さくらフィナンシャルニュース 編集部
5%要件は、本当に巨大ファンドを排除するのか。
それとも、苦しくなるのは中小の投資家や少数株主なのか。
この問いを避けたまま、株主権の制限を語ってはならない。
政府・自民党の「成長志向型コーポレートガバナンス改革」をめぐっては、アクティビストへの対応を理由として、株主提案権や臨時株主総会の招集請求権の要件を厳しくする方向が報じられている。ロイターは、株主提案について、現行制度では6か月以上、議決権1%以上または300個以上の議決権を保有する株主が提案できると説明したうえで、経済界側には1%要件を5%へ引き上げる案や、業務執行に関する提案を制限する案があると報じている。
また、臨時株主総会の招集請求については、会社法297条が、総株主の議決権の3%以上を6か月前から引き続き有する株主に、取締役へ株主総会の招集を請求できる権利を認めている。
ここで問うべきは、数字の見た目ではない。
1%から5%。
3%から5%。
300個要件の廃止。
業務執行に関する提案の制限。
これらは、一見すると「濫用防止」「過度な干渉の抑制」「長期成長のため」と説明される。
しかし、制度は名前ではなく、効果で見るべきである。
その変更によって、誰が株主提案を出しにくくなるのか。
誰が臨時株主総会を求めにくくなるのか。
誰が取締役会に説明を迫りにくくなるのか。
誰がTOB価格や支配株主との利益相反に異議を唱えにくくなるのか。
そこを見れば、制度の本質が見えてくる。
5%は「少し高くするだけ」ではない
1%から5%への引き上げは、単なる4ポイントの変更ではない。
必要な保有割合が5倍になるということである。
3%から5%への引き上げも、単なる2ポイントの変更ではない。
必要な保有割合が約1.67倍になるということである。
上場企業の時価総額が大きくなればなるほど、この差は巨大になる。
時価総額1,000億円の会社で5%を持つには、単純計算で50億円が必要になる。
時価総額5,000億円なら250億円。
時価総額1兆円なら500億円。
時価総額5兆円なら2,500億円である。
これは、普通の少数株主が到達できる水準ではない。
中小の機関投資家でも簡単ではない。
独立系運用会社でも、運用資産の集中リスクを考えれば重い。
個人株主にとっては、ほとんど不可能に近い。
つまり、5%要件は、数字の上では小さく見えても、実質的には株主権の入口を大きく閉ざす制度である。
巨大ファンドは本当に困るのか
では、5%要件で巨大ファンドは本当に困るのか。
ここが最も重要である。
巨大ファンドには、資金力がある。
投資銀行を使える。
弁護士を使える。
PR会社を使える。
議決権行使助言会社と対話できる。
他の機関投資家と接触できる。
会社側と非公開で交渉できる。
大量保有報告の枠組みの中で、大きなポジションを取ることもできる。
もちろん、5%要件は巨大ファンドにも負担になる。
保有比率を高めるには資金が必要であり、価格変動リスクも大きくなる。
しかし、それでも巨大ファンドは対応できる可能性がある。
むしろ、5%要件で本当に締め出されるのは、巨大ファンドではなく、中小の投資家ではないか。
この点について、Oasis Managementのセス・フィッシャー氏は、日本の株主提案要件の厳格化は、アクティビストファンドよりも個人投資家を害すると指摘している。日本政府・自民党が、現行の300個要件から1%要件へ絞る案を示していることに対し、同氏は大規模アクティビストは通常5%、10%、15%、20%といった保有比率で提案することがある一方、影響を受けるのは小さな株主だという趣旨を述べている。
これは、極めて重要な指摘である。
制度改革が「巨大ファンド対策」と説明されても、実際に困るのは巨大ファンドではないかもしれない。
普通の株主である。
個人株主である。
中小の機関投資家である。
独立系運用会社である。
会社に疑問を持つ長期株主である。
300個要件をなくす意味
現行の株主提案権では、取締役会設置会社について、総株主の議決権1%以上、または300個以上の議決権を6か月以上保有する株主に提案権が認められている。
この「300個要件」は、少数株主にとって重要である。
なぜなら、大企業では1%の保有に莫大な資金が必要になる一方、300個要件があれば、一定の株式を持つ株主にも提案権が開かれているからである。
もちろん、300個要件が濫用される可能性はある。
不適切な提案、嫌がらせ的な提案、会社の業務を過度に妨げる提案があるなら、そこには対応が必要である。
しかし、だからといって300個要件そのものをなくせば、何が起こるか。
株主提案権は、実質的に大株主の権利になる。
大企業では、1%未満の株主は提案しにくくなる。
個人株主や中小投資家は、会社に正式な議題として問題提起する手段を失う。
これは、少数株主保護の後退である。
300個要件は、濫用の温床としてだけ見るべきではない。
大企業において、少数株主が会社に声を届けるための入口でもある。
その入口を閉ざすなら、誰が得をするのか。
経営者である。
取締役会である。
会社側に近い安定株主である。
そして、困るのは少数株主である。
5%要件は、少数株主の連携を難しくする
5%要件の問題は、資金量だけではない。
少数株主の連携を難しくする点にもある。
少数株主が単独で5%を持つことは難しい。
であれば、複数の株主が連携する必要がある。
しかし、株主が連携すれば、共同保有や協調行動、開示規制との関係が問題になる。
大量保有報告制度の対象になる可能性がある。
他の投資家との接触にも慎重にならざるを得ない。
結果として、少数株主は動きにくくなる。
一方で、会社側には安定株主がいる。
取引先。
金融機関。
グループ会社。
政策保有株式を持つ企業。
親密な大株主。
これらの株主は、会社側議案に賛成しやすい。
物言わぬ株主は残る。
物言う株主だけが動きにくくなる。
これで本当に企業統治は改善するのか。
むしろ、議決権構造は経営者に有利な方向へ固定されるだけではないのか。
「濫用防止」は入口規制でなければならないのか
株主提案の濫用を防ぐことは重要である。
会社に無意味な負担をかける提案。
個人的な嫌がらせに近い提案。
会社の目的と無関係な提案。
同じ趣旨を繰り返す提案。
実現可能性に乏しい提案。
こうしたものに対して、一定の制限を設けることはあり得る。
しかし、濫用防止のために、なぜ入口要件を5%まで引き上げる必要があるのか。
本当に必要なのは、提案の中身を見て判断することではないのか。
不適切な提案を排除するルールを整えることではないのか。
提案者の保有状況や利益相反を透明化することではないのか。
一定の手続的ルールを整備することではないのか。
入口そのものを狭めれば、濫用的な提案だけでなく、正当な提案も出しにくくなる。
これは、薬が強すぎる。
問題行為を防ぐために、正常な株主権まで弱めてしまう危険がある。
会社にとって不快な提案と、不当な提案は違う
ここで区別すべきことがある。
会社にとって不快な提案と、不当な提案は違う。
政策保有株式を減らせ。
取締役を入れ替えよ。
社外取締役を増やせ。
不採算事業を見直せ。
資本効率を改善せよ。
TOB価格の公正性を説明せよ。
支配株主との利益相反を開示せよ。
これらは、経営者にとって不快かもしれない。
しかし、不快であることと、不当であることは違う。
株主から預かった資本をどう使っているのかを問うことは、正当な権利である。
取締役会が本当に監督機能を果たしているのかを問うことは、企業統治の核心である。
少数株主が公正に扱われているのかを問うことは、資本市場の信頼に関わる。
会社側が反対するなら、反論すればよい。
他の株主が判断すればよい。
株主総会で賛否を問えばよい。
入口を閉じる必要はない。
第13回・第14回が示した教訓
第13回で取り上げたKADOKAWA株主総会では、経営トップの再任は可決されたが、賛成率は59.68%にとどまった。ロイターも、前年の約90%から支持率が大きく低下したと報じている。
これは、可決・否決だけでは見えない株主の声である。
反対票は企業攻撃ではない。
取締役会への市場シグナルである。
第14回で取り上げた豊田自動織機の非公開化では、TOB価格が引き上げられた。ロイターは、エリオット・インベストメント・マネジメントが以前の提案を低すぎるとして拒否し、最終的に20,600円に引き上げられた後に応募へ合意したと報じている。
これは、価格への異議が少数株主保護に関わることを示す事例である。
もし、こうした反対票や異議申し立ての制度的な入口が狭められれば、何が起こるか。
経営者は楽になる。
支配株主は楽になる。
買い手側は楽になる。
しかし、少数株主は弱くなる。
巨大ファンド対策の名で、普通の株主が排除される
政治的には、巨大ファンド対策という説明は通りやすい。
外資ファンドが会社を荒らしている。
短期利益を求めている。
従業員や取引先を軽視している。
成長投資を妨げている。
こうした説明は、世論に響きやすい。
しかし、制度の効果は感情ではなく構造で見るべきである。
5%要件は、巨大ファンドを完全に排除できるのか。
むしろ、巨大ファンドは資金力で対応し、中小投資家だけが排除されるのではないか。
300個要件をなくせば、個人株主や小さな機関投資家の声が消えるのではないか。
臨時株主総会の要件を重くすれば、緊急時に経営責任を問う手段が弱まるのではないか。
業務執行に関する提案を制限すれば、資本配分や政策保有株式の問題まで問えなくなるのではないか。
ここを見なければならない。
制度改革で守られるのは、本当に会社なのか。
それとも、経営者なのか。
中小投資家の声は、なぜ必要なのか
中小投資家の声は、なぜ必要なのか。
それは、会社に近い大株主だけでは見えない問題があるからである。
安定株主は、会社側に賛成しやすい。
親会社は、グループ全体の利益を優先しやすい。
取引先株主は、取引関係を重視しやすい。
金融機関は、融資関係や長期関係を重視しやすい。
創業家は、支配の安定を重視しやすい。
こうした株主が悪いと言っているのではない。
しかし、彼らが常に少数株主全体の利益を代表するとは限らない。
だからこそ、独立した中小投資家の声が必要である。
会社に遠慮しない株主。
取締役会に説明を求める株主。
価格や資本配分を問う株主。
少数株主保護を求める株主。
反対票を投じる株主。
こうした存在があるから、市場規律は働く。
5%要件が、その声を消すなら、それは企業統治の前進ではない。
「長期成長」のためなら、株主は黙るべきなのか
株主権制限は、しばしば「長期成長」のためと説明される。
短期的な株主還元要求を抑える。
研究開発を進める。
人的資本投資を増やす。
新規事業に資金を回す。
それ自体は重要である。
しかし、本当に長期成長を目指すなら、経営者は説明すればよい。
どこに投資するのか。
いくら投資するのか。
どのような成果を見込むのか。
いつ検証するのか。
失敗した場合、誰が責任を取るのか。
資本コストを上回るのか。
東京証券取引所も、上場会社に対して「資本コストや株価を意識した経営」を求め、資本コストや資本収益性の把握、市場評価の分析、改善方針の開示、投資家との対話を求めている。
長期成長のために必要なのは、株主を黙らせることではない。
経営者が、長期成長の根拠を説明することである。
取締役会が、その投資の合理性を検証することである。
株主が、その説明を評価することである。
5%要件は、市場規律を弱める
5%要件の最大の問題は、市場規律を弱めることである。
株主提案が減る。
臨時株主総会の請求が難しくなる。
経営者への緊張感が弱まる。
少数株主の連携が難しくなる。
取締役会が不都合な論点に向き合う機会が減る。
政策保有株式や資本配分の問題が先送りされる。
TOB価格や非公開化の公正性を問う声が弱まる。
これで企業価値は高まるのか。
むしろ、資本市場から見れば、経営者保護が強まったと評価されるのではないか。
海外投資家は、日本市場に対して、政策保有株式の縮減、資本効率の改善、少数株主保護の強化を期待してきた。
そのタイミングで、株主権を弱める制度変更が進めば、日本市場はどう見られるか。
改革が進む市場なのか。
それとも、経営者に不都合な声が強まると、制度を変える市場なのか。
この疑問は、日本市場の信頼に直結する。
本当に必要なのは5%要件ではない
本当に必要なのは、5%要件ではない。
必要なのは、問題行為への執行強化である。
大量保有報告制度違反を見逃さないこと。
共同保有の実態を透明化すること。
虚偽説明を処分すること。
市場操作を厳しく取り締まること。
買収ファンドとの不透明な合意を開示させること。
利益相反を監視すること。
証券取引等監視委員会の体制を強化すること。
ロイターは、自民党がアクティビスト投資家による開示ルール違反への監督強化や、証券監視当局への資源投入を検討していると報じている。
この方向は理解できる。
市場の公正性を守るために、違法行為や不透明行為を取り締まることは必要である。
しかし、それは株主提案権を5%に引き上げることとは別である。
臨時株主総会の請求権を重くすることとも別である。
業務執行という広い言葉で、資本配分に関する提案まで排除することとも別である。
違法行為を取り締まるために、なぜ正当な株主権まで狭めるのか。
この問いに、制度改革を進める側は答えなければならない。
問題は「誰を締め出す制度か」である
制度改革の本質は、誰を締め出すかに現れる。
5%要件は、誰を締め出すのか。
資金力のある巨大ファンドなのか。
それとも、5%を持てない中小投資家なのか。
300個要件の廃止は、誰を締め出すのか。
濫用的な提案者だけなのか。
それとも、少数株主として真剣に会社へ問題提起する個人株主なのか。
臨時株主総会の請求要件引き上げは、誰を締め出すのか。
会社を混乱させる株主だけなのか。
それとも、重大な経営問題が起きたときに声を上げる少数株主なのか。
業務執行に関する提案制限は、誰を締め出すのか。
経営を妨害する株主だけなのか。
それとも、資本配分、政策保有株式、不採算事業、TOB価格、利益相反を問う正当な株主なのか。
ここを見なければならない。
結論――5%要件は、強者ではなく弱者を縛る
5%要件は、巨大ファンド対策のように見える。
しかし、実際には違う可能性が高い。
巨大ファンドは対応できる。
資金力がある。
専門家がいる。
会社と直接交渉できる。
他の機関投資家へ働きかけられる。
PR戦略も使える。
一方で、少数株主はどうか。
個人株主はどうか。
中小の機関投資家はどうか。
独立系運用会社はどうか。
彼らは5%を持つことが難しい。
会社と直接交渉する力も限られている。
だからこそ、株主提案権や臨時株主総会請求権が重要だった。
それを狭めれば、声を失うのは弱い株主である。
得をするのは、経営者である。
支配株主である。
創業家である。
安定株主である。
政策保有株式を抱える企業である。
会社側に近い大株主である。
自民党の「成長志向型ガバナンス」が本当に成長を目指すなら、株主の声を狭めるべきではない。
むしろ、正当な株主提案と濫用的な提案を分ける制度を整えるべきである。
違法行為を取り締まるべきである。
不透明な共同保有を透明化すべきである。
市場操作や虚偽説明を処分すべきである。
しかし、5%要件によって少数株主の声そのものを遠ざけるべきではない。
企業価値を高めるのは、沈黙する株主ではない。
説明責任を果たす経営者である。
資本配分を検証する取締役会である。
少数株主を保護する制度である。
そして、市場からの規律である。
問うべきは、ただ一つである。
5%要件は、誰を守るのか。
巨大ファンドを止めるのか。
それとも、少数株主を黙らせるのか。
その答えを見誤れば、日本市場は、せっかく動き始めた改革を自ら止めることになる。
【 関連 参考資料】
・Reuters「Japan to tighten rules for shareholder proposals amid pushback against activism」
・Reuters「Japan’s ruling party plans tighter oversight of disclosures by activist investors」
・Reuters「Japan’s ruling party warns about suspected collusion between activist investors and private equity」
・The Japan Times「Curb on shareholder rights will hurt retail investors not activists, says Oasis」
・会社法 第297条「株主による招集の請求」
・会社法 第303条「株主提案権」
・法務省「会社法制(株式・株主総会等関係)の見直しに関する中間試案」
・日本取引所グループ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」
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