回る長期戦略は、長期的な破壊である
長期戦略という言葉は、時間軸だけでは評価できない。
重要なのは、資本コストを上回る価値を生むかどうかである。
企業が株主から預かった資本にはコストがある。
その資本を使って、資本コストを上回る利益を生まなければ、企業価値は高まらない。
逆に、資本コストを下回る事業に資本を使い続ければ、長期的には企業価値を壊す。
それが何年続いても、長期戦略とは呼べない。
むしろ、長期的な企業価値の破壊である。
不採算事業を長く続ける。
失敗した買収を長く正当化する。
低収益の投資を長く抱える。
政策保有株式に資本を長く眠らせる。
これらは、時間軸が長いから立派なのではない。
長く続く分だけ、企業価値への悪影響も大きくなる可能性がある。
だからこそ、株主は問うのである。
その長期戦略は、資本コストを上回るのか。
いつ成果を検証するのか。
撤退基準はあるのか。
失敗した場合、誰が責任を取るのか。
これは短期主義ではない。
長期的な企業価値を守るための問いである。
成長投資なら、数字と言葉で説明すべきである
会社が「これは成長投資だ」と主張するなら、説明すべきことがある。
どの事業に投資するのか。
なぜその市場に成長性があるのか。
競争優位は何か。
どれだけの資本を投じるのか。
期待するリターンはどれくらいか。
資本コストを上回るのか。
いつ成果を検証するのか。
失敗した場合の撤退基準は何か。
経営者の報酬や責任は、投資成果と連動しているのか。
こうした説明なしに、「長期的な成長のため」と言うだけでは、株主は納得できない。
それは株主が短期主義だからではない。
説明が足りないからである。
株主は、合理的な長期投資まで否定しているわけではない。
むしろ、長期投資家ほど、本当に企業価値を高める投資を評価する。
だからこそ、経営者には説明責任がある。
「株主は短期しか見ていない」と言う前に、経営者は自分たちが長期を説明できているかを問うべきである。
政策保有株式も「長期的関係」で正当化されてきた
日本企業の典型的な問題が、政策保有株式である。
政策保有株式は、取引関係の維持、企業間関係の強化、安定株主づくりなどを理由に保有されてきた。
これもまた、「長期的関係」という言葉で正当化されてきた。
しかし、それは本当に企業価値を高めてきたのか。
株主共同の利益に資してきたのか。
それとも、経営者同士を守る仕組みとして機能してきたのか。
政策保有株式は、資本を固定する。
その資本が本業投資よりも低いリターンしか生まないなら、資本効率を下げる。
さらに、政策保有株式は、株主総会で会社側に賛成する安定株主として機能してきた面もある。
つまり、これは単なる投資判断ではない。
資本効率と企業統治の問題である。
アクティビストや機関投資家が政策保有株式の縮減を求めることを、単なる短期主義と呼ぶべきではない。
そこには、資本を眠らせていないか、経営者保護に使っていないかという重要な問いがある。
失敗した経営計画まで守る必要はない
長期戦略は大切である。
しかし、失敗した長期戦略まで守る必要はない。
会社が中期経営計画を出す。
成長投資を掲げる。
新規事業を始める。
海外展開を進める。
買収を行う。
しかし、計画通りに進まない。
利益は出ない。
シナジーも出ない。
市場評価も改善しない。
それでも経営陣は、「長期的に見てほしい」と言い続ける。
では、株主はいつまで待てばよいのか。
3年か。
5年か。
10年か。
いつまで経っても成果が出ない計画を、長期戦略と呼び続けることはできない。
経営には検証が必要である。
計画には期限が必要である。
投資には撤退基準が必要である。
失敗には責任が必要である。
この当たり前のことを求める株主の声を、「短期主義」と呼んで封じてはならない。
本当の短期主義は、経営者側にもある
短期主義は、株主側だけの問題ではない。
経営者側にも短期主義は存在する。
自分の任期中だけ問題を先送りする。
退任まで不採算事業を処理しない。
損失を表面化させない。
株式持ち合いで安定株主を確保する。
役員報酬や地位を守るために、厳しい改革を避ける。
これは経営者側の短期主義である。
株主還元を求める投資家だけを短期主義と呼び、経営者の保身や先送りを長期戦略と呼ぶなら、議論は歪む。
本当に批判すべき短期主義とは、短い期間で利益を求めることだけではない。
本来なら今やるべき改革を、将来に先送りすることも短期主義である。
今、失敗を認めると責任を問われる。
だから先送りする。
今、不採算事業を切ると痛みが出る。
だから先送りする。
今、政策保有株式を売ると関係先に嫌われる。
だから先送りする。
これもまた、会社の長期的価値を損なう短期主義である。
「短期主義」批判で得をするのは誰か
制度改正を考えるときには、誰が得をするのかを見なければならない。
株主提案権や臨時株主総会の請求権が厳しくなる。
業務執行に関する株主提案が制限される。
その結果、得をするのは誰か。
株主から厳しい問いを受けたくない経営陣である。
不採算事業を続けたい経営者である。
政策保有株式を抱え続けたい会社である。
失敗した買収の責任を問われたくない取締役会である。
資本コストを意識した経営を求められたくない企業である。
もちろん、問題のあるアクティビスト行為は規制すべきである。
不透明な共同保有、大量保有報告制度違反、虚偽説明、市場操作、利益相反行為があるなら、厳しく取り締まるべきである。
しかし、正当な株主の問いまで「短期主義」として遠ざける必要はない。
違法行為を取り締まることと、株主の発言権を狭めることは別である。
この区別を失えば、企業統治は経営者保護へと変質する。
長期戦略を守るには、株主を黙らせる必要はない
本当に優れた長期戦略なら、株主を黙らせる必要はない。
説明すればよい。
数字を示せばよい。
計画を示せばよい。
リスクを説明すればよい。
撤退基準を明らかにすればよい。
投資家との対話を重ねればよい。
それでも一部の株主が短期的な要求を続けるなら、他の株主の支持を得ればよい。
公開会社の経営者に求められるのは、株主を排除することではない。
株主を説得することである。
成長投資を守るというなら、その成長投資の中身を示すべきである。
長期戦略を掲げるなら、その長期戦略が企業価値を高める根拠を示すべきである。
それをせずに、株主権を制限する方向に走るなら、それは成長戦略の保護ではない。
説明できない経営の保護である。
失敗を長期戦略と呼ぶ国に、成長はない
「短期主義」という言葉は必要である。
企業が目先の利益だけに振り回されてはならない。
短期的な株価上昇のために、将来の競争力を犠牲にしてはならない。
しかし、その言葉を経営者の逃げ道にしてはならない。
成果の出ない投資。
撤退基準のない新規事業。
資本コストを下回る事業。
合理性のない政策保有株式。
失敗した買収。
説明できない余剰資金。
これらを「長期戦略」と呼び続けるなら、日本企業は強くならない。
株主の問いを短期主義と呼んで封じるなら、経営者は楽になる。
しかし、会社が成長するとは限らない。
むしろ、問題が温存される。
失敗が先送りされる。
資本が眠り続ける。
市場からの信頼が失われる。
本当に企業を成長させるのは、株主の沈黙ではない。
経営者への厳しい問いである。
そして、その問いに答える経営者の説明責任である。
「短期主義」という便利な言葉で、株主の権利を奪ってはならない。
失敗した経営計画まで長期戦略と呼ぶ国に、企業の成長はない。
必要なのは、物言う株主を黙らせる制度ではない。
物言われても説明できる経営である。
【関連URL・参考資料】
・ニューズウィーク日本版/ロイター「株主提案ルール見直し提言へ、アクティビスト報告徹底も=小林自民PT座長」
https://www.newsweekjapan.jp/articles/-/327803
・日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」
https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/02.html
・日本取引所グループ「『資本コストや株価を意識した経営』に関する要請のアップデートについて」https://www.jpx.co.jp/news/1020/20260428-01.html
・日本取引所グループ「市場区分の見直しに関するフォローアップ」
https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/index.html
・経済産業省「持続的成長への競争力とインセンティブ 企業と投資家の望ましい関係構築」プロジェクトhttps://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/kigyoukaikei/itoreport.html
・Wikipedia「短期主義」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%AD%E6%9C%9F%E4%B8%BB%E7%BE%A9
・Wikipedia「コーポレート・ガバナンス」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%9D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%90%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%82%B9
・Wikipedia「株主」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%AA%E4%B8%BB
・Wikipedia「株主総会」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%AA%E4%B8%BB%E7%B7%8F%E4%BC%9A
・Wikipedia「株主還元」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%AA%E4%B8%BB%E9%82%84%E5%85%83
・Wikipedia「政策保有株式」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E7%AD%96%E4%BF%9D%E6%9C%89%E6%A0%AA%E5%BC%8F
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