制御性 T 細胞(Treg)の発見で、自己寛容の仕組みを明らかにした
【第 1 章】序―世界が驚いた「日本人の発見」
2025 年、ノーベル生理学・医学賞。 共同受賞はメアリー・ブランコウ、フレデリック(フレッド)・ラムズデル。授賞理由は、免疫系が自分自身を攻撃しないように働く「末梢免疫寛容」の発見、とりわけ制御性 T 細胞(Treg)の同定と役割の解明に対してでした。
21 世紀の医療は、がん免疫療法の進展と自己免疫疾患の増加という二つの波に揺れていました。そんな中で坂口は「免疫にはアクセルだけでなく、失ってはならないブレーキがある」ことを示し、Treg という“警備員”の存在を証明しました。委員会は「免疫が身体を傷つけないための基本原理を与えた」と評価しています。
【第 2 章】原点―幼少期から形成された“探究心”
1951 年、滋賀県長浜市に生まれる。 医学への道を選び、京都・大阪で研究を重ねる中で、「現象の意味を問い直す」癖を身につけた。臨床で見た自己免疫疾患の厳しさは、「なぜ自分を攻撃してしまうのか」という根源的な問いを胸に刻んだ。
若い頃から、流行のテーマに便乗するよりも地味な異常値の説明に惹かれた。のちにTreg をつかみ取る粘りは、“うまくいかない理由を地図化する”実験作法――条件や個体差、細胞分画の曖昧さを一つずつ潰す、慎重な足取りから生まれた。
【第 3 章】発想の転換―世界を変えた着想とブレイクスルー
3-1“見えない守護者”をとらえる
1990 年代半ば、坂口は CD4 陽性 T 細胞の中に、CD25 を強く発現する集団が自己免疫を抑えていることを見抜き、機能で定義される制御性 T 細胞(Treg)を打ち立てた。免疫には攻撃部隊だけでなく鎮圧部隊が常駐する——その概念が鮮明になった転機です。
3-2“身分証”はFOXP3
2000 年代初頭、ブランコウとラムズデルは、X 染色体上の Foxp3 遺伝子に変異をもつマウス(scurfy)で広範な自己免疫が起こることを示し、FOXP3 が Treg の決定因子であることを突き止めた。ヒトでも IPEX 症候群という重篤な自己免疫疾患で FOXP3 変異が見つかり、Treg=CD4⁺CD25⁺FOXP3⁺という“顔つき”が確立する。坂口の仕事と両者の成果が重なって、末梢免疫寛容の中核回路が完成したのです。
3-3 日常の医学へ
Treg が少なすぎたり、働きが鈍ったりすれば 1 型糖尿病・多発性硬化症・重症筋無力症・潰瘍性大腸炎などの自己免疫が起こりやすくなる。一方でがんは PD-1/PD-L1 などの“逃げ道”に加え、Treg を利用して免疫を鎮める。Treg を増やす/鍛えることは自己免疫・移植で有望で、逆に Treg を抑えることはがん免疫へ手がかりを与える“ブレーキの整備”が治療の新ルートになった。
3-4 評価の広がり
Treg 研究は世界の免疫学会で独立した大きな潮流となり、細胞療法や低用量 IL-2、抗原特異的 Treg 誘導など臨床試験が進む。科学誌・国際メディアも、「免疫の自己制御という第二の常識」として取り上げた。
【第 4 章】栄光の瞬間―ノーベル賞受賞とその反響
2025 年 10 月 6 日、受賞発表。 発表資料は、「免疫の安全装置を見つけた」と簡潔に記した。坂口は直後のインタビューで驚きと感謝を述べ、長年 “少数派”だった研究に粘り強く投資した共同体への謝意を語った。「免疫の暴走を止める仕組みを正しく理解できれば 、病気の治療はもっと賢くなる」—— その静かな確信が、会見の空気を引き締めた。
日本では基礎研究が臨床の回路を描き直した事実に誇りが広がり、海外メディアはがん・自己免疫・移植にわたる幅広い影響を強調した。
【第 5 章】その後の人生―栄誉の先にある“静かな闘い”
受賞時点の所属は大阪大学。坂口は、Treg の質を決める分子スイッチや微小環境(代謝・サイトカイン)の影響を精密に解いていくとともに、指向性の高い Treg 誘導・増幅自己抗原に特異的な Treg の設計といった翻訳研究を推進している。“効きすぎず、足りなさすぎず”という微妙なさじ加減を、バイオマーカーと組み合わせた医療へ落とすのが現在進行形の課題だ。
社会に向けては、長期投資と再現性の重要性、医療アクセスと価格の持続可能性を一貫して語る。若手には「現象の意味をあきらめずに問うこと」を繰り返し、孤独な時期をデータで乗り切る作法を伝えている。
【第 6 章】遺したもの―未来への継承と影響
第一に、治療概念の更新。 免疫を“強めるか・弱めるか”の二者択一ではなく、 “適切に調律する”という第三の道が臨床に根づいた。Treg の量と質を測る物差しは、自己免疫・移植・がんの患者層別化(ストラティフィケーション)を後押ししている。
第二に、細胞療法の地ならし。 Treg 細胞の培養・品質規格・製造管理の枠組みづくりが進み、産学での試行錯誤が蓄積された。 宿主側の治療 という視点は、がん免疫やアレルギーにも波及した。
第三に、学術文化。 坂口の作法——大胆な仮説 ×厳密な機能定義×再現性の徹底 は、表面マーカーに頼りきらない“働きで定義する”という研究規範を確立した。
【第 7 章】まとめ―一人の科学者から学ぶこと
坂口 志文が教えるのは、「免疫の賢さは、強さと同じくらい“抑え”に宿る」という視点だ。
問いを立てる勇気:なぜ免疫は自分を攻撃しないのか——常識の影に光を当てる。
方法の誠実さ:細胞機能で実体をつかみ、ヒトとマウスを往復して確かめる。
翻訳の責任:分子の発見をバイオマーカー・細胞療法・併用療法へ段階的に橋渡しする。
公共財の精神:データと規格、成功だけでなく失敗の条件も公開して、共同体の知とする。
結果として私たちは、自己免疫・移植・がんという難題に対し、“免疫のブレーキを整備する”という具体的な回路を手にした。次の世代へ——結果よりも問いを立てよ。 そして 、データの声を最後まで聞け。
免疫は、賢く制御されたときにもっとも強い。坂口の仕事は、その真理を静かに、しかし決定的に証明している。
さくらフィナンシャルニュース
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