【政治評論】一度罪を犯した政治家に「再起」は許されないのか
81歳・旅田卓宗、24年ぶりの和歌山市長選が問いかけたもの
「このまま死んでたまるか」
2026年8月9日に行われた和歌山市長選。
6人が立候補する大混戦の中、ひときわ異彩を放つ候補者がいた。
元和歌山市長、旅田卓宗氏。
81歳。
最後に和歌山市長選を戦ったのは2002年。実に24年ぶりの市長選への挑戦だった。
なぜ、81歳になった元市長は、再び政治の舞台に戻ってきたのか。
そこには、一人の政治家の復活劇だけでは片付けることのできない問いがある。
一度大きな過ちを犯した人間に、社会はもう一度立ち上がる機会を与えるのか。
刑罰を受け、法律上の権利を回復した人間を、それでも永久に過去だけで評価し続けるのか。
そして政治家を最後に評価するのは、メディアなのか、政党なのか。
それとも、有権者なのか。
今回の和歌山市長選は、そんな民主主義の根本を考えさせる選挙でもあった。
41歳で現職を破った「異色の市長」
旅田卓宗氏は1986年、41歳で和歌山市長選に初当選した。
市議、県議などを経て市長となり、2002年まで通算4期、和歌山市政のトップを務めた
人物である。
その政治家人生は、決して平穏なものではなかった。
旅田氏自身が今も印象に残っている出来事として挙げるのが、いわゆる「し尿戦争」である。
2期目に清掃業務の改革を打ち出したところ、業界団体が反発しストライキが発生した。
旅田氏は自らバキュームカーに乗り、市民のし尿の汲み取りに回ったという。
市長自らが現場に出たその姿は、大きな注目を集めた。
旅田氏を支持する人々にとって、こうした姿は「既得権益に正面から向き合う政治家」と映ったのだろう。
しかし、その後の旅田氏には、政治家として極めて重い問題が待っていた。
政治家としての転落
2002年の市長選で敗れた翌年、旅田氏は市の事業をめぐる事件で逮捕・起訴された。
元旅館の買い取りをめぐる収賄事件、さらに元料亭の賃借契約をめぐる背任事件で裁判となり、懲役4年の実刑判決を受けた。
服役し、2013年に出所。
その後、公民権が停止され、2023年に回復した。
ここは曖昧にしてはいけない。
どれほど過去に功績があろうとも、それによって刑事責任が軽くなるわけではない。
市民から権力を託された政治家には、一般の市民以上に高い倫理性と説明責任が求められる。
その原則を曲げてはいけないだろう。
一方で、旅田氏自身は現在も一連の事件について無実だったとの立場を取っている。
2026年3月の出馬会見でも「私は無実と確信している」と述べ、市民に信じてもらえるかどうかの問題だとの考えを示した。
司法の判断と本人の主張は分けて考えなければならない。
そのうえで、もう一つ考えなければならない問題がある。
刑を終え、公民権まで回復した人間に、再び政治に挑戦する権利はあるのか。
「獄中トップ当選」という異例の歴史
旅田氏の政治人生を象徴する出来事がある。
2003年、拘置所に勾留されていた旅田氏は、和歌山市議選に立候補した。
そして、トップ当選したのである。
旅田氏は拘置所にいながら、市議として活動するという極めて異例の状況となった。
その後、実刑判決によって失職することになる。
ここで考えたい。
なぜ当時、多くの和歌山市民は旅田氏に票を投じたのだろうか。
事件そのものを支持したわけではないだろう。
旅田氏という政治家を評価する市民が、それだけ存在したということである。
裁判所が刑事責任を判断することと、有権者が政治家としての評価を下すことは、本来別の問題だ。
民主主義において政治家を選ぶ最終的な権利を持っているのは、有権者だからである。
10年間の公民権停止、その先にあった「再挑戦」
実刑判決を受けた旅田氏は、その後、長期間にわたって政治の表舞台から姿を消した。
文字起こしによれば、2023年まで10年間、被選挙権を停止されていたという。
そして公民権が回復した2023年。
78歳の誕生日を迎えた頃、旅田氏は再び和歌山市長選への挑戦を決意した。
その理由として語ったのが、和歌山市の衰退だった。
自分自身も長年関わってきた街から人口が減り続けていく。
「これでいいのか」
そんな思いが湧き上がったという。
そして口にしたのが、
「このまま死んでたまるか」
という言葉だった。
81歳という年齢だけを見れば、「なぜ今さら」と感じる人もいるだろう。
実際、取材を受けた市民からも驚きや否定的な声が出ている。
一方で、旅田氏を研究してきた和歌山大学の木川剛志教授は、旅田氏の出馬を喜び、「絶対投票する」と話す人がいる一方、名前を聞いただけで強い拒否感を示す人もいると説明している。
これほど評価が真っ二つに分かれる政治家も珍しい。
しかし、それこそが旅田卓宗という政治家なのかもしれない。
旅田氏の言う「人口減少」は現実だった
今回の旅田氏の主張を、単なる高齢政治家のノスタルジーだけで片付けることもできない。
なぜなら、和歌山市の人口減少は現実に進んでいるからだ。
和歌山市の資料によれば、市の人口は1985年の40万1352人をピークに減少し、2020年には35万6729人となった。
35年間で約4万5000人減少している。
さらに国立社会保障・人口問題研究所の推計を基にした市の資料では、2050年には28万227人まで減少する見込みとされている。
2026年6月1日時点の住民基本台帳人口も34万7827人となっている。
つまり、
「和歌山の人口が減り、街が衰退していくのではないか」
という旅田氏の問題意識そのものには、客観的な背景が存在する。
もちろん、その問題を解決できる人物が旅田氏であるかどうかは、また別の話だ。
旅田氏は出馬表明時、働く場所を増やすことや交通インフラ整備などを掲げ、「おもろいまち」をつくりたいと訴えていた。
政策が現実的だったのか。
81歳という年齢で4年間の市政を任せられるのか。
過去の事件をどう評価するのか。
すべてを含めて判断するのが選挙である。
大物政治家の地元で起きた「保守分裂」
今回の和歌山市長選は、旅田氏だけが注目された選挙ではなかった。
3期12年務めた尾花正啓市長が退任を表明し、後継候補を指名しなかった。
最終的に6人による選挙戦となった。
和歌山といえば、二階俊博氏や世耕弘成氏など、自民党系の大物政治家との関係が深い地域である。
しかし今回の市長選では、自民系とされる候補が複数立候補するなど、いわゆる保守分裂の構図となったことがテレビ取材でも紹介された。
候補者たちは、それぞれ異なる和歌山再生策を訴えた。
地場産業の振興。
企業誘致。
空き家、耕作放棄地対策。
教育政策。
「Buyローカル」による地域経済の活性化。
若者が活躍できる街づくり。
そして旅田氏は、人口減少への危機感を前面に出した。
そう考えると今回の選挙は、「誰が市長になるか」だけでなく、
人口減少が続く地方都市を、これから誰が、どのように立て直していくのか
という選挙でもあった。
旅田卓宗に投じられた1万4039票
結果はどうだったのか。
和歌山市選挙管理委員会が公表した確定結果では、
おざき太郎氏 3万215票。
かたぎり章浩氏 2万2998票。
浜田しんすけ氏 2万2431票。
タビタ卓宗氏 1万4039票。
芝本かずき氏 9145票。
幸前そら氏 7136票。
尾崎氏が初当選し、旅田氏は敗れた。
しかし、ここで注目したいのは、旅田氏が獲得した1万4039票である。
81歳。
24年ぶりの市長選。
過去に実刑判決を受け、服役した政治家。
それでも1万4039人が旅田氏の名前を書いた。
この数字を、単なる「昔の人気」だけで説明していいのだろうか。
旅田氏本人への評価。
現在の市政への不満。
かつての和歌山への郷愁。
既存政治に対する反発。
あるいは、人生をやり直そうとする人間への共感。
そこには様々な理由があったはずだ。
1万4039票すべてを一つの意味にまとめることはできない。
だからこそ、その票が存在したという事実そのものを考える必要がある。
一度失敗した人間は、一生「失敗した人間」なのか
今回の旅田氏の挑戦を見て、政治だけではない問題を考えさせられる。
私たちの社会は、一度大きな失敗をした人間をどう扱うのか。
犯罪を犯した人。
会社を倒産させた経営者。
事業に失敗した起業家。
職を失った人。
人生の途中で大きくつまずいた人。
もちろん、責任を取らなくてもよいという話ではない。
特に政治家の汚職は、民主主義への信頼そのものを傷つける。
厳しく問われなければならない。
しかし、刑罰には終わりがある。
公民権停止にも終わりがある。
法律によって定められた責任を果たし、再び立候補する資格を取り戻した人間について、
「お前は過去に罪を犯した。だから一生やり直してはいけない」
という社会でいいのだろうか。
それでは「更生」や「社会復帰」という言葉そのものが成立しなくなる。
政治家だから特別に許せという話ではない。
むしろ逆である。
立候補する自由を認めたうえで、その過去も、現在も、政策も、人物も、すべて有権者の前にさらせばいい。
そして判断するのは有権者だ。
それこそが選挙ではないのか。
「旅田卓宗を許すか」という話ではない
ここを間違えてはいけない。
今回の問題は、
「旅田卓宗氏の過去を許すべきだ」
という単純な話ではない。
旅田氏に投票しない自由も当然ある。
「一度でも政治家として重大な不祥事を起こした人物には二度と任せたくない」
という判断も、民主主義における正当な一票である。
逆に、
「刑を終え、公民権も回復したのだから、もう一度政策を聞いてから判断したい」
という一票もあっていい。
重要なのは、どちらかの判断を最初から社会が封じないことではないだろうか。
過去を消す必要はない。
過去を忘れる必要もない。
しかし、
過去だけで未来への扉まで永久に閉じてしまう必要があるのか。
そこは考えていい。
最後に旅田氏が残した言葉
市長選に敗れた後、旅田氏は今後の政治活動について「ありません」と答えた。
そして、自らの挑戦についてこういう趣旨の言葉を残している。
逮捕され、人生で挫折した自分でも、もう一度立ち上がることができる。
それを見た誰かが、
「俺だって、もう一度頑張れるかもしれない」
と思ってくれたなら、それに勝るものはない――。
旅田卓宗氏は、2026年の和歌山市長選には勝てなかった。
しかし、81歳で再び選挙に立ち、1万4039票を得たという事実は残った。
政治家として旅田氏をどう評価するかは、人によって違って当然である。
だが、一つだけ問いかけたい。
人間は、一度の失敗によって、その後の人生すべてまで決められてしまうべきなのだろうか。
罪を問うこと。
責任を取らせること。
過去を記録すること。
それらは必要だ。
しかし同時に、
刑を終えた人間がもう一度立ち上がることを認める社会であることも必要ではないか。
そして政治の世界において、その再挑戦を認めるかどうかを最終的に判断するのは、政党でも、メディアでも、かつての肩書でもない。
一票を持つ有権者である。
旅田卓宗氏の24年ぶりの挑戦。
その最大の意味は、当選したか、落選したかだけではないのかもしれない。
81歳の元市長が最後に投げかけたもの。
それは、
「人は、何度でもやり直すことができる社会なのか」
という、私たち自身への問いだったのではないだろうか。
【関連URL】
Wikipedia「旅田卓宗」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%85%E7%94%B0%E5%8D%93%E5%AE%97
市長4期、市議・県議歴、獄中立候補など旅田氏の経歴全般を確認できます。なおWikipedia自身も存命人物について出典不足の注意を表示しているため、重要事項は一次資料・報道との併用がおすすめです。
和歌山市「和歌山市長選挙及び和歌山市議会議員補欠選挙 開票状況https://www.city.wakayama.wakayama.jp/kurashi/senkyo/1068395/1068399.html
2026年市長選の公式結果。旅田氏1万4039票、尾崎太郎氏3万215票などを確認できる最も重要な一次資料です。
わかやま新報「元職の旅田卓宗氏 和歌山市長選に出馬表明」
1986年の初当選から通算4期の市長歴、過去の事件、公民権回復、2026年市長選への出馬理由などがまとめられています。
毎日新聞「和歌山市長選 元職の旅田卓宗氏出馬へ 『獄中』から市議トップ当選も」https://mainichi.jp/articles/20260228/k00/00m/010/217000c
「し尿戦争」、汚職事件、獄中からの市議トップ当選など、旅田氏の政治人生を確認する資料として使えます。
ABCテレビニュース「かつて世間を騒がせた81歳・旅田元市長が立候補 “大混戦”和歌山市長選のウラ側を追う」
今回の記事の基になった朝日新聞×ABCテレビ共同企画。旅田氏本人の発言、市民の評価、6候補による選挙戦などを確認できます。
和歌山市「和歌山市の人口展望について」https://www.city.wakayama.wakayama.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/056/542/jinkoutenboushiryou.pdf
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